第2話
大学二年生の大洗恭子。
学内では「天然美人」「ミスキャンの女神」と呼ばれる存在。
でも、彼女の心を本当に奪ったのは――地味で少し疲れた倉持教授だった。
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その理由は、恭子の過去にあった。
両親は世間から見れば完璧。
容姿端麗、会話は面白く、社交も抜群。
「理想の夫婦」と呼ばれ、恭子も幼い頃から周囲の羨望を浴びて育った。
しかし、ある日――恭子は知ってしまう。
それぞれに、愛人がいることを。
「……全部、嘘だったんだ」
笑顔も優しさも、褒め言葉も。
どこか作り物に思え、信じられなくなった。
そして、自分の中にも同じ「外面で取り繕う血」が流れていることに、嫌悪を覚えた。
「私なんかを好きになる人なんて、どうせ嘘つきに決まってる」
そう思うと、人を恋愛対象として見ることすらできなくなった。
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そんなある日。
大学の裏手で、ふと目にした光景。
倉持教授が、誰もいないベンチに腰を下ろし、ひっそりとタバコをふかしていたのだ。
背中は少し丸く、疲れたサラリーマンのよう。
だが恭子が立ち止まると、教授は慌ててタバコをもみ消し、バツの悪そうな笑みを浮かべた。
「……悪かったね。見なかったことにしてくれるか」
不器用で、取り繕うこともできず、ただ誠実に謝る姿。
その笑顔は決してカッコよくない。
むしろ情けなくて、ちょっとしょぼい。
なのに――胸が、ぎゅんと締めつけられた。
「……なんで? 私、今、ドキドキしてる……?」
理由はわからない。
ただその瞬間、彼女の世界に初めて「嘘のない人間」が現れたような気がした。
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あの日から、恭子の心は決まった。
教授を観察する日々が始まる。
どんな本を読むのか。
昼食は何を食べるのか。
歩き方や仕草の一つ一つ――
(教授がカップラーメンをすすってる……!尊い……!)
(教授がハンカチで汗ぬぐった……!奇跡……!)
見れば見るほど、胸が熱くなる。
「全部、愛しい」と思えてしまう。
それは「ただ愛している」という純粋な感情。
教授はまだ恭子の存在にすら気づいていない――
だがそれもまた、最高にロマンチックだった。
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幼馴染の優子が横に座り、呆れ顔で言う。
「……あんた、また教授のこと考えてるんでしょ。まさか恋?」
恭子はにっこり笑い、頭を傾けて答える。
「うん。愛してるの。もう、ただそれだけなんだもん」
その笑顔は天使のように柔らかく無邪気で――
けれど、ほんの少し狂気を帯びていた。
優子は思わず笑みを引きつらせ、言葉を失った。
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教授はまだ気づかない。
だが大学構内でふと感じる視線の違和感。
気づかぬまま、胸の奥に小さなざわめきが芽生え始めていた。
「……誰かが、俺を見ている?」
そう、教授の日常はすでに――
天然で狂気を秘めた恋する女神に、じわじわと侵食されつつあったのだ。
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