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3 ◇ 届かない刃と恐怖心

全5話(執筆済)。基本毎日投稿予定です。

 僕が高等部3学年に上がった17歳のとき。

 弟は2学年には進級せずに、学園を辞めた。


 といっても、決して悪いことではない。むしろ良い意味での中退だ。


 弟は化け物じみたその剣の強さで、大型魔物の討伐を専門とする王宮直属の魔導騎士団に入団した。

 王国最難関と言われる16歳から挑戦可能な入団試験に、弟は見事に一発で合格した。


 弟がいなくなった学園の特に女子たちは、何というかもう阿鼻叫喚の地獄絵図だった。

 弟という目の保養が消えたことを嘆いて、でも弟が王国最強のエリート戦闘集団に入ったことでさらに格好良く思えて、でもそんな危険な仕事で弟が死んだらどうしようと心配して──……まあ、要約すると弟に会える機会がなくなったことに絶望していた。

 男子たちは弟の容姿が凄すぎてそもそも張り合う気にもなれていなかったのに、さらに弟がそんな化け物みたいな強さで王宮直属の剣士になったことで、もはや羨ましいを通り越して「来世はあんな人生を送ってみたい」と、今世を諦めて次の人生に希望を繰り越していた。


 弟は王宮の敷地内にある魔導騎士団の宿舎に入った。

 でも実家が大好きな弟は、週末は頻繁に帰ってきて、相変わらず妹と遊んでいた。

 妹が10歳の誕生日に「犬を飼いたい!大きな犬!」とねだった結果、我が家にはモフモフの大型犬……の仔犬が新たな家族に加わっていた。弟は妹と二人で、その仔犬を愛でまくっていた。



 弟は魔導騎士団での日々をとっても楽しんでいるようだった。

 父さんと母さんは弟の危険な仕事内容を心配しつつも、弟が大好きな剣で生計を立てていけるようになったことをとても喜んでいた。


 ……ただ、僕は弟が楽しそうにしている理由がもう一つあると思っていた。


 とある週末。僕の婚約者の彼女がサーリ侯爵邸に来ていたとき。弟は彼女と楽しそうに話して、それから嬉しそうに僕にこう言ってきた。


「兄さんの婚約者様、本当にいい人だよね。」


 弟と1学年差で中等部、高等部と通ってきた僕は……長年のコンプレックスを脱して視野が広がってきた僕は、弟の発言の法則が分かるようになってきていた。


 弟は周りに優しいと言われている女子でも「いい人」判定を下さないことがある。逆に周りから性格が悪いと言われている女子のことを「え?あの人、いい人じゃない?」と判定することもある。


 弟が女子を「いい人」と評するときの法則。


 ──弟にとっての「いい人」は、弟に好意を向けない人だ。


 16歳になった弟は無自覚に、女子からの好意に苦手意識を持つようになっていた。

 女子たちの好意から解放された男所帯の魔導騎士団の環境を、弟は心の底から楽しんでいた。

 僕の一人目の婚約者候補だった彼女と違って、弟に色目を使わない今の僕の婚約者の彼女を、とてもありがたがっていた。


 僕はもう拗らせていた時期を脱した。僕はもう大丈夫だった。


 ──……拗らせてしまっていたのは、僕の弟の方だった。



◇◇◇◇◇◇



 無自覚に拗らせてしまった弟は、魔導騎士団に入ってようやく解放された……はずだった。

 でも、【絶世の美男子】な弟の影響力は、ちょっと身を置く環境を変えたぐらいじゃ結局消えなかった。


 弟は入団一年目にして早々に、巷で「ものすごい美形の剣士がいる」と話題になっていた。

 魔導騎士団の隊列が通る大通りの沿道には、応援の国民が駆けつけることがある。弟はすぐに人気の騎士団員になり、貴族のご令嬢だけでなく王都に住む一般市民たちも、魔導騎士団の出動の鐘の音を聞きつけて弟を一目見ようと沿道に押し寄せるようになってきた。


 弟は、相変わらずだった。


 弟は無自覚に拗らせていながらも、その態度は変えなかった。

 自分の顔の良さをちゃっかり自覚して……周りの好意や期待に応えて、ちゃんと周りに笑顔を向けていた。


 僕は思春期の頃に拗らせて、女子に素っ気なくなったり内心で馬鹿にしたりしていたのに。弟はそうではなかった。



 またとある週末。僕たち一家は、母さんの思いつきで王都のレストランでランチをすることになっていた。

 弟は騎士団宿舎から直接合流すると言っていたけど、連絡もなしに約束の時間よりも一時間近く遅れてきた。


「何があったんだ?またレストランの場所を勘違いしていたのか?」


 父さんがそう聞くと、弟は首を振った。


「場所は勘違いしてなかったんだけど……来るときに路地裏で誘拐されそうになっていたご令嬢を見かけて、助けてたら遅くなっちゃった。」


「「「………………。」」」


 もはや運までもが、弟を理想の美男子に仕立て上げようとしているようだった。

 弟が惚れられてしまうような状況を、神様に創り出されているようだった。……クゼーレ王国の王都はそんなに治安が悪いわけでもないのに。


「うわーっ!お(にい)、劇に出てくる王子様みたーい!」


 妹だけが呑気に笑って弟を揶揄(からか)った。


 母さんが「どちらのお嬢様だったの?」と弟に尋ねると、弟はしれっとした顔で答えた。


「聞いてない。言おうとしてたけど『いいです』って断った。()()()()()から。」


「「「………………。」」」


「うわーっ!お兄、ひどっ!全然王子様じゃないじゃん!」


 妹だけがまた笑って弟にツッコんだ。



 弟は偉かった。

 弟は僕と違って、拗らせていても、女子を見捨てたりしなかった。困っているのを見かけたら、誘拐犯が相手だろうが何だろうが助けに入ることができる人間だった。


 それからも、弟は変わらずに周りから歓声を浴びせられたらそれに笑顔で応え、困っている人を見かけたら見捨てずに手を差し伸べた。


 弟は案外、魔導騎士団に入って調子に乗っていて、それで周りからの歓声に酔いしれている?

 弟は天然で何も考えていないから、女子から好意を向けられるような行動をうっかり軽率に取っている?


 ……そんな訳はなかった。

 弟は相変わらずだったけど、でも歳をとって大きくなって、だんだん()()していたんだ。

 自分が何を生まれ持ったのか。周りに何を求められているのか。それに対して、どう応えていくべきなのか。

 そして、好意を向けられて結果的に居心地が悪くなると分かっていたとしても……自分の強さや優しさは勿体ぶらずに使うべきなんだということを、弟はちゃんと理解していた。


 僕は、そんな弟の「内面」を心の底から尊敬するようになった。

 そして、弟の「()()()()()」の一言に、僕は悲しい気持ちになった。



◇◇◇◇◇◇



 弟は魔導騎士団の中でも、相変わらず人一倍剣を振って己を鍛えて、ますます強くなっていったようだった。


 そして弟は魔導騎士団に入団してからみるみるうちに先輩団員たちを追い越していって、入団から4年で部隊長にまで登り詰めた。


  ──強く、優しく、美しい、王国一の好青年。


 弟が容姿だけでなく実力と地位を完璧に備えて、皆に望まれ期待されてきた「(おもて)の顔」を完成させた瞬間だった。


 部隊長になり、王国最強戦闘集団の隊列の先頭を率いるようになって、弟の国民人気は絶大なものとなった。

 沿道には早朝だろうと深夜だろうと大勢の人々が弟を見るために駆けつけた。弟は女性たちからは黄色い声援を浴び、男性たちからは憧憬の眼差しを受けていた。



 その頃、妹は中等部で毎日のように弟の話をせがまれていたようだった。

 妹は僕と違って、弟に似て明るく前向きで、弟以上に甘えた末っ子気質な性格をしていた。自分の弟が人気なことで不貞腐れていた僕と違って、妹は自分の兄が人気なことが誇らしいようだった。


「お(にい)に婚約者がいないからってさ、私の友達たちが『お兄さん紹介して!』って言ってくるの。私たちまだ中等部で6歳差だよ?!あり得なくない!?」


 妹は全然気を遣わずに、なんなら言っている内容とは裏腹にどこか自慢げに、弟に向かってそう言った。

 それに対して弟は、軽く苦笑してモフモフに育った我が家の愛犬を撫でながら


「うーん。僕、最近はもう『結婚はしなくてもいいかな』って思ってるんだよね。」


 と返した。


「えぇー!勿体無い!お兄モテるのに!私、義理のお姉さん増えるの楽しみにしてるんだよ?

 兄さんの奥さんとお兄の奥さんと私の3人でお買い物とか旅行とか行きたいもん!女子だけ旅行!」


 妹が好き勝手言っている後ろで父さんと母さんが一瞬暗い顔をしていたのを、僕は見逃さなかった。

 弟は「何それ。」と言って妹のことを笑っていた。



◇◇◇◇◇◇



 妹は誰がどう見ても末っ子気質でずけずけと物を言う性格だったけど、でもきっと、考え無しの人間ではなかった。

 何となく、弟が拗らせていることにはちゃんと気付いていて、それでもそれを敢えて気にせずに自然体で接しているように見えた。


 僕が弟に気を遣う性格なら、妹は弟に気を遣わない性格だ。


 僕たち兄妹は、唯一家を出た次男の弟のことを、違う方向から同じように大切にしていた。

 弟はそんな僕たち兄妹を、相変わらず慕い可愛がってくれていた。


「ねえ、兄さん!さっき魔導騎士団の帰還の鐘が鳴ってたよ!お(にい)の部隊が帰ってくるんじゃない?暇なら一緒にお兄のこと見に行こうよ!」


 妹はタイミングが合うときは、よく弟を見に隊列が通る大通りに行っていた。妹は純粋に、隊列の先頭にいる格好良くて華がある弟のことを見たがっていた。

 そして僕は、行けるときはなるべく妹の誘いに乗るようにしていた。

 キャーキャー騒がれている中で、僕たち家族からの素朴な声援があれば、弟も少しは気が休まるんじゃないか。……そう思って、僕は少しでも弟をホッとさせるために、妹と一緒に大通りに足を運んだ。


「お(にい)ーっ!おかえりー!!」


 妹が馬鹿でかい声で部隊の先頭に向かって声を張って手を振る。

 弟はいつも妹の声に気付くと、対外用の爽やかな笑顔ではなく、家族だけに見せる気取らない笑顔で応えてくれた。妹の近くにいた女性たちからは歓声を通り越して悲鳴のような声が上がりまくった。鼓膜が割れるかと思うほどだった。

 妹はその特別な笑顔が他でもない自分に向けられると、満更でもない顔をした。周りの女性たちは徐々に妹の存在を認知し……いつの間にか、いつも妹が行く大通りの中ほどのお決まりの場所は貴重なファンサービスをもらえる人気スポットになっていった。




 そしてある日。事件は起こった。


 いつものように妹が「お兄ーっ!!」と、妹にしかできない特別な声援を送って、それに弟が特別な笑顔で応えたとき──


「振り向いてくれないなら貴方を殺して私も死ぬ!!」


 いきなり意味がわからない叫び声とともに、僕と妹から数人分離れたところからナイフを持った令嬢が飛び出してきて、そのまま先頭にいる弟に向かっていった。

 僕は驚いて固まって、妹は驚いて「キャーッ!!」と悲鳴を上げた。


 ──……それで、「だから何だ」ということはなかった。


 その令嬢はすぐに弟の部下の魔導騎士団員たちに取り押さえられ、即座に騒ぎを聞きつけてきた警官に引き渡されていった。

 怪我人が出ることもなく、トラブルは一瞬で収束した。


 珍しく沿道の人々が静まり返る。


 弟は連行されていく令嬢をポカンとしながら見送って……最後にボソッと「……今の誰?」と呟いた。


 周りの部隊員たちが「いや、隊長!?」「知らない人なんですか!?」「そんなことある?!」と驚きのツッコミを入れているのが聞こえた。


「…………大丈夫みたいだね。お兄。」


 僕と妹もポカンとしながら、隊列が気を取り直して進んでいくのを見送った。



 でも、時間が経って冷静になった妹は「兄が知らない女性に刺されそうになった」という事実を正しく認識して──そして当然、(いか)りまくった。


「なんで『好き』から『殺そう』っていう発想になるの?!信じらんない!!

 お兄が『振り向いてくれない』って、そんなの当たり前じゃん!!知らない人なんだから!!お兄を何だと思ってるの!?」


 週末にまた家に遊びに帰ってきていた弟を前に、妹は至極真っ当な感想とともに憤った。

 妹に代わりに憤ってもらえた弟は、それでそっと溜飲を下げたようだった。

 温厚な弟らしく「まあ、大きなトラブルにならずに済んでよかったよ。」と言って苦笑した。


 恐らくその令嬢は、妹に嫉妬したんだろう。僕と妹の近くから飛び出てきていたから。

 妹の近くは、弟が特別な笑みを見せるファンの人気スポットだ。ほとんどのファンは妹のおこぼれに(あずか)って喜んでいたけど、きっと例の令嬢は、その特別な笑みが自分に向けられないことに苛立ちを募らせてしまったんだろう。


「でもさぁ!魔導騎士団の部隊長のお(にい)をナイフで刺そうとするなんて、笑っちゃうよね!そんなのできるわけないじゃんねー!」


 妹が思いっきり馬鹿にするようにして言い放つ。


 ……妹の言う通りだ。王国最強集団のさらに部隊長まで務める剣士の弟が、なんの訓練もしていない素人の令嬢に刺されるわけがない。


 弟が()()()()傷つけられるわけがない。



 …………でも、()()()()は、傷ついていないわけがない。



「……怖かっただろ。大丈夫か?

 もし辛いようなら、上に相談して何か対策を考えてもらえよ。」


 僕がそう言ったら、弟は困ったように笑ってこう言った。


「ありがとう兄さん。……でも大丈夫。ここまでのことは()()()()()し。対策してもらうって言っても、大変だしね。」


 ……ってことは、今まで()()()()()()()()ってことか。


 僕は複雑な気分になった。


 弟が僕の心の内を読んでいたかは分からない。

 でも、それから弟は数年振りに珍しく僕の前で、微塵も共感できないぼやきを口にした。



「…………うん。でも正直、ちょっと怖かった。……参っちゃうよね。」



 僕はもうすでにこのときは、弟がモテるという事実をまったく羨ましいと思わなくなっていた。可哀想だとばかり思うようになっていた。

 だから、ただひたすらに、弟に共感できないなりに同情した。


 ──……お前には僕の気持ちなんて分からないだろ。嫌味かよ。


 僕が昔ずっと、弟に思っていたこと。

 もし今()()を弟に言われたら、僕はなんて返せるだろう。


 そのことを想像したとき、僕はようやく、あの日どれだけ自分が弟に残酷な言葉を浴びせてしまっていたのかをはっきりと理解した。


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― 新着の感想 ―
美人でモテモテの友人が同じようなことを言ってたことがありましたね。確かに自分が好意も何も持っていない相手(しかも一人二人じゃない)に好かれるというストレスに普通の人は耐えられないと思いますよ…1人なら…
とても素敵な兄弟妹ですね。三人が育った環境、ご両親の愛情が健やかであったことは、この上ない幸いだと思います。この状況で弟の傷を思いやれる兄の心の強さが眩しいです。 確かに過ぎたものを持ってしまった弟…
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