*4* ドキドキ☆波乱の初お誕生日会①
冷遇夫をワイルド飯で食育の沼に沈めてから三日後、ついに今日は可愛い私の天使の誕生日だ。前もって(今朝も念押しした)宣言しておいた通り、冷遇夫は今夜は外食する予定なので、天使の初誕生日会は欠席です。
ただ一晩食堂を借りるだけだというのに、朝食後、仕事に行く前に何度も『くれぐれも我が家の恥になるような真似はするな』と言われた。
冷遇はするくせに貴族らしく外聞とかを気にする人なので、誰を招くことがなくとも口出しはするのだ。そこはもういっそ無関心でいてくれと願うのは、私の心が狭いからではないだろう。
亭主元気で留守が良い。結婚してなかった前世ではあまり分からなかったこの言葉の意味を、今世で痛感した。だって今時はもう共働きな夫婦の方が多いのに、まだ家事とか育児は女性任せの風潮あったしね。
ともあれ、母親を毛嫌いしている父親は仕事で不在、公の場での女主人としての働きは禁じられているため、招待客もたったの一人。とても伯爵家の一人娘の初めての誕生日とは思えないショボさだけれど、この世界の創造主たる私が愛している。
今はそれだけで良いや――などと思っていたのだけれど。どうやらこの世界に働く謎の力は、さっさと作者を退場させて実権を握りたいらしい。
「この子がジェラルドの娘なのね。ふふ……目鼻立ちに彼の幼い頃の面影があるわ。それに貴女の細腕でも抱けるのも羨ましいわ。わたくしの子は男の子だから、抱くともう結構重たいの」
そんな風にどこか憂いた微笑みを浮かべて私の腕に抱かれる天使を見つめるのは、女神の如き美しさの女性……まぁぼかしても仕方ない。夫の横恋慕のお相手であるクラリス様である。ちなみに過去の泥沼恋愛に巻き込まれたくないので、彼女を招待したりしていない。
だというのに何故かクラリス様は、ここアンバー家の食堂にいる。しかもそれを当然のように受け入れている使用人が何人かいるのがね。悔しいかなあの冷遇夫がいないと、まだまだ舐められっぱなしだ。
幸い最近の私と夫の朝食風景を見慣れてきた使用人も多いことから、全員が敵というわけではないけど。特に執事のジョセフさんなんかは、彼女がシルビア様と馬車から下りてきた瞬間から、ずっと胃を押さえている。
アイリーンは自身の頬に触れようとするクラリス様の手から逃れ、私の胸にギュッと顔を埋める。あまり人見知りはしないこの子にしては珍しい。大好きなシルビア様のお姉さんなのだから、一発で懐くと思っていたのに。
何が嫌なんだろう。普段は嗅がないお高いお化粧品の匂いかな? 大人にとっては良い香りでも、幼い子供にはキツすぎのかもしれない――と。
「今夜はいきなりお邪魔してしまってごめんなさい。だけど貴女と一度ゆっくりお話してみたくて。何度かジェラルドに頼んだのだけれど断られてしまったの。それにこの子の初めてのお誕生日だというのに、彼が仕事でいないと妹に聞いていたから、お祝いを言いたくて。でも怖がらせてしまったみたい」
ついにぐずり始めたアイリーンの懐柔を諦めたのか、手を引いてそう微笑む。仕方なく私の後ろに控えていたマーサを呼び、彼女の腕にアイリーンを預けた。小さく「シャシャ〜」と呟きながらしがみつく娘を見て、せっかくの誕生日が台無しだなと思う。
マーサは流石に会話に割り込んではこないものの、ギリッと音がしそうなくらい歯を食いしばって、珍しく静かに俯いているシルビア様を睨みつけている。マーサの気持も分かるけど、彼女が持ってきてくれた娘へのプレゼントの山を見ると、怒るに怒れないよね。初孫か?
それにシルビア様にしてみれば本来私は大好きな姉と、大好きな初恋の人の間に挟まるお邪魔虫。アイリーン可愛さに足繁く訪ねてくる間柄であっても、そういえば一回くらい泥棒猫の鼻をあかしてやりたかったのだと思い出しても無理はない。二重三重に断れなかったのだろう。
「この子にも、彼にも……もう嫌われてしまったのかしらね」
この場合で可哀想なのは夫の方だとは思うが、美女が寂しげに微笑むと、その発言がそりゃそうだろうという類の内容でも、美女の方が圧倒的に可哀想に変換される。ここに夫本人がいれば、美男対美女で外野も軍配を上げるのが難しくなっただろうに。
「いえ、夫はそういうつもりではなく――おそらくですが、クラリス様のお立場を考えたのだと思います。臣下とはいえ、ただの一貴族の家を王子妃が直接お訪ねになるのは、他家から余計な詮索を受けかねませんから」
「ありがとう、ナタリア様はお優しいのね。きっとジェラルドも貴女のそんな優しさに惹かれたのだわ。夜会での彼の溺愛ぶりに、他の出席者の方々や夫も驚いていたのよ」
「まぁ、そのようなことは。私の実家への扱いを考えれば、夫の方が優しいと思いますわ。本当に彼には助けられておりますの」
この場に本人がいなくても立ててやる私ってば偉い。視界の端でジョセフさんが何度も頷いている。胃は押さえたままだけど。
しかし問題はこちらの話を聞いているのか、いないのか、私が会話の中に混ぜた〝そっちのいざこざに巻き込まないで、早く帰ってくれ〟を華麗にスルーして、後光が見えそうな慈愛の笑みを浮かべるクラリス様だ。
本っっっ当に、文句のつけようがない美人である。これだけ美人な恋人が長年いたのなら、確かに私と夫婦になるのは嫌だっただろう。原作者として何度でも詫びるよ、ごめん。
不幸中の幸いだったのは、彼女が息子を連れてきてはいないことだろうか。これでもしも連れてきてたりしていたら、あの思い込みが強そうな王子の言いがかりで、後日大変なことになりそう。
――というか、この人はまさかこのまま娘のお誕生会に居座るつもりなんだろうか。食堂の入口からチラチラと中の様子を覗っている給仕係に、もう少しそのまま待機するよう視線で合図する。
ただでさえ食堂内に流れるアウェイな雰囲気。もしもここに冷遇夫が帰ってきたりしたら、目も当てられない。絶対に理不尽に怒られるのは私の方だ。自己保身をしつつも、穏便にお帰りいただくにはどうしたらいいか。
子供の前でそんな格好の悪いことを考えていたら、今まで黙り込んでいたシルビア様が、勇気を出して俯いていた顔を上げた――が。
「ご歓談の最中に申し訳ありません、クラリス様。ですがそろそろアイリーンお嬢様のお誕生日会を開かねば、お休みのお時間になってしまいます。そして重ねて誠に申し訳ないのですが、本日用意した料理の人数分ですと、クラリス様にお出しするには少々足りません。後日改めてお茶会へお誘いの文を奥方様が送られますので、今夜のところは――」
そこで言葉を切って腰を折るジョセフさん。元から招かれていないものの、最後まで続けないことで相手の体面を保ち、私が女主人の役目をすると明言するあたり、仕事人だなと感心する。
本音を言えばこの面子で後日お茶会なんぞしたくはないけど、今夜帰ってもらえるなら一回くらい我慢しよう。私も母親ですから。姉に逆らわずに済んだことで、シルビア様が肩から力を抜いた。これであとはクラリス様が頷いてくれれば、この場は丸く収まる。
祈る気持で「次回は必ずおもてなしさせていただきますわ」と告げると、彼女は「まぁ、嬉しい。では次は息子とお邪魔させていただきますわね。楽しみだわ」と、絶対にお断りしたい案件をぶち込んできた。
しかしここで帰らせるためならば仕方ない。ヒロインより先にうちの娘に出会うことで、ほんの少しでも未来が好転しないとも限らないからね! うん、前向きに捉えよう! もうヤケクソだ!
背中を冷や汗でびしょびしょにしながらクラリス様を総出で見送り、再び食堂に戻ってきた瞬間、マーサがシルビア様に「ナタリア様とあの方の関係性でいながら、何故教えたりしたのですか?」と詰め寄り。
いつも勝ち気なシルビア様も流石に「ごめんなさい、アイリーン!」と、パーティーの主役にすがりついて許しを請う中、天使の初めての誕生日会がやっと始まったのだった。




