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1 ◇ 女子からの菓子と嫉妬心

全5話(執筆済)。基本毎日投稿予定です。

 僕の弟は、【絶世の美男子】だ。


 それだけを聞くと「だから何だよ」と思うかもしれない。


 でもその事実は、ただの賛辞に留まらないほどに凄かった。

 僕の生まれた侯爵家と、僕自身、そして弟本人──すべてに大きな影響をもたらした。



 ダークブラウンの髪にエメラルド色の瞳、くっきりした目鼻立ち。色気の漂う泣きぼくろは、ご令嬢たちを虜にする。

 少し長めの前髪をさらっと流して、少し長めの後ろ髪を低い位置でさらっと括った髪型は、若い男性の間で大流行。


 男女問わず皆を惹きつける美しい容姿でありながら、実は重量級の大剣を軽々と振り回す怪力を持つ、魔導騎士団の若き部隊長。

 弟の勇姿を一目見ようと、魔導騎士団の公開訓練や遠征の隊列には人々が殺到し、弟と縁を結ぼうと王国中から縁談の話が舞い込んでくる。


 そして、そんな視線を一身に浴びる弟は、爽やかな笑顔を振りまいてさらに期待に応えていく。



 ──強く、優しく、美しい、王国一の好青年。



 ……これが、僕の弟の「(おもて)の顔」。


 平凡な侯爵家に生まれた突然変異。

 弟は、ただの侯爵家次男という枠に収まらないほどの存在になってしまった。



◇◇◇◇◇◇


◇◇◇◇◇◇



 クゼーレ王国の王都の貴族、サーリ侯爵家。

 僕はそのサーリ侯爵家の長男として生まれた。


 面長の顔に、小さめな目。印象に残りにくいあっさりとした容姿。強いて特徴を挙げるなら、人並みより少し目立つそばかすくらい。

 これが僕の生まれ持った姿だった。


 そんな僕には歳の差が1歳半、学年にして1学年差の弟がいる。

 産まれたときから顔が整っていると騒がれて、1歳を過ぎた頃には、その容姿の恐ろしいほどの完成度を周囲の大人たちは確信したらしい。

 祖母の涼やかな目元と、叔父の整った眉、父の筋の通った鼻に、母の上品な口元。祖父に似た輪郭。……そして、左目の下の泣きぼくろ。

 一族の良い部分をかき集めてできた奇跡の容姿。これが弟の姿だった。



 ──「だから何だ」ということはなかった。僕たち兄弟が幼い頃は。


 僕はそんなことは気にしなかったし、弟もそんなことは気にしなかった。

 1歳半しか違わない僕たちは、いつも一緒に遊んだし、はしゃぎ過ぎて一緒になって怒られたし、本やおもちゃを取り合ってよく喧嘩をした。


 6歳になって初等部学校に通い始めて、1年後にすぐ弟も学校に入学してきて、その頃に僕たちには歳の離れた妹ができた。

 二人で「可愛い妹を守れる兄になろう」と張り切って、剣術や護身術を習い始めたりした。


 たった1学年差といっても、僕は長男気質で面倒見がいいと両親に言われていた。口癖のように「しっかり者のお前が長男で助かった」と頼りにされていた。

 何故なら、弟が次男気質の甘えん坊で、次男気質……だけでは説明がつかないほどに天然でうっかり者で、僕がフォローせざるを得なかったからだ。

 うっかり鞄を忘れて学校に手ぶらで行く。宿題の範囲を勘違いする。──そんなのはまだ可愛いもので、「ボーッとしていたら間違えた」と言って他学年の体育の授業にしれっと混ざってしまっていたこともあった。

 僕はしょっちゅう弟に忘れ物を届け、自分の前年度のことを思い出しながらアドバイスや指摘をして、時には弟の担任に呼ばれて一緒に弟を探すこともあった。


 その頃から、すでに弟の容姿の威力は片鱗を見せていた。

 まだ初等部1学年の6歳だというのに、同学年のマセた女子たちからお菓子をよくもらって帰ってきた。一緒に遊ぼう、一緒に帰ろうと、よく取り囲まれていた。

 でも僕はそんな弟に対して「お菓子もらえていいな。」くらいのことしか思わなかったし、弟も「こんなにもらっても食べきれないから、兄さん一緒に食べようよ。」と言ってよく分けてくれたから、何の問題もなかった。



 ──「だから何だ」ということが少しだけ出てきたのは、初等部学校の高学年になってきた頃──僕が10歳くらいの頃だった。


 だんだん僕の同学年の女子たちが、「僕」を見てくれなくなってきた。


 とはいえ別に僕は、女子にちやほやされたいわけじゃなかったし、普通に男子とつるんでいる方が楽しかった。ただ、女子たちの方が何故か僕にわざわざ話しかけてきて、優しくしてくれて、遊びに誘ってくれるようになった。

 僕は最初は、不思議に思いつつも声を掛けられることを素直に喜んだ。


 ……でも、何人か、何回か経験していくうちに、だんだんと気付いていった。


 女子たちは僕に話しかけてきて「──それで、弟くんは何が好きなの?」と話題を弟に切り替えてきた。

 僕に優しくしてくれて、遊びに誘ってくれて「──次は、弟くんも一緒にどうかな?」と期待を込めて聞いてきた。


 ……僕は、ただの中継点にされていた。


 女子たちの本当の目的は「弟」と喋ることだった。


 最初の何回かこそ、僕は馬鹿正直に「じゃあ次は弟も呼んでくるよ!」なんて言って弟を誘って一緒に遊んだりしていたけど、そこで弟が来た瞬間に一気に「僕」が蚊帳の外に押し出されることに気付いて……それからは女子たちを避けるようになった。


 声を掛けられても「どうせ弟に用があるんだろ。弟に直接言えば。」って返すようになって、それで女子たちから顰蹙(ひんしゅく)を買うようになった。



 そんな中でも、弟自身は相変わらずだった。

 弟は相変わらず呑気に間の抜けたことをしては僕にフォローされていたし、相変わらず元気に妹を可愛がっていた。

 弟はまだ女子に全然興味がなくて、「兄さん!見て見て!必殺技!!」なんて言いながら、無駄に派手な動きで剣を振って、家で一人でカッコつけて満足をしていた。


 ただ、ちょっと弟はその頃には、自分の容姿の良さを自覚していた。それで、それをちょっと武器にしていた。

 と言っても、女子にモテようとかそういうことではなく、何かうっかりミスをしたときに、その爽やかな顔で笑って誤魔化して許される術を覚えただけだった。


 だから僕は弟自身には嫉妬はしていなかった。

 弟が笑って自分の失敗やカッコ悪いところを誤魔化しているのを見て「調子のいいやつ」ってツッコむだけだった。



◇◇◇◇◇◇



 ……そのくらいで済めばよかった。そのくらいでいたかった。


 でも僕の弟の美男子っぷりは、どんどん影響力を大きくしていった。



 僕たち兄弟が学園の中等部に在籍する頃──僕が13歳くらいの頃には、弟は王国の貴族たちの間で【美貌の神童】と噂されるようになっていた。

 弟は何もしていないのに、弟の容姿には勝手に磨きがかかっていった。


 僕は中等部に入って早々に剣術や護身術に冷めたけど、弟は冷めるどころかますます熱を入れていっていた。単に身体を動かすのが好きっぽかった。ストイックに剣の鍛錬ばっかりやり過ぎて、もはや化け物みたいに強くなっていた。

 もう馬鹿みたいに「必殺技!!」なんて言わなくなっていたけど、変に格好つけようとせずに真剣な眼差しで正確無比に剣を振るう弟の姿は、恐ろしいほどに華があって、むしろ一段と格好良かった。


 この子は大物になる!と、両親だけでなく、親戚も、剣の師匠も、学園の先生も──周りの大人が全員そう予感した。



 その頃、僕は父さんから「侯爵家の後継ぎとして、そろそろ婚約者候補を考えていこう」という話を受けていた。


 貴族の長男の宿命だ。僕は結婚相手を探すことになった。


 僕はその頃はもう、弟ばかり狙う女子たちにだいぶ辟易(へきえき)していた。でも思春期だったこともあって「婚約者」という存在に夢を見て、周りの女子たちをかなり意識するようになった。

 同じ学園の同級生の何人かについても、父さんに「お前のクラスのあの子はどうだ?婚約を打診してみるか?」と聞かれたりして、こっそり観察していたこともある。いろんな人を相手に、結婚生活を勝手に想像してみたりもした。


 それで、観察してみて、想像してみて……すぐに分かった。

 彼女たちは「僕」から婚約を持ち掛けられたら、がっかりするんだろうなって。


 父さんは僕にははっきりとは言っていなかったけど、その頃にはもう、「弟」の方には縁談の打診が多く来ていたらしい。

 普通なら、1学年上の侯爵家()()の僕と婚約した方が、結婚後の暮らしが安定するし、金もたくさん得られるし、家の力も人脈も強くなる。──僕の方が条件はいいはずなんだ。

 それでも侯爵家()()の弟にばかり話がくるくらい、弟の人気はすごかった。弟はもはやただのイケメンじゃなかった。社交界で噂の【美貌の神童】。次男とは思えない知名度を誇り、将来は何かしらの大きな影響力を持った人間になるだろうと、すでに大人たちから期待されていた。

 後継という縛りや責任がなく、本人はその身分以上に将来有望。ノーリスクハイリターンの穴場候補。何よりもその容姿が理屈抜きに魅力的。──そんな感じで、むしろ弟の方に価値を見出されるようになっていた。



 ──僕は、まだギリギリ耐えられた。


 弟は相変わらずで、僕よりも先に婚約者を作る気は無さそうだった。当たり前のように「まずは兄さんから」と思っていたようで、弟の方にきた縁談話はすべて「自分にはまだ早いよ」と言って詳細を聞く前にスルーしていた。

 ……それが兄の僕にとっては救いだったから。


 それでも、僕は兄としてのプライドと思春期男子としての嫉妬心が隠しきれなくて、相変わらず弟が女子から豪勢な手作りお菓子をもらいまくっているのを見るのが辛くなってきていた。

 弟が相変わらず無神経に「食べきれないから兄さんも食べる?」と言ってきても、僕は「いらない」と突っぱねるようになった。弟は僕と分ける代わりに、妹や両親や使用人たちにばら撒くようになった。


「というか、食べきれないならもらってくるなよ。断れよ。」


 ──……お前には僕の気持ちなんて分からないだろ。嫌味かよ。


 本音を隠しながら僕がそう言うと、弟は


「うーん。でもさ、せっかく用意してくれたのを断るのも申し訳ないし。……あと、いちいち気を遣わなきゃいけないから()()()んだよね。」


 と、微塵も共感できないぼやきを口にした。


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