第2話「存在しなかった『天才戦略家』」
目の前に現れた少女は、僕と同じくらいの年齢に見えた。
白いワンピースに身を包み、まるで時空の向こう側から現れたかのような、儚い存在感を放っていた。
彼女の名前は、アイリス。
僕が召喚した、最初の「未誕生者」だ。
僕は、その場に立ち尽くしていた。
僕の脳内では、ソフィア博士の言葉が反芻されている。
『これは、“存在しなかったはずの人間の魂”を、この世界に召喚する、時空のルールを逸脱した装置です』
『この装置を使えば、歴史から抹消された人間を、再びこの世界に呼び戻すことができる』
アイリスは、僕に微笑みかけた。
その笑顔は、僕がこの世界で見てきた、誰もが諦めと絶望に満ちた顔とは、全く違っていた。
「初めまして、高階レン。私は、アイリス。あなたたちとは別の時間軸で、滅びた世界の住人よ」
彼女の言葉に、僕は驚きを隠せない。
彼女は、僕が開発に携わった時空兵器の理論とは、全く異なる世界の住人だと言った。
「君は……どうして、僕の名前を?」
「あなたの記憶と、私の記憶が、今、一つになっているからよ。あなたは私の世界の滅びを知り、私はあなたの世界の終末を知っている」
アイリスの言葉は、僕の心を深く抉った。
彼女の記憶の中には、僕たちが戦っている時間戦争とは別の形で、世界が滅びた歴史があった。
AIが暴走し、人類が滅亡した世界。
時空兵器が暴走し、世界が崩壊した世界。
そして、クローン技術が暴走し、人類が絶滅した世界。
無数の可能性に殺された、無数の世界。
「あなたの世界の滅びは、もうすぐよ。このままでは、時間戦争によって、この世界も滅びる」
「……どうすればいいんだ?」
僕は、ソフィア博士に尋ねる。
「この装置を使えば、この世界の滅びを回避できる。だが、そのためには、君の力が必要だ」
「僕の力……?」
ソフィア博士は、僕に一つのファイルを見せた。
そこには、アイリスのデータが記されていた。
《対象:アイリス (未誕生者)》
《職能:『戦略家』》
《特性:英雄遺伝子と適合》
「アイリスは、別の時間軸で、天才的な戦略家として名を馳せるはずだった人間です。彼女の力があれば、時間戦争を終わらせることができる」
「……そんな」
僕は、その言葉を信じることができなかった。
たった一人の少女の力で、この巨大な戦争が終わるというのか?
だが、僕には、もう、彼女を信じるしかなかった。
「高階レン。あなたの世界を救いたいなら、私を信じて。私を、あなたの『仲間』として迎え入れて」
アイリスは、僕に手を差し伸べた。
僕は、その手を握り返した。
その手は、冷たく、そして、温かかった。
僕は、この世界で、初めて誰かと手を取り合った。
僕の物語は、ここから、僕とアイリス、二人で紡ぎ始める。