3、興味ないんだ
「アイシャも犬を飼っているの?」
「ええ。ミルクという、とても可愛くて大きな相棒よ。」
「大型犬なのね。私のは小型犬よ。すぐに持ち上げられるくらいのね。」
「まあ、それは良いわね。ミルクは持ち上げるには重すぎるわ。」
カフェテリアの一角にて、私たちは少し盛り上がっていた。とても美味しいご飯に、友達との会話。もうすでに謳歌してしまった気分だ。ベルリアの寮部屋も私の場所からさほど離れておらず、同じフロアだ。
「なんというか…アイシャって、こんなに親しみやすい人だと思わなかったわ。」
「あらそうなの?」
「だって、『天使様』じゃない。あ、今の気に触った?」
「ううん。気にしないわ。…私ってそんなに話しかけづらい?」
「そうかもね。勉学もマナーも一級品で、なんというか…高貴なオーラが出てるもの。」
そうだったの。だから逃げてしまうのね。じゃあその高貴さを消し去れば…いや、そうすれば公爵令嬢という立場が…。なんとかしないと。世の中はベルリアのように優しい方で溢れているわけではないわ。
カフェテリアを出て、お互いに興味のあった図書館へ向かうことに。案内では通り過ぎただけだったのだ。一体どのくらいの本があるのかな。
「ご覧になって。あれが悪魔よ。」
「この学校でただひとりの紅い瞳の持ち主らしいわね。」
ん?悪魔?そう思って少し振り返り、カフェテリアの座席へ目をやると、そこにはガルム様が座っていた。
聞いたことがある。稀に紅い瞳を持った子が産まれると。その子は悪魔に呪われており、必ず不幸をもたらすと。さっきはよく見えなかったけど、確かに紅い。教室が少し騒がしかったのもこれかな。
「…ガルム・ザイレアン…。」
「アイシャ?」
ザイレアン家。長男は滅多に社交界に姿を現さないが、由緒正しき公爵家。私も夜会などでガルム様に会ったことはない。
かわいそうに。たかが見た目でそんな扱いを受けるなんて。なんだか私を見ているような気持ちになってしまう。私だって、望んで『天使様』と呼ばれているわけじゃない。
気づけば、足が動いていた。
「初めまして。私、アイシャ・セシルートと申します。」
紺色の髪が揺れ、紅い瞳が鋭く私を刺す。ひるんじゃダメ。構わず天使モードを続ける。
(っていうかこの人、かっこいい…!公爵だし、婚約者になればお父様も喜ぶかな。いや、私には『私だけを一途に愛してくれる人と付き合う』という夢が…!)
「…ガルム・ザイレアン様ですよね。よければお話ししませんか?同じ公爵家として仲良くできたらな、と。」
「天使様は本当に優しいのね。」
「ああ、慈悲深いお方だ。」
あまり反応がない。無視されてる?考えてるのかな。ガルム様は食べ終わった食器を片付けて戻ってきてくれた。
「ちょっと来てくれるかな。」
この人、笑顔がすごく自然。もしかしてまずい人に話しかけちゃったかな。不安になるが、こちらも笑顔は崩さない。ベルリアに手を振ってついていく。
連れて行かれたのは裏庭だった。人がおらず、とても静かだ。
「で?爵位かな、それとも金か?」
「そんなものいりません。ただあなたと仲良くしたいの。」
「へぇ…お優しいんですね、『天使様』は。」
手首を掴まれ、壁に強く押し当てられる。痛い。けど、片方の手はガルム様の頬に当てられる。
「ほら、殴っていいですよ。どうぞ。」
「そんなこと…できるわけない…っ!」
「けどあなたが俺から逃げるよりは容易だ。」
まさに悪魔。きっと彼をぶたなければ抜け出せない。苦しむ私を見て笑っている。けど私は、こんなものじゃない。
「…もっと寄ってくださる?」
いつも通りの笑顔でそう言うと、素直にガルム様は踏み込んだ。覚悟を決める。
私はガルム様の首に噛み付いた。数年ぶりに食物とは別の胃が満たされる感覚だ。驚いたガルム様はすぐに離れてくれる。
「ふふっ、『天使様』だなんておもしろいですよね。」
手鏡で顔を確認すると、確かに口の端に血の跡が。そして、瞳は紅く染まってしまった。これ、少し経たないと元に戻らないのよね。
世の中はおもしろい。『天使様』と呼んでいた人が、本当は『悪魔に呪われし子』だったなんて。