第5話
恭子は今日も、教授を観察していた。
ゼミ室へ向かう教授を、柱の影からちらり。
図書館に入る教授を、本棚の隙間からちらり。
目が合いそうになると、恭子はすぐ逃げる。
ただ逃げるだけではなく――頬をふくらませ、子どもじみた変顔を残して走り去るのだ。
教授は最初こそ「何をやっているんだ」と困惑していた。
だが最近では、その光景が目に入るたび、心の奥がじんわりと温かくなる。
(……自分よりひと回り以上年が離れているこの子が、こんなに一途に思ってくれるなんて)
教授はこれまで、女性にモテた経験も少なく、平凡で無骨な大人だった。
それでも、美人で年下の恭子に「好き」と告げられ、毎日のように視線を感じることは――どうしようもなく心地よかった。
けれど、彼女は決してそれ以上を望まない。
ただ「好き」と言い、ただ見つめて、ただ変顔を残して去っていく。
(……それで彼女が満足なら、俺はどうすればいいんだろう)
教授は、不器用な優しさと戸惑いの間で揺れていた。
年齢差もあって、どう振る舞うのが正しいのか、まだ手探りだった。
***
昼休み、学食にて。
「ちょっと恭子! さっき言ってたのホント!? 教授に“好きです”って言ったって!」
優子が机に身を乗り出し、詰め寄る。
恭子は箸を持ったまま、あっさりとうなずいた。
「……うん、言ったよ」
「えっ!? じゃあもうやめなよ! なんでまだストーキングしてんのよ!」
「だって……好きなんだもん」
「いやシンプルすぎる!! 教授、警察呼ばないの奇跡だからね!?」
優子は両手で顔を覆い、半ば呆れたように呻く。
しかし恭子は、どこか嬉しそうに小声で続ける。
「でも……教授、笑ってたんだよ。私が変顔したら、ちょっと……」
その言葉を口にするときの恭子の表情は、恋にまっすぐだった。
***
研究室で書類を整理しながら、教授はふと思い出していた。
柱の陰から飛び出してきたあの変顔。
不意に目に焼きついた笑顔。
(……彼女は、ただ見ているだけで満足しているのに、俺は……つい、もっと見たくなる)
少しだけ胸がざわつく。
でも、恭子が幸せなら、それでいい――そう思う自分と、
もう少しだけ彼女の笑顔を見ていたい自分が、交錯していた。
ひと回り以上年が離れていることを意識しつつも、教授は自然に恭子に惹かれていく――そんな微妙な距離感が、今日も彼の心をくすぐるのだった。
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