6、演技派
「まるで喜劇のようでした。」
「だな。」
馬車の景色が奥から手前に流れていく。私たちは学院に戻る途中だった。段々と夕日が眩しくなり、つい片開きのカーテンを閉めてしまう。それに、なるべく日焼けしたくないのだ。片方を閉め、もう片方も閉めようとすると、それはガルムの側にあった。腰を浮かせて留め具を探す。その時、馬車がガタッと大きく揺れた。バランスを崩してガルムの方へ。
ガタン!と音がして、座席に顔をぶつけた。ガルムはなにもすることなく笑っている。
「うぅ…痛い…。」
「大丈夫か?」
「はい…。」
学院まではまだ時間もある。気づけばガルムは寝てしまい、私はひとりで天使モードになりながら時間が経過するのを待つのであった。
婚約してしまったからには、ある程度仲良さそうに過ごさなくてはならない。その面でガルムは上手だった。
人前にいれば『かわいい』や『綺麗』などといった言葉を平然とした顔で並べ、誰もいないところでは私をからかって遊ぶ。この人、本当に悪魔だろう。私が言うことでもないけど。
「アイシャ。学校の近くにできたアイス屋さん知ってる?今度食べに行こうよ。美味しいって評判なの。」
「いいわね。アイスなんて長らく食べてないわ。」
今日のベルリアはいつもと髪型が違う。いつもはひとつに結んでいるのに今日は下ろしているのだ。レアン様を想ってなのかなとも考えてしまうが、素直に髪型だけ褒めておく。午後は魔法史の授業。お昼ご飯の後だと眠くなってしまいそう。だから私たちはなにをするわけでもなく、ただ校内を歩き回っていた。この無駄な行為も、誰かいるだけで楽しいものへ変わっていく。
歩いていると自然に校庭へ出てしまった。魔法の練習をする人、ベンチで休む人など様々。私たちもベンチに座ってみる。春の風が心地よく吹いている。
「あれ、私たちのクラスじゃない?」
「え?」
ベルリアが指差した方には、コートでなにやらボールを蹴り合う男子生徒たちが。確か、『フットボール』という平民たちが行うスポーツ。だが貴族の私たちが行ってつまらないわけがなく、男子を中心に人気を集めている。ベルリア曰く、両端に設置されたゴールにボールが入れば得点になるらしい。
「ボールを頭で弾いたわ。あれは反則にならないの?」
「手以外ならどこでもいいのよ。あ!レアン様だ…!同じチームにガルム様もいるじゃない!」
「ほんとね。」
仮にも婚約者としてガルムに注目せざるを得ない。初めはゆっくり走っていたところ、急にスピードを上げた。なにかを発見したのだろうか。そんなことを考えていると、レアン様がボールを蹴り、まるで吸い込まれたかのようにガルムの足元へ。そのまま得点を決めてしまった。ベルリアが隣で嬉しそうに手を叩く。
ここで審判役の生徒が手を挙げ、試合は終わってしまった。ガルム、運動もできたのね。そんなことを考えていると、その本人と目があった。なぜか走ってくる。
「見てたのか。」
「ええ。得点を入れるなんてすごいわね。」
「そんなことないよ。けど、アイシャが見てたなら、やってよかったな。」
なぜそんなこと言うの。ベルリアの目線が分からないの!?けどガルムは近くを通ったレアン様を呼んでくれた。これはベルリアにとって嬉しいはず。
「アイシャ嬢にベルリア嬢。もしかして僕たちのを…?」
「はい、見させてもらいました…!すごかったです!」
普段、いろんな表現を使ってレアン様を讃えているくせに、こんなときだけ語彙力が死滅してしまうベルリア。すごくかわいい。さあ、レアン様、どう返す?
「ありがとうございます。ベルリア嬢に褒めていただけるなんて光栄です。」
あたたかな太陽のような笑顔。ガルムの嘲笑顔しか見ていなかったせいか、すごく浄化されそうだ。シンプルな眩しさで殴ってくる。ベルリアを見ると、ほとんど溶けていた。この王子、人を固体から液体にしてしまう。恐ろしいな。
「あっ、レアン様ー!」
ふとどこからかレイニーが走ってくる。ベルリアが一瞬で固体に戻った。
「さっきの試合、かっこよかったです!勉強もできて運動もできちゃうなんて尊敬しちゃいます。」
「え…そうかな。レイニー嬢は褒め上手ですね。」
『負けたな。』
ガルムが私に顔寄せて、誰にも聞こえないくらいのボリュームで話しかけてくる。
『そんなことないわ。ベルリアはかわいいもの。』
『向こうはそうじゃないと?』
『いや、レイニーもかわいいけど…でもベルリアも…。』
「もう、レアン様ったら、またレイニー『嬢』って言ってます!呼び捨てでいいですってば。」
「ごめんごめん、レイニー。」
ぷくっと頬を膨らませるレイニーをレアン様がなだめる。この2人、相当仲がいい。そりゃあ、レイニーは明るく気さくだし、レアン様も優しくてあの笑顔の持ち主だ。引かれあってしまうのだろう。
『…勝負あったな。』
『ベルリアはこれから伸びるのよ。』
しかし、私たちがこんな呑気なことをしているうちに着々と重要なイベントは迫っていた。