4、回らず、狂わず
悪魔に呪われし子は希少だ。だから分かっていないことが多い。本当は瞳の色が変わるなんて、人々は思わないのだろう。だがガルム様の表情はさほど変わらなかった。
「こんな重要そうなこと、俺に言っていいのかな?」
「…あ。」
(あああああ!?待って!?よく考えてみたらダメじゃない!?今まで家族以外誰にも言ったことがないのよ!?もし告げ口なんてされたら…!)
「私のバカ…!」
ああ、時間を巻き戻したい。ガルム様が嬉しそうに笑っている。完全に弱みを握られた。
「…取り引きと行こう。」
「取り引き…?」
「ああ。俺はこのことを誰にも言わない、絶対に。だからその代わり…。」
へなへなと座り込む私に手を差し出す。校舎がガルム様に影を落とした。余裕そうな笑みは崩れない。
「俺の婚約者になってくれ。」
…え?
一瞬思考がフリーズしたのち、動き出す。驚きしか浮かんでこない。
けど、相手は仮にも公爵。悪魔だなんて言われているが、家は良い。もともと婚約者候補は探す予定だったし…。それに、向こうからしても同じ公爵の令嬢と婚約できたら万々歳だろう。
「…もし、嫌だって言ったら…?」
「すぐにでも事実を広めて『天使様』を剥がすだけだ。」
「ぜひ婚約しましょう。」
「物分かりのいい天使で助かる。」
お父様に連絡しないと。お母様はなんて言うかな。その前にお兄様かな。
「じゃあ、これからよろしく、アイシャ。」
「はい。ガルム様。」
「『ガルム』と呼んでくれ。」
「ガルム………さま。」
「………。」
「ガルム!」
その日の夜、私はベッドの中でひとり考え事をしていた。
私としたことが、つい油断してしまった。もう絶対言わないようにしないと。お父様に手紙は書いた。返事が来るのを待とう。ミルクが恋しいな。手紙の返事と一緒にミルクが来ればいいのに。そうしたら私はあの大きな体でもふもふして心を癒して幸せでいっぱいになって…。
「アイシャ、なんだか疲れてる?」
「そんなことないわ。ありがとう。」
ランチタイム、私はベルリアと昼食を食べながら心の中でため息をついていた。初日からハードな授業。さすがアルベストだ。昨日は大変なことになったし、気をつけないと。
「なにを話しているのかな?」
「ガルム!」
少しベルリアの表情がこわばる。まあそうだよね。それが本来の反応だ。
「相変わらず完璧な笑顔だな。まるで花が咲いたようだ。」
「あらお上手ですこと。あ、そういえばさっき、先生が呼んでいたわよ。」
「そうなのか。では行ってこよう。」
「ええ。いってらっしゃい。」
(ちょっと嘘ついたけど…まあ許してくれるでしょう。)
ベルリアの方を向き直る。だが彼女は震えていた。もうガルムは行ったのに。それに、嬉しさと驚きの混じった顔をしている。ブラウンの瞳が輝いている。
「アイシャ…今のどういうこと!?ガルム様と仲良かったの?いつから仲良いの?」
どうやらベルリアは恋愛話が大好物らしい。昨日、少し話して仲良くなっただけだと言っておいたが、どうやら妄想が膨らんでしまったようだ。話しかけても上の空である。
「ガルム様、かっこいいよね。ちょっと怖くてミステリアスで…。けど頭いいし剣も上手らしいよ。もうガルム様のことが好きな子、何人かいるんじゃない?」
(そんな方たちがいるの!?すごくその方たちに譲りたいな。)
「でも、私はレオン様かなー。」
「ああ、第二王子の。」
そう。私たちのクラスには昨日、遅れて入学した方がいた。それがレオン・オーリュクス様。この国の第二王子。第一王子はかなりだらしのない人で、現在投獄されかけている。だから事実、王位継承権はこの方にあると言っていいだろう。
確かにガルムとは別のかっこよさで、正統派といった雰囲気。位も申し分ないし、王道を狙うとすればこちらだろう。
「そういえば午後の授業は初めての魔法実践ね。楽しみだなぁ〜。」
「そうね。」
ああ、心配でしかない。
私は悪魔であるが故に、人より多く魔力を備えている。怖がられないか心配で仕方がない。