1、いざ行かん、魔法学院!
白銀の髪に、澄んだ空色の瞳。鈴を転がしたような声に、いつでも笑顔を絶やさない愛らしさ。
私はアイシャ・セシルート。別名『天使様』。気づけばそう呼ばれていた。そして今、私は困っている。
「アイシャ、忘れ物はないな?なにかあったらすぐに戻ってくるのだぞ?」
「はいはい。分かってますよ。」
私は今日からアルベスト魔法学院に通うのだ。そこは名前の通り学校で、魔法の他にも学問や芸術も学ぶことができる全寮制。入学試験に合格した16歳から18歳までの男女が通うことができる。貴族が多い反面、能力が高いと認められれば平民でも学ぶことが可能だ。
私はセシルート公爵家の長女。お兄様も学院にいるけれど、お父様やお母様はきっと、この学校で同じ公爵の方と結ばれて、卒業と同時に結婚…なんて流れが最も喜ばしいはず。学院生活を謳歌しつつも探しておかないとね。
「ハンカチは持ったか?服は持ったか?」
「もうあなたってば、心配しすぎよ。」
「そうだよ。私に任せておいて!」
胸をドンと叩くとお母様にはしたないと言われてしまった。そう、みんなからは『天使様』とか言われているけど、私だって人間。裏ではかなりルーズな方だ。
そういえばこの制服、かなり私好みだ。可愛いけれど、グレーが上品さを添えている。髪飾りはお母様にもらったバレッタだ。
「アイシャ様、そろそろご出発の時間です。」
「あら、もうそんな時間なのね。それじゃあお母様、お父様、行ってまいります。」
「いってらっしゃい。」
「なにかあったら帰ってきてもいいからな。」
「うん、ありがとう。」
屋敷を出ると、なんだか声が。メイドの焦る声が聞こえる。
「あれは…ミルク!」
私の飼っている白い大型長毛犬。子供の頃から一緒だった相棒。リードをなびかせてこちらに走ってくる。後ろからメイドが追いかけているが、ミルクは止まらない。すぐに私の元へ辿り着いてしまった。
「ミルク〜!絶対帰ってくるからね〜!」
「こらアイシャ、制服に毛がついてしまうわ。」
「お父様、ミルクは連れて行っちゃダメなの?」
「う…今からでも学校長に…」
「いけません。諦めなさい。ほらアイシャ、馬車が待っていますよ。」
「…はーい。」
馬車に乗り込み、窓から手を振る。ミルクがワンと返事した。やっぱり連れて行きたいな。けど涙を飲んでお別れをし、馬車は発進した。
学院までは遠い。なのに癖で天使モードになってしまう。背筋をピンと伸ばし、足を揃え、薄く笑みをたたえるのだ。でも流石に暇になって本を取り出した。
窓から差し込むあたたかな光が、まぶたを重くする。段々と天使モードが解けていく。本はすでに閉じられてしまった。
「アイシャ様、もう少しで着きますよ。」
「うん…あと少し…ってもう!?」
急いで跳ね起きて鏡を取り出す。髪を整えて、制服も確認する。東にあった太陽もすっかり西に傾いてしまった。再び天使モードを入れ直して座り直す。確かに街の中に入ったようだ。
「お気をつけて。」
「ありがとう。」
手を取って馬車から降り、つい上に見上げてしまう。立派な建物だなぁ。決して新しいわけではないが、清潔に整えられている。まわりには私と同じように馬車から降りる生徒たちが。みんなこちらを見ては目をそらす。
まただ。社交パーティーでも幾度となく同じ目に遭っている。天使様だから、と敷居の高さを感じているのだ。どんどん話しかけてくれていいのに…!おかげで友達はおらず、夜会で一緒に踊る相手もいない。まあそっちはお父様が猛反対したからという理由もあるが。
門をくぐると、まず寮に連れて行かれた。今日は授業はなく、寮に入る日なのだ。
「ここが私の部屋…!」
女子寮の4階。部屋の並びはランダムで、学年で分かれてはいるものの、クラス関係ないらしい。ベッドやデスクとチェア、クローゼットやドレッサーなどが備わっていて、1人部屋。素晴らしい設備だな。
ふとデスクを見ると、なにやら書類が。ざっと目を通す。中身は規則や施設についてだ。私はAクラスで、5クラス中最も能力の高いクラスらしい。このくらい入っておかないと『天使様』を保てないからね。ちなみにお兄様も Aクラスだ。
荷物を整えていると、もうすっかり日は沈んでしまった。確か、あの書類によると夕食の時間のはず。食堂は1階だったかな。
私の目標。それはまず、この学院生活を謳歌すること。次に素敵な殿方探しだ。謳歌するには、そう。友達がいなくてはならない。
「友達がいれば、一緒に授業を受けたり、ご飯を食べたり、遊んだりできるもの。頑張らないと!」
よし、まずはこの時間だ。それとなく挨拶するのよ…!
意気込んでドアを開けると、ちょうど隣の部屋からも人が出てきた。
「こんばんは。」
よし、笑顔も声も大丈夫。
「こんばんはああああ!!」
だが、走ってどこかに行ってしまうのであった。