2 ◇ 婚約者候補と虚栄心
全5話(執筆済)。基本毎日投稿予定です。
いろいろと条件を調べたり、貴族のパーティーに出たりしながら、僕の婚約者探しは進んでいった。
僕は「学園の女子はみんな弟の方がいいって思っていそうだから嫌だ」なんて惨めなことは言いたくなかったから、「学園の女子には特にピンとくる人がいない」とか「人脈を広げたいから学園外の人がいい」みたいな理由を後付けで作って、僕は「まだ弟に会ったことがない人」を中心に考えていった。
考え始めたのは13歳くらいのときだったけど、なんやかんやでまだ急ぐ必要もなかったし、婚約打診っていうのはいろいろなタイミングや兼ね合い……それぞれ家の事情もある。
なかなかお互いに条件が合わなかったりして、結局それなりに具体的な話が進められそうな相手を見つけられたのは、僕が16歳のときだった。
王国北部の伯爵家のご令嬢か、四大公爵家の分家筋のご令嬢。
お見合いの候補に上がったのはこの二人。父さんに「まずどちらに打診するか」と聞かれて、僕が希望したのは、王国北部の伯爵家のご令嬢だった。
……単純に、写真の顔が好みだったから。
どちらも優秀なご令嬢らしかったし、資産などの条件は似たり寄ったりだったから、あとの判断材料なんてそもそもそれくらいしかなかった。
それで、僕は彼女とお見合いすることが決まった。
◇◇◇◇◇◇
「──とてもしっかりとされていて、頼もしい御方ですのね。お話ししていてそう感じましたわ。
あなた様となら良い家庭が築けそうです。あなた様のような素敵な御方に出会えて、私は運がいいわ。」
婚約者候補になった彼女と初めて会ったとき、彼女は僕にそう言ってくれた。
僕は嬉しかった。自分でも自分がチョロいとは思ったけど。
でも、ずっと両親に言われ続けてきた「しっかり者」というのと同じことを初対面の彼女に言ってもらえた──それだけで、僕は彼女に、自分の内面を理解してもらえたような気になった。
《人の価値は内面だ。外見じゃない。》
その頃の僕の思想というか座右の銘は、これだった。
自分でも自分がダサいとは分かっていたけど。
でも、ずっと弟までの中継点にされて、弟よりも価値が低いと暗に突きつけられ続けてきた僕は、完全にもう拗らせてしまっていた。
弟ばかり注目されて持て囃されるのは、単に弟の見た目がいいだけ。
周りは見た目でしか人を判断しない無能ばっかり。
本当に素敵な人は、人を見た目で判断しない。ちゃんと中身を見てくれるはずなんだ。
僕が評価されないのは、皆が僕の中身を見てくれないからだ。
そんな風に思っていた。
──……じゃあ、弟は見た目が他人よりも優れているだけで、中身は他人よりも悪いのか?
──……じゃあ、僕は弟よりも中身が優れているって言えるのか?
問い掛ければすぐに「違う」と言えてしまう残酷な真実に、僕は必死に気付かないフリをしていた。
弟はもはや外見には一切の非の打ち所がなかったから、僕は必死に弟の中身の粗を探して自分と比べていた。
その頃の弟は、高等部になっていよいよ「完成」に近付いていた。
整いきった顔面は少年らしさから男らしさに移り変わっていって、背もグッと高くなった。怪力なくせに何故か身体は見た目に特化したような細身な筋肉のつき方をしていた。
その印象的な左の目元の泣きぼくろが決定打になって、弟は社交界の【美貌の神童】から、色気漂う【絶世の美男子】へと進化した。
弟は相変わらずだったのに。
弟は相変わらず天然でうっかりしていて、周りに迷惑をかけまくっていたはずなのに。それなのに周りは勝手に「親しみもあって魅力的」「お高くとまらないところが謙虚で優しいわ」といいように解釈して、勝手に弟を許して好いていた。
弟は相変わらず剣を振るうのが大好きで、将来の進路もろくに考えないまま鍛錬を楽しんでいるだけの修行バカなのに。それなのに周りは勝手に「誰よりも自分に厳しい人格者」「そのストイックさが硬派で素敵だわ」といいように解釈して、汗だくの弟の汗さえも輝いていて美しいと評価していた。
そして弟は、ちゃっかり自分が許されて好かれていることを自覚して、相変わらずそれを利用して困ったことがあっても笑って誤魔化しまくっていた。
見た目さえ良ければ何でもいい方に変換されるのかよ。中身をちゃんと見てないじゃないか。
馬鹿ばっかりだ。周りのみんなも……弟も。
弟は相変わらず妹を可愛がっていて、僕には甘えた次男気質を発揮してしょっちゅう頼ってきていたけど。
僕はそんな風に思っていた。
だから、婚約者候補の彼女が「僕」を見てくれたとき、僕はようやく「僕の真の価値を理解してくれる、聡明な人に出会えた」と思った。
それですっかり舞い上がった。
婚約の話を進めたいと両親にも強く希望を出して、安心して弟と妹を彼女に紹介した。
彼女は弟と妹の二人を前にしたときも、穏やかな笑顔を崩さなかった。
僕はそのことも嬉しかった。弟のことを見て驚いて目を見開いたりしなかった彼女を見て、僕は彼女が運命の人だと確信した。
◇◇◇◇◇◇
…………でも、そんな確信もすぐにあっさり崩れた。
遠方に住む彼女を週末にサーリ侯爵家に招いて親交を深めて、いよいよ婚約を成立させようという話を両家の両親としてした……彼女の三回目の来訪の後のことだった。
彼女を見送っていい気分で夕飯を食べて、寝る支度を終えていい夢を見ながら寝ようと思っていた夜の11時頃。
普段だったら遠慮なくノックをしてきて「兄さん、ちょっといい?」と明るい声で言ってくる弟が、珍しく遠慮がちにノックをして暗い声で僕を呼んだ。
嫌な予感はした。
嫌な予感がしつつ、それに身構える前に僕は自然とドアを開けてしまった。
すると弟は、まだ僕の心の準備はできていなかったのに、僕に用件をすぐに言ってきた。
「……兄さん。寝る前にごめんね。あのさ、ちょっと言いづらいんだけどさ。
兄さんの婚約者候補の人……あの人、やめておいた方がいいんじゃないかな。婚約の話は進めない方がいいと思う。」
…………嫌な予感は的中した。
僕は弟の口からは絶対に聞きたくなかったはずなのに、身構えていなかったせいで、混乱しながらそのまま弟に問いかけてしまった。
「どうして?」
僕が咄嗟にそう聞いてしまったら、弟は言いにくそうに整った顔面を歪めた。
その歪め方すらも格好良くて、僕は腹が立った。
「……あの人、兄さんがいない隙に僕のところに来た。
それで、僕に『兄さんと婚約したら、僕とは恋人にならないか』って言ってきた。『愛人契約』って言ってきた。
……兄さんに内緒でって。それで……、それで……
…………ごめん。あとは言いたくない。」
その最後の一言で、僕は彼女がどれだけのことを弟に言って迫ったのかが、直感的に理解できてしまった。
「──っ!ふざけるな!!
それをお前が僕に言うのかよ!!?
お前にだけは言われたくなかった!!お前からは聞きたくなかった!!
お前は──少しは他人の気持ちを考えろ!!!」
僕の口から衝動的に出た言葉は、とてつもなく醜悪で最低なものだった。
冷静にならなくてもすぐに分かった。
何もしなくてもモテまくる弟が、兄である僕の婚約者候補ごときをわざわざ誑かすわけがないってことくらい。彼女がただ勝手に、弟に一方的に何か言ってきたんだろうってことくらい。
すぐ分かった。
弟は兄の僕と妹が大好きな、兄妹思いの次男だ。
だから弟は、僕を傷つけたいなんて絶対に思っていなかった。
でも僕を傷つけてしまうことを承知で──……それでも、僕がもっと深く傷ついてしまう前に、取り返しがつかなくなる前に……僕のために教えてくれただけだった。
弟は、兄の僕を助けてくれただけだった。目を覚まさせてくれただけだった。
彼女に盲目になって舞い上がっていた僕に、彼女の本性を教えてくれただけだった。
……弟だって、そんなこと、兄の僕に言いたくなかっただろうに。
弟は兄の僕を騙し裏切ろうとした彼女に、誰よりも怒りと嫌悪感を抱いていただろう。なんなら歳上の彼女にいきなり迫られて、恐怖も感じていたかもしれない。
そして、誰よりも僕に申し訳なく思っていただろう。
そんなの、当然分かってた。
でも僕はあのとき、そんな当然のことすら見えなくなってしまっていた。
弟は何も悪くなかった。
悪いのは僕たち兄弟の仲を馬鹿にした彼女だった。
……そして、彼女の本音を知ろうともせず、彼女を表面的にしか見れていなかった僕だった。
弟は、そんな愚かな彼女と僕に巻き込まれた、完全な被害者だった。
それなのに、僕はあの瞬間、そんな簡単なことすらも考えられなくなってしまっていた。
僕はとてつもなく醜悪で最低な言葉を弟に浴びせた後、弟の顔が見れなくなって下を向いてしまった。
「……………………ごめん、兄さん。」
弟は、ただ僕にそう謝った。
王国一整った顔の弟が、そのときどんな表情をしていたのか。情けない兄の僕は、弟に向き合うことができなかった。
◇◇◇◇◇◇
それで、僕と弟の仲が悪化したかと思いきや──……別にそんなことはなかった。
僕は冷静になった翌日にすぐに弟に何度も謝った。
僕の謝罪を受けた弟は、ケロッとした顔で「いいよ全然。気にしてないから。兄さんの方が辛かったでしょ。僕の方こそごめんね。」と言ってきた。
それで、何事もなくまた日常が始まった。
当然その彼女との婚約の話は無しになって、僕は今度は、候補に上がっていたもう一人のご令嬢──四大公爵家の分家筋のご令嬢とお見合いをすることになった。
僕が「もう嫌だ……」とぼやいてしまったら、父さんと母さんは僕の心情を察して悲しそうな顔をしながらも「頑張れ」と意味のないエールを送ってきてくれた。
「──貴方がどのような御方なのか、少しずつでも知っていけたらと思います。これからも、いろいろお話ししてくださると嬉しいです。」
二人目の婚約者候補の彼女は、一人目の彼女とは違ってそう言ってきた。
僕が死んだような目で弟と妹を応接間に呼んで彼女に紹介したとき、彼女は隠そうとはしたものの隠しきれなかったようで、弟を見て驚いたように目を見開いた。
だから僕は、弟と妹が挨拶を終えて去った後に、彼女に死んだような目で「弟の方がいいですか?」と聞いてみた。
すると彼女は、僕が冗談を言ったのかと思ったらしく、笑っておどけてこう返してきた。
「あんなにも整ったお顔の御方と並んだら、緊張してしまって何も話せなくなってしまいそうです。ですから、私には無理でしょう。」
「それ……『僕の見た目なら大丈夫』ってことですか?」
と僕が言ったら、彼女は慌てて「あっ、そんなつもりで言ったつもりはないんです!ただ私自身のことを言っただけで──……っ、失礼なことを言ってごめんなさい。」と謝ってきた。
そんな彼女を見て僕は遅れてハッとして、慌てて「──あっ!いえ、そんな、僕の方こそ返しづらい自虐を言ってごめんなさい!」と言って謝った。
彼女は「冗談の程度や距離感も、初対面ではなかなか難しいですよね。」と言って笑って、僕のコンプレックスを冗談に昇華してくれた。
彼女は、本当に素敵な人だった。
彼女は「人は他人を簡単には理解できない」ということをきちんと理解できている、本当に聡明な人だった。
僕は最初にこの彼女の方を「見た目」を理由に選ばなかった。そのことを僕はものすごく恥じた。
座右の銘に《人の価値は内面だ。外見じゃない。》なんて掲げてたくせに、外見で判断していたのは僕だった。
僕はそのとき、これからは彼女の「中身」に向き合って、彼女を大切にしようと心に誓った。
そうすれば、彼女の「見た目」だってすぐに好きになれると思えた。
◇◇◇◇◇◇
婚約が無事に成立して、僕は何年もかけて拗らせきってしまったコンプレックスからも抜け出せるようになってきた。
そんな日常の中でふと、僕はある事実に気が付いた。
──そういえば最近、弟がお菓子をもらってきているのを見ていない。
弟にお菓子を渡す女子がいなくなった?……いや、絶対にそんなわけがない。
弟は相変わらずどころか、高等部に上がって今まで以上にモテているんだから。周りが婚約者を本格的に考え出す年齢になってからは、恐ろしいほどの視線の量と圧が弟に向くようになっているんだから。
だから、答えはすぐに分かった。
……弟が、全部断るようになったんだ。女子たちからの贈り物を。
弟は相変わらず天然で、相変わらず剣を振るうのが好きだった。もうその剣の強さは異次元すぎて、もはや「お前は何と戦うつもりなんだ」とツッコミを入れたくなるほどだった。
人伝で聞いたところによると、剣術の授業では弟の剣が強すぎるせいで同級生の男子たちが怖がってペアを組んでくれなくて、手合わせが成立していないらしい。
弟は相変わらずだ。相変わらずの剣術バカだ。
でも、弟なりに何かを変えていた。弟なりに何か思うことがあるらしい。
──「少しは他人の気持ちを考えろ!!!」
僕は、あの日怒鳴ってしまった言葉を思い出した。
弟は相変わらずケロッとしてるけど、もしかしたら僕はあのとき、自分が思っている以上に、弟を傷つけてしまったのかもしれない。
もしかしたら弟は、僕が想像している以上に……日々、嫌な思いもしているのかもしれない。
コンプレックスから抜け出せるようになってきた僕はようやく、そのことに少しだけ気付くことができた。