8、ピリピリッ
4時限目、天文学。空など眺めてなにが楽しいんだと思ってしまうが、意外とつまらなくはない授業。
「あ、これはやったところだね。北の空において、星はなにを中心にまわっているでしょう。はい、レアンくん。」
「北極星…ですかね。」
「はい合ってます。それじゃあ、その向きは…ガルムくん。」
「反時計回り。」
「はい、しっかり覚えていますね。それでは」
キーンコーンカーンコーン…
「あら、もうこんな時間?それじゃあ今日の宿題は…特にないわね。また金曜日に21ページから進めます。それでは、解散。」
「ガルムくん。よければ一緒に昼食を食べない?」
「ああ、ごめん。予定があるんだ。」
「そっか、いいよ大丈夫。また誘うね。」
相変わらずの笑顔でレアンは去っていく。笑顔といえば、あいつだ。
「ごめんなさい、先に行っててくれない?」
「分かった!待ってるね。」
平気な顔して嘘ついてんな。見事な演技だ。すると、視線がかち合った。少し目が泳いでから、階段を上がってくる。
天文学の教室を出て階段を下る。裏庭に着き、振り向くとアイシャがピクッと反応した。
「ここなら誰も来ないだろ。」
「うん。」
「…そんなに飲みたいのか?」
「え、あ…うん。今まで血ってそんなにおいしくなかったんだけど、ガルムのはすごく美味しかったから…。」
「ならちゃんとお願いしてもらわないとなぁ。」
「え…?」
「『ガルム様、お願いします』くらい言ってもらわないと。」
いつものことになった戯れだが、なんだか今はアイシャの様子が違う。いつもよりぼーっとしていて、なんだか危なっかしい。
そしてアイシャはと言うと、少し迷った様子で地面を見下ろした。
「ガルム様…おねがい…します…。」
「ん?聞こえなかったなぁ。」
「…おねがい…!」
天使が自分の手を握っている。とても顔が赤い。
ゾワッとした感覚が全身を駆け巡り、心臓が掴まれたような気持ちに陥る。天使が自分の手の中にいるようだ。
「ガルム…?」
「ああ、いいぞ。」
アイシャの息が耳にかかり、花のような香りが鼻をくすぐる。
刃物がゆっくりと刺さったような痛みに襲われたあと、すぐにふわりとした感覚が追いかける。自然と俺も鼓動が速くなる。痛いけど、気持ちいい。あの何度もフラッシュバックした感覚。
「アイシャ…。」
「ごめんなさい。つい美味しくて…。」
ほうっと息を吐き、とろんとした表情を浮かべる。口元には血がつき、耳まで赤く染まっている。天使様がこんな表情をしていては、これを見た男たちがなにをするか分かったものじゃない。
「…その顔、俺以外の前でするなよ?」
「あっ、私としたことが…。」
「じゃあ、俺は行くからな。目、戻してから行けよ。」
「うん。」
これ以上ここにいると、俺まで危ない気がしたのだ。
そしてそのあと、5時限前に再びレアンと合流した。なにやら不思議そうな目で見つめてくる。
「なんでしょうか?」
「あ、いや…その首、どうしたのかなって。怪我してるから。シャツに血もついちゃってるから。」
隠し忘れた。シャツのボタンを上まで締めて、できるだけ隠すようにする。あとで言っておかないと。
「…ただ、ちょっとあっただけ。」
「そっか。なにか知らないけど、お大事にね。」
なんとなく隠しておきたくない自分からも、レアンからも目を逸らす。