15、1ミリの隕石
「ぅぅぅぅぅ…」
ベルリアが私の腕にしがみついている。いよいよテストの結果発表だ。
やっぱり数学は難しかった。けど、社会学はよくできた気がする。天文学も少し自信があるが、同じ最終日に行われた魔法薬学はあまり自信がない。
自分の科目別得点、平均点、総合得点、学年順位、クラス順位が表になって返ってくるシステムだ。クラスは32人、学年としては160人だから、クラス順位は9位以内、学年順位は20位以内を目指している。
先生が書類を持って入る。自然と教室が静まった。淡々と挨拶が行われ、名前が呼ばれていく。教卓まで向かい、紙を受け取って自分の席まで戻る。
頑張って勉強した。けど難しい問題もあった。ベルリアとせーので開く。
『アイシャ・セシルート 総合得点 886点
学年順位 5位 クラス順位 5位』
『ベルリア・ニーチェ 総合得点 877点
学年順位 10位 クラス順位 10位』
「…うわぁぁぁぁぁ!やった…!」
「ベルリアすごい!魔法生物と魔法薬学、満点だわ!」
「アイシャこそ、社会学が満点じゃない!」
わあわあと喜んだあと、アレン様とガルムの元へ。2人とも悲しんでいないあたり、うまく行ったのだろう。
「アレン様、いかがでした?」
「んー、ちょっと悔しかったかな。ほら。」
そう言って広げられた紙には、学年、クラス共に2位の結果が。満点な教科はないものの、総じて高得点だったのだ。思わずベルリアと褒めちぎってしまう。問題はガルムだ。なにも言わずに紙が開かれた。
『学年順位 1位』
「ええええ!?ガルムくんすごい!」
「まさか首位だなんて…。」
「ガルムには負けたくなかったのになぁ。」
学年順位が30位以内であれば廊下に名前が掲示される。ガルムはそのうちの1番上に貼られるのだ。本人はなんでもないような顔をしているが、おめでたいことだ。そして、嫌なことでもある。
「俺の勝ちー。」
こちらを蔑むような笑顔だ。いや、別にどうしても飲みたいわけではない。けど負けたくはなかった。悔しい気持ちを押し殺して、なんとか微笑み返した。
そして昼食時。お手洗いに行くと言って、小走りで階段へ。今日はいつもと場所が違う。屋上へは滅多に入れない。そのため屋上前の踊り場は人がいないのだ。
「お、負けたやつだ。」
「まさかそんなに頭がいいなんて知らなかったわ。けど、なんでここに?」
「ん?ちょっとな、お前だけなにかあるのは不公平かと思ってな。口開けろ。」
その途端、ガルムの人差し指と中指が口内へ。抵抗するが状況は変わらない。
身体が熱い。まるでガルムの血を飲んだ時のようだ。息が荒くなってしまう。
「おっと。もう終わりか?」
不思議と力が入らない。指は抜けたのに顔の火照りが治らない。ガルムが楽しそうに笑った。これのなにが楽しいのだろう。
「なにしてるんだ!!」
「え…?」
誰かが階段を登ってくる。青髪に高身長。確か、エディック様だったはず。私たちと同じAクラスで、今回のテストではガルムとアレン様に続く3位だった。私やガルムと同じ公爵家で、何度か会ったことがある。いつもは物静かで、数名の友人がいる。図書室にいるところもよく見かける方だ。
ひどく怒った様子でガルムのことを問い詰めている。ガルムは心底めんどくさそうに息を吐いて、その場を去ってしまった。へなへなと座り込む私とエディック様だけが残される。ふと、パッといつもの柔らかな雰囲気に変わった。
「大丈夫?なにかされた?」
「あ、平気です…。」
慌てて立ち上がり、制服の埃を払う。エディック様は何か言いたげな表情をしていた。こうして話すのは久しぶりなので、少し緊張してしまう。
「…ガルムくんとは、どういう関係なの?なにか僕に手伝えることがあったら」
「ただの婚約者です。」
「…そっか。噂は本当だったんだね。」
「噂、ですか?」
「ああ。君がガルムくんに弱みを握られて、無理やり婚約させられたっていう話だ。」
弱みを握られて婚約させられた、ということに間違いはない。だって事実、悪魔だという情報をダシに婚約させられたようなものだ。けど私自身、公爵家との婚約は望んでいたこと。ガルムだって意外といいやつ…なのかもしれないし、特に文句はない。
けど、この噂はあまり良くない。ガルムに悪印象を与えるし、これで婚約破棄なんてなったらそれこそ私が困る。ここはガルムを庇った方が賢明だろう。
「それは違います。私がお慕いしていましたので、ガルム様が合わせてくださったのです。」
「そんな嘘、つかなくていいよ。分かってるから。」
「いやそういうことではなくて…。」
「僕が守ってあげる。」
柔らかな雰囲気の奥に、暗闇があった。