12、火があり、煙があり、
「きゃあああ!」
「なんかまずくない?」
「そうだな。」
「走って走って!」
1回は自分たちの魔法で片付けようと思った。しかし、すぐ避けられるし炎を吐くしで、今はこうして逃げることに徹している。
落ち着いて。どうすればいいの。
「…レアン様は先に行ってください。私が食い止めます。」
「えっ…。」
「今、炎熊が狙っているのは私でしょう。このままではレアン様も巻き込みかねません。それに、レアン様は『責任』を持っていますよね。」
4人全員でなければ帰還できないというルールはない。陽が沈むまでに全員到着していればいいのだ。今はヒカミルシーが優先。炎熊は私の蜂蜜の匂いに誘われているのだ。
「けど、それなら君はどうなる。」
「俺がやる。」
「ガルムくん…。」
「悪魔に呪われちゃってるからなぁ。人様よりは魔法の扱いに慣れてんだよ。」
「ベルリアもレアン様についていって。学校に着いたら先生を呼ぶの。」
「…怪我したら許さないからね!」
「分かってるわ。」
ベルリアがレアン様を引っ張って、別方向に駆け出した。炎熊はそれに目もくれず、私たちを追いかける。
本当は呪われてなんていないくせに。ガルムを巻き込むことに罪悪感を覚えつつ、安心感も芽生えてしまう。
ふと、飛び出ていた木の根に足がすくわれる。転んでしまった。
「光の矢。」
すぐさまガルムが魔法を放つ。だがなかなか当たらない。それどころか炎が飛んでくる。この炎は特殊で、動物を燃やすことに特化している。植物を近づけてもそれほど燃えないが、動物の肉に近づければ凄まじい速度で燃え広がるのだ。つまり、当たればすぐに消火しない限り、負けが確定する。
ひとつだけ、思いつく策がある。けど、これを行えばどうなるか分からない。
足が痛い。ひねってしまったようだ。
「大丈夫か?」
「ええ。」
ふと、ガルムの方を見ると、後ろの木の枝が燃えていた。焼け切れそうになっている。ガルムは気づいていない。
足の痛みなんて、立ち上がれない理由にはならない。あなたの安全を守りたい。
あなたが、大切だから。
「ガルム!」
反射的に足が動いた。とても痛い。すぐに水魔法をかけるが、やけどしてしまった。
「アイシャ…!」
「ごめんなさい。婚約中だというのに傷なんて…。」
「そんなことどうでもいい。お前の方が大事だ。」
「…ふふっ、ありがとうございます。」
こんな時でさえ、私は天使を貫いてしまう。本当は泣きたい気持ちなのに、笑顔を浮かべてしまうのだ。けど、もうやらないと危ない。ガルムの魔法だけでは倒せない。
躊躇するな。落ち着け。
「ひとつ、わがままを言っていいかしら。」
「なんだ?」
「絶対、私のことを怖がらないで。」
「…もちろん。」
少し息を吐いて、手に力を込める。立膝になってしまうが、うまくできるはず。
実は、まだ行ったことがない。けど、うまくできるはず。私が本当の悪魔だから。天使様とは程遠いけど、今は関係ない。
「地獄の業火。」
「…シャ。…アイシャ!」
「っ…!」
いつのまにか寝てしまったようだ。ガルムが安堵のため息をひとつ。
炎熊はおらず、代わりに空間が開けていた。木々はなく、まるでそこだけ掬われてしまったかのように、草ひとつ生えていない。私が、全て焼き払ってしまった。
「炎熊は…?」
「あれだよ。」
見ると、森の中で倒れている。こんなにもまわりは燃えているのに、さすが炎熊だ。形を保っている。
ふと、力が抜ける。ガルムに受け止められた。少し頭が痛く、気分が悪い。きっと魔力が枯渇しているんだ。久しぶりの感覚で慣れてない。魔力を少しでも蓄えないと、昏睡してしまう。
「ほら。飲めよ。」
腕をまわされ、ガルムの首が近くに。美味しそうな匂いがする。それになんだか、無性にそれを求めている。
プツリと皮が切れ、とろけるような甘いものが口を満たしていく。やっぱりガルムの血は何よりも美味しい。それに今は魔力が枯渇している。少しだけ多く飲んでしまった。
全身が満たされて、身体が熱い。一滴も無駄にしたくなくて、口の端を舐めてしまう。力が抜けて座り込んだ。けど、すぐに頬を二度叩いて正気を取り戻す。ベルリアたちに合流しないと。
「は、はやく戻らないと!」
「…死ぬなよ。」
「え?」
「勝手に死ぬな。勝手に魔力枯渇になるな。勝手に俺を助けるな。…お前がいなくなったら困る。」
それはきっと、婚約者として、という意味なのかな。けど、この握られている手は、なんだろう。