後日談 ◇ 茶会のお供と乙女心(後編)
──やっば!お兄、天才!このピクルス美味しい〜!
お茶会開始から1時間。私は完全に心の中で、手のひらを返してお兄を褒め称えていた。
何とか使用人たちが、お皿にいい感じにお洒落に並べ直してくれたビーフジャーキーとピクルス。
それが思いのほか美味しくて、スイーツに飽きた私は気付けばビーフジャーキーに手を伸ばして、ピクルスをポリポリ齧っていた。
しょっぱいの最高!ピリ辛万歳!お兄、気を利かせてくれてありがとう!
……そして何より、お姫様が本当にすごかった。
初めてお話ししたときに「食べる量は人一倍多い」って言っていたけど、実際は人一倍どころじゃなかった。
私が「今日はたっくさん食べるものも用意してあるので!私たち三人だけなので、遠慮せずにどんどんおかわりしちゃってくださいね!」って言ったら、その言葉に安心したのか、お姫様はパクパクを通り越してバカスカとスイーツを胃に消していった。
いや。食べてる姿はすっごく優雅で綺麗だし、一口の大きさもとってもお上品なんだけど。
でも、気付いたらお皿からケーキがパッと消えてる。……どういうこと?何の手品?
すでに軽くホールケーキ2つ分は食べてる気がする。さっき使用人たちが後ろの方で「これは……追加を今からでも作らせるか……?!」「……いや。まだストックはある。さすがにここからペースは落ちるはずだ。……いける!」「いざとなったら全力ダッシュで買い出しに行くしかないですね。」ってこそこそと相談し合っていたのが聞こえた。
私はもうけっこうお腹いっぱいになっちゃってるんだけど、お姫様はまだ余裕そうで、さらにおかわりをしようとしていた。
……器用にビーフジャーキーとピクルスを合間に挟んで、口の中をさっぱりさせながら。
「──ですので、私たち夫婦の場合は『新婚旅行』というよりは、私の実家への帰省がてら父の持つ領地を案内しただけのようなものでして。」
「いえ、とても素敵な『新婚旅行』ですわ。憧れます。クゼーレ王国のハレキリー地方の麦畑はとても有名ですから。
奥様がお育ちになった地で、美しい景色を眺めながら穏やかに過ごし語り合う。……さぞかし、旦那様にとっても一生の思い出に残る時間となったことでしょう。」
手品のごとくチーズケーキを一瞬で消し去りながら、お義姉さんの新婚旅行エピソードに可憐な声で感想を述べるお姫様。
お姫様の食べっぷりはまあいいとして──……うんうん。いい感じなんじゃない?
私たち、楽しく女子会できてる気がする!
今日の私とお義姉さんの作戦。
それはとっても単純明快。ストレートに「恋話」をすること!
恋愛の話題で盛り上がらない女子はいない!……は、言い過ぎだけど、でもみんな大好きでしょう!恋話は!
何より、お姫様はうちのお兄と結婚したいと思って、こうして国務の合間を縫って何度も足を運んできてくれてるんだから。
今一番、誰よりも恋愛に興味があるに決まってる!し、私もお義姉さんも純粋に、お姫様の恋を応援してる!
だから、お兄のことをひたすら話しまくってもいいんだけど……いきなりそれだと押し付けがましいし。さすがに加減は必要だよね。
それに、お姫様に打ち解けて話をしてもらいたいなら、こっちだってちゃんと曝け出していかなきゃいけない。そこはおしゃべりな私の役目でしょう!
そう思って、私はお茶会の最初のご挨拶「今日は晴れてよかったです。絶好のお茶会日和ですね。」から、二言三言だけ交わして、開幕早々に「エゼル王国といえば、私は一度だけですが、婚約者の彼のご家族と一緒にエゼルの王都に観光に行ったことがあるんです。」という話題をぶっ込んだ。
そこからエゼル王国の話を広げつつ、だんだん自分の婚約者の話も増やしていって、恋愛方面に流れを持っていった。
お義姉さんもお姫様の様子を上手に窺いながら、私ばっかりがおしゃべりにならないように、少しずつ私の話の流れに乗って、嫌味にならないくらいのちょうどいいほっこり夫婦エピソードを話してくれた。
サーリ家の義姉妹による、華麗なる連携。
そして、お茶会開始から1時間。
ずっと「ええ。」「素敵ですわ。」「素晴らしいです。」と聞き役に徹して私たちの話に相槌を打っていたお姫様が、ついに自分の話をし始めてくれた。
「……実は、わたくしにも理想の『新婚旅行』があるのです。
もし、この縁談がまとまりクゼーレ王国にも認めていただけて、結婚ができたら……と。気が早いのですが、少し考えているものがありまして。
家族にも、侍女にも……誰にもまだ話したことはないのですが。」
そう言って綺麗な白い肌をほんのり赤く染めて、長い銀色の睫毛を伏せて恥ずかしそうにする王女様。
かっ…………
「可愛すぎるぅーーーあぁーーーっ!!
お兄!お兄に見せたい!!お兄早く帰ってきて!!見てこの超絶可愛いお姫様を!!!」
私は声に出して思わずジタバタしてしまった。
「──はっ!失礼しました!つい!」
私の発狂を見て余計に恥ずかしそうにしてしまったお姫様に、私は慌てて謝った。
「いえ。……ですが、本当に、わたくしが勝手に考えているだけで……。やはり、お話しするようなものでは……まだ婚約もしていないのに、はしたないですし……困らせてしまうかもしれませんし……。」
私の過剰な反応のせいでお姫様がちょっと弱気になった途端、その光り輝いていたオーラが一気に儚くなってしまった。
本当に、今にも割れそうな薄いガラスの彫刻みたい。
「だっ、大丈夫です大丈夫です!せっかくの『女子会』ですから!遠慮しないでください!お兄にも言いません!絶対に内緒にしますから!」
「ええ。ここだけのお話にしてしまいましょう。私、聞いてみたいですわ。理想の『新婚旅行』を。」
私が焦ってフォローするのに続けて、お義姉さんもお姫様を気遣って励ました。
お姫様はそんな私たちの言葉を受けて、
「……ありがとうございます。
わたくし、このようなお話を他の方にする機会など今までなかったもので。つい緊張して身構えてしまいました。
ですが…… そうですね。『女子会』ですものね。『ここだけの話』なのですよね。」
と照れくさそうに言いながら、一人で小さく頷いて可愛らしく自分を奮い立たせていた。
あぁー!可愛い!初々しい!恋する乙女なお姫様だぁぁーーー!!
私は今度は興奮を口に出さないように注意して、でも口元のニヤけを抑えられないまま、お姫様の次の発言を待った。
そうして、恋話特有のドキドキそわそわした空気で待つこと数秒。
お姫様はついに、頬を赤く染めたまま、勇気を出して内緒の「理想の新婚旅行」を語ってくれた。
「わたくしは──……私は、愛する御方と好きなものを分かち合える結婚がしたいのです。
ですから、新婚旅行も……その結婚の形を現すような、好きなもので溢れさせたいと思っています。
私の好きなものを一緒に楽しんでほしい。
私の生まれ育ったエゼル王国の魅力を、私なりに伝えたい。
そして、エゼル王国のことも、少しでも好きになってもらいたい。
そう思って、わたくしは考えたのです。
──新婚旅行では、エゼルの誇る7つの王立闘技場をすべて回ろうと。
これならば、わたくしだけでなく、二人で一緒に楽しめる。
クゼーレ王国の魔導騎士団で部隊長を務めるほどの実力のある御方ですから。格闘技観戦で巡るエゼル王国周遊は、きっと喜んでいただけるだろうと、そう考えました。
──我が国が誇る、世界最大規模の格闘技大会。2週間に渡る『エゼル王国武闘祭』を、二人で思う存分に堪能する。
これが、わたくしの夢です。」
◇◇◇◇◇◇
そう言って、さらに顔を赤くして目を細めて照れくさそうに微笑む、繊細で儚い美貌の【エゼルの妖精姫】。
目に飛び込んでくる情報と耳に入ってきた情報で、私の脳内は衝突事故を起こした。
………………えーっと、
「お兄の趣味は、観戦っていうよりは……どっちかっていうと『参戦』派ですかね。」
私はなんとなくそう答えた。
それしか答えられなかった。
お兄はたしかに筋金入りの剣術バカだけど、2週間みっちり格闘技観戦をしまくるだけの血湧き肉躍る新婚旅行は……さすがに趣味じゃないんじゃないかな。
すると、私の返しを聞いた王女様は目を輝かせて、恋する乙女の可憐な笑顔で喜んだ。
「まあ!でしたら、一般参加が可能な格闘技大会にも行けるように日程を組めば良さそうですね。
……たしかに貴女のおっしゃる通りです。他の方々の闘いを二人で観るだけでは物足りないかもしれません。ここで話しておいてよかったです。とても有益なアドバイスをありがとうございました。
わたくし、剣の試合は以前拝見させていただいたことがあるのですが……あの方が勇ましく拳で闘っている御姿を拝見するのも、今から待ち遠しいですわ。」
あぁーっ…………と、
………………うん。ごめん、お兄。
たった今、私のせいで、お兄が新婚旅行で格闘技大会に出場することが決まっちゃった気がする。
本当ごめん。
今のうちに剣だけじゃなくて拳も鍛えといて。王女様と観衆の前で情けない姿を見せないように。
私は妹として、素直に「やっちゃったな」って思った。
でも、それからちょっとだけ想像してみて……それで、すぐに気を取り直した。
まあ、でも大丈夫か。お兄、めちゃくちゃ強いし。なんやかんやで超やばいくらい運いいし。
お兄だったら、多分笑って「そうですね。じゃあ、せっかくだから出てみましょうか。拳闘は専門外だから一回戦で負けちゃうかもしれませんけど。いい記念になりそうですし。」とか言って気楽に出場して、ちゃっかり決勝戦まで行ってそう。
それで、そのまま優勝しちゃっても、負けて準優勝で「やっぱり駄目だったか。」とか言ってあの顔で苦笑いをしても──……どっちでも会場にいる老若男女全員を虜にしちゃうんだろうな。
……じゃあ、まあいっか。頑張ってね、お兄。
新婚旅行のお土産に、優勝もしくは準優勝のトロフィーよろしく。
私は温厚で前向きなお兄を信頼して、それ以上考えるのをやめることにした。
チラッと様子を見てみたけど、どうやらお義姉さんも最初から考えることをやめていたのか、にこにこしながら「素敵ですわ。お二人ならではの唯一無二の新婚旅行ですね。」と頷いてビーフジャーキーに手を伸ばしていた。
…………それにしても。
お兄の「お茶会の報告し忘れ」と「差し入れがビーフジャーキーとピクルス」も大概だったけど。
お姫様もお姫様で、夢が「2週間みっちり格闘技大会の新婚旅行」なのかぁ。
二人とも、今まで学んでこなかったんだろうな。人並みの「気の遣い方」や「センス」を。
大抵はどこかで「あっ!いま私、相手にガッカリされちゃった!?」「やばい!完全に外しちゃったよ!」って、恥ずかしい思いをして落ち込んで悩んで、そういうのを勉強していくと思うんだけど。
お兄はその場の空気を作っちゃう側の人だから。自分が何をしようと何を言おうと、周りが勝手にお兄を「王国一の好青年」って決めつけて、いいように解釈して受け入れてくれちゃってたもんね。
それか、自分のすべてを隠して期待に応え続けるか。お姫様はずっと喋ることも、表情を変えることすらも我慢して抑えて、みんなの理想の「エゼルの妖精姫」を演じ続けてきたんですよね。
……だから、二人とも加減が分からないんだ。全部、周りに極端に捉えられちゃっていたから。
でも今回、お兄はお兄なりに、ちゃんと反省してお茶会のことを真剣に考えて、差し入れを準備をしてお姫様を喜ばせようとしてた。
それに今日お姫様は思い切って、「本当の自分を受け入れてもらえたら、二人でこんな旅行がしてみたい」って、まだ誰にも言ったことのない本音を、私たちに打ち明けてくれた。
……だからきっと、二人は「これから」なんだ。
これから二人で、やっと対等に、お互いのことを考えて成長していけるんだね。
自分の好きなこと、相手が楽しんでくれそうなもの。
上手くいったり、失敗しちゃったりもしながら……だんだんと「大切な相手の喜ばせ方」や「独りよがりじゃないセンス」を、一緒に学んでいくんだろうな。
──見た目も中身も。長所も短所も。こんなに足並みが揃うことなんて、なかなかないんだよ?お兄。
──……お兄にピッタリなお相手が見つかって、本当に良かった。
お義姉さんの優しい相槌に、照れながらも幸せそうに笑うお姫様。
私はそのお姫様の表情を見て、まだお茶会は途中だけど「今日の『女子だけ会』は大成功だな」って思った。
私のお腹はもういっぱい。でも、まだ時間はたっぷりある。お姫様のお話の順番はこれから。
私とお義姉さんは紅茶をゆっくり飲みながら、お兄のことをぽつりぽつりと語りだしてくれたお姫様の拙い恋話を、全力で聞いて楽しんだ。
◇◇◇◇◇◇
──ワンワン……!ワフッ……ワンワン……!
すっかり身分の差も忘れてお姫様と恋話で盛り上がってはしゃいでいたら、我が家の愛犬が嬉しそうに鳴く声が、晴れた夕方の空に響いて聞こえてきた。
「──あ!お兄が帰ってきたかも!」
私がそう声を上げると、お姫様は口元にキュッと力を入れて、少し緊張しながら鳴き声がした屋敷の方へと顔を向けた。
「もうお帰りに?まだお仕事の時間のような気がしますけれど。……早めに切り上げて来られたのかしら?」
お義姉さんに言われて時間を確認してみたら、午後の4時45分だった。
本当だ。……お兄、なんやかんやで、ちゃんと気を遣ってるんだ。
……ほんのちょっとだけだけど。
「お兄、こっちに来るかな?呼びに行った方がいいかな?」
私がそう呟きながら屋敷の方を様子見していると、ほどなくして、仕事終わりの魔導騎士団の隊長服姿のままのお兄が私たちの元にやってきた。
「──お久しぶりです。
僕の方が来るのが遅くなってしまって申し訳ありません。度々お越しくださってありがとうございます。」
1ヶ月半振りのお兄を見て、お姫様は一瞬だけ今日一番嬉しそうに頬を緩ませて──でもすぐに顔を引き締めて「こちらこそ。お仕事でお疲れの中、ありがとうございます。お邪魔しております。」と、とっても綺麗でお上品な微笑みを浮かべた。
お兄が「まだ『女子だけお茶会』中だよね?」と私に軽く聞いてきたから、私は「うん!でも、せっかくだからお兄も一緒にお茶しようよ!」と、お姫様の顔をチラッと窺いながらお兄を誘った。
女子会は女子会で、女同士でしか話せないことで盛り上がれるから、特別な時間ですごく楽しい。けど、やっぱり好きな人との時間が一番幸せだもんね!
お兄の途中参加を嬉しそうにしながらも一生懸命顔を引き締める恋する乙女なお姫様を見て、私は素直にはしゃいだ。
「ねえ、お兄!女子会すっごく盛り上がっちゃった!
私、お兄のこともいろいろ話しちゃったよ〜?」
私がニヤニヤしながらそう報告すると、お兄は爽やかな笑顔で「そうなんだ。」とだけ言って、さらっと椅子に腰掛けた。
…………本当にお兄はすごい。
こういうときお兄は「えっ?僕のことって、何の話をしたの?」なんて聞いてこない。
多分お兄は、どんなにポンコツな失敗話でも、恥ずかしい昔話でも、裏で何を話されても構わないと思ってる。そんな些細なことは全然気にしてない。
だってお兄は、自分のどんな姿が相手に知られようと「自分は絶対に好かれる」って理解しているから。
好意を向けられることが「当然」だと思っているから。
だから、いま私が言ったようなちょっとやそっとの煽りじゃ不安になんかならない。たとえ、お姫様が相手であっても。
……このお兄の無自覚な自信は、本当に世界で一番なんじゃないかな。
私がそんなことを思ったところで、お姫様が何かが気になったのか、お兄の方を見て無言のまま少し不思議そうな顔をした。
私もお姫様につられてお兄を改めて観察して……そしてすぐに分かった。
お兄が手に持っていた、見覚えのある紙袋。
この紙袋の中身は──
私たちの視線に気付いたお兄は、爽やかな笑顔のまま、紙袋の中身を説明してくれた。
「……ああ、そうだ。これ。
今日になって『やっぱり差し入れはスイーツの方が良かったかもな』って思ったので、事情を話して仕事を早めに上がらせてもらって、焼きたてを買ってきたんです。
王都のパイ専門店『ベルレンティー』のアップルパイ。僕たち家族みんなの好物なんですけど。
……でも、遅すぎたかな?もうスイーツはたくさん食べちゃっただろうし、今日じゃなくて明日の方が良かったかな?」
するとお姫様は、すかさず首を振ってお兄に御礼を言った。
「いいえ。遅すぎることなどありません。お気遣いありがとうございます。
わたくし、ちょうど小腹が空いていたところでしたので、とても嬉しいですわ。一つ、いただいてもよろしいですか?」
「「小腹が空いていたところ?!」」
私とお義姉さんは思わず二人で声を揃えてツッコんでしまった。
ちょっと待って?!じゃあ今まで食べてたものは何?!確実にホールケーキ3つ分は胃に消してたと思うんですけど!?
でもお茶会でのお姫様の食べっぷりを見ていないお兄は、何も疑わずに「そうですか?それなら良かったです。」と言って笑って、お姫様と二人で仲良くアップルパイをサクサクと食べ始めた。
「──……!
とても美味しいですわ。甘さも控えめで、林檎の味が引き立っていて。これならば何個でも食べられそうです。」
えっ?まだ何個でも食べられるんだ。
「数は多めに買ってきたので、大丈夫ですよ。あといくつか食べますか?」
「ええ、是非。いただきます。」
あっ……本当にいただくんだ。
私のはるか後方で、使用人たちが静かに涙を流しながらお兄に拍手を送っていた。
多分、準備してたスイーツを全部出し尽くしちゃって絶望してたんだろうな。追加のスイーツを持ってきたお兄が救いの神に見えてるんだと思う。
お兄は仕事──魔導騎士団の訓練終わりで、かなりお腹が減っていたのか、いつも以上に美味しそうに口元をモキュッとさせながらアップルパイを堪能していた。
「本当にお好きなのですね。」とお兄の顔を見て驚いてから、幸せそうに笑って一緒にパイを食べるお姫様。例のお兄の可愛い一面も、ちゃんと伝わったようだった。
…………やっぱりすごいなぁ、お兄は。ただその場にいるだけで、何をしても何を言っても、どんどん惚れられちゃうんだから。
お兄はアップルパイを一つ平らげてから、何か他にもつまもうと思ったのか、軽くテーブルの上を見渡した。
そしてほとんど残りがないビーフジャーキーとピクルスのお皿を見つけて、少しだけ恥ずかしそうに苦笑した。
「……あ。僕の差し入れも食べてもらっていたんですね。
…………申し訳ありません。やっぱりこうして見ると、場違いで浮いちゃってますね。」
お兄が今さらそう言って謝ると、お姫様は「いいえ。そんなことはありませんわ。」と即座に返した。
「ビーフジャーキーとピクルスも、甘くなった口の中を変えるのにぴったりでした。
とてもありがたかったです。素晴らしいセンスの差し入れだと思い、感動いたしました。」
お姫様に過剰に優しくフォローされたお兄は、舞い上がって浮かれることもなく、かといってお姫様の言葉を疑うこともなく、呑気にホッとして笑った。
「あ、そうですか?……そうですよね。やっぱり甘いもの以外も口にしたくなりますよね。お茶会のときって。
僕と一緒で良かったです。」
もー!まったくこれだから!お兄は!
……たしかに美味しかったけど!私も正直、あって良かったって思ったけど!
でもお兄、絶対に「なーんだ。じゃあ僕はこのままのセンスでいいんだ。」って安心しちゃダメだからね?!
次はもっと格好よくお姫様を喜ばせてあげてよ?!
私はすでに微塵も反省する気がなくなっているお兄に視線だけで訴えた後、お姫様に注意事項を教えた。
「あんまりお兄のこと、甘やかさない方がいいですよ。この人、許されるとすぐに調子良く自分の失敗を忘れちゃうんで。
このままだと、また懲りずに同じことを繰り返しますよ。」
私の冗談半分の言葉を受けたお姫様は、お上品に口元に手を添えながら「でしたら、ちょうど良いですわ。わたくし、これからはお茶会の場にビーフジャーキーとピクルスがないと物足りなくなってしまいそうなので。」と言って、可憐に私とお兄に微笑みかけてくれた。
お兄ーっ!!お姫様に感謝して絶対に結婚しろ!!!
私は心の中で、お兄をもう一度どついた。
◇◇◇◇◇◇
「──今日はとても楽しいお茶会をありがとうございました。また明日もよろしくお願いいたします。」
黄昏時、だんだん外が寒くなってきた午後の5時半。
お忍びでクゼーレ王国にいらしているお姫様は、これから宿泊する王都の最高級ランクの五つ星ホテルに移動するらしい。
……まあ、そこはまだ、さすがにね。
お忍びとはいえ、隣国の王女様がまだ正式に婚約していないお相手の実家に泊まることはないからね。
エゼル王国のお姫様御一行を見送る私たち家族、そしてお兄。
私は笑顔で別れの挨拶を交わし合っているお姫様とお兄を見ながら、改めて「お似合いだな」ってしみじみ思った。
見た目だけなら、本当に完璧な美男美女。非の打ち所がない魔導騎士様とお姫様。誰もが憧れるキラキラ輝く御伽話の世界を、二人で体現しているようだった。
……実際は、そんなことないんだけどね。
外見は「完璧な美男美女」だけど、本当は人並み以下の不器用な二人。
もともと女の人が苦手で、差し入れ一つ、おもてなし一つすらスマートにこなせないお兄。
ずっと人前で本音を言えたことがなくって、自分の好きなものだけで、一人でこっそり夢を膨らませていたお姫様。
二人の中身は、まだまだこれから。
お兄は全部自分に合わせてもらうだけじゃなく、「お相手に合わせて考える」って発想を、少しずつでいいから覚えていって。
お姫様も。お兄に何でも全部合わせるだけじゃなく、自分一人の世界だけじゃなく……「二人で一緒に考えていく」ことの楽しさを、お兄と感じてもらえたら嬉しいな。
それでいて、いつか外見も中身も完璧にお似合いな、誰もが憧れる「理想の両思いの夫婦」になってほしいな。
平凡な侯爵家の、末っ子長女の私。
お兄に憧れている人たちに「髪と目の色が一緒だね!」「目元がちょっと似ていて羨ましい!」って褒められること以外は、何の特徴もない私だけど。
私には──友達と仲良くなりたくてただの雑談に必死になって疲れたり、婚約者に惚れてもらいたくて贈り物に頭を悩ませた──人並みに豊富な経験がある。
些細なことではあるけど、私は心の中でちょっとだけ先輩風を吹かせて、お兄とお姫様のことを偉そうに心配して二人の幸せを願った。
…………でも、私はこのとき、お兄の「凄さ」をまだ見くびっていた。
20年も見てきた血の繋がった兄妹なのに。
私はお兄の影響力を、まだ理解しきれていなかった。
──この記念すべき「第1回 サーリ家義姉妹(仮)の女子だけ会」開催からおよそ1年半後。
ここクゼーレ王国とお隣のエゼル王国で「パーティーやお茶会の場に『ビーフジャーキー』と『ピクルス』を添える」のが爆流行りして、数年後には新たな文化として定着しちゃうなんて。
…………さすがに予想できていなかった。
私はそこでようやく思い知った。
うちのお兄の手に掛かれば、「独りよがりの謎センス」も「王国最先端の流行」に変わっちゃう。
お兄は「常識はずれ」でも、そのままの自分で「お相手を幸せにする最高の思いやり」ができちゃう。
裏では相変わらずポンコツで呑気な人だけど……それでもお兄は、充分すぎるほどに格好いい。
──強く、優しく、美しい、王国一の好青年。
……これが、私のお兄の「表の顔」。
そして、その姿は紛うことなき「本物」だ。
私は案の定しれっと優勝トロフィーをお土産にしちゃって、お姫様を最高にときめかせて喜ばせたお兄を見て──……もはや呆れて笑うしかなかった。
追加の後日談に気付いて読んでくださり、ありがとうございました。
甘いものとしょっぱいものを繰り返す物語も悪くないかもしれないと思いつつ。真面目な兄と合わせて、陽気な妹のお話も楽しんでいただけていれば嬉しいです。




