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*22* 昨夜の今日で距離感近いな。

「ふぅん、あんなに隠したがるから気になって見に来てみたけど、瞳の色以外はこの子あまりジェラルドに似てないわね。凡庸顔だわ」


 夜会の翌日早速アンバー家に顔を出したシルビア様は、いつもの如く洗濯物をしていた私達を急襲してそう言った。ちなみに今日は約束などしていない。子育て中には嫌われる完全なアポなし来訪だ。


 あの規模の夜会に出席したのに翌日から元気だなと関心する私の隣では、青筋を立てたマーサがブルブルしている。


 悪戯な風に弄ばれて靡く蜂蜜色の髪。風上に立っていたものだから、彼女から流れてくる高貴な香りに可愛らしいくしゃみをした娘をこっそり庇う。子供は香水系の強い香りは苦手だからね。


 その状況を遠巻きにして眺めるシルビア様のお付きの人達は、主人のあれな行いを諌めるでもなく薄ら笑ってこちらを見ていた。恐らく内心こちらを馬鹿にしてるんだろう。そりゃね、エプロン姿で盥の中に沈めたシーツを踏み洗いしてたらそうなるよ。


 侯爵家みたいな高位貴族のお世話係なら、没落しかけの私の実家より家の太い娘なんて山ほどいる。昨夜もお金で買われたと散々噂されていたので、まぁそうだろうなといった感じだ――と。


「おほほ、旦那様のように底意地の悪いお――」


「マーサ、しっ!」


 アンガーマネジメントを諦めたマーサのストレートな悪口を咄嗟に止め、損ねた。ほぼ言ったね。気持ちはよく分かるけども。本当によく分かるんだけど。この時点であの冷血漢と似ていてたまるかってんですよ。


 子育ては小さい頃の記憶だけで、その後にやってくる反抗期から社会人になるまで分の親孝行をするんだぞ。今あの夫に似ていたらとんだ親不孝者だ。したがって似ていなくて良し。


「シルビア様、本日は夫は不在ですが……どのような御用でしょうか?」


「お前が本当にジェラルドの妻で、子供がいるのかの確認に来たのよ。一度嘘をつかれたのだから、それくらい当然でしょう?」


 エプロンで手を拭いながら質問したら、形の良い顎をツンと反らしてそう言われてしまった。あの時嘘をついたのは双方の平和のためだったわけだが、それを言ったところで納得はしてくれなさそうだ。


 恋敵への怒りはたった一夜のお話では冷めないか……と思っていたら、ぽそりと「友人の屋敷に遊びに行くのにも先触れがいるのね」と漏らした。頬を染めて拗ねる美女。ギャップが満点じゃないですか。そこを真っ先に前に押し出してくれよ。それなら話が変わってくるじゃないの。


「うにゃむむ、ぷぃ〜?」


「な、何ですの? 物欲しげに手を伸ばしたりして、卑しい子ね」


 タイミングよくお座りした娘がシルビア様に話しかけてくれたものの、答える言葉のチョイスが乳幼児に対してのものじゃないんだよなぁ。悪役令嬢らしいといえばらしいんだけど。むしろ私の悪役令嬢の解像度が低いのが問題なのかもしれない。


 見える範囲が広くなる頃は何でも触って確認したいんだ、なんて言ったところで、貴族の子女には分からないだろう。これはシルビア様が悪いとかではなくて、乳母に任せっきりが普通で自分で子育てとかしないものだ。


 ――とはいえ、可愛い娘を卑しい呼ばわりは頂けない。このやや湿気ている小さなプニプニお手々に指を握られる幸福を、彼女にも知ってもらおう。一度触れればイチコロよ。


「うふふ、きっと母親の友人にご挨拶の握手がしたいのではないかしら?」


「あ、握手ですって? 目下の者から目上の者に触れるなんて……」


「乳幼児なので難しいかと思いますわ。そういう貴族的な約束事は追々で」


「そ、そうなのね――」


 ちらちらと手を伸ばして目を輝かせている愛娘を見下ろすシルビア様。その瞳には蔑みではなく狼狽が見て取れる。はて、クラリス様のところの子はうちの娘と同じくらいだと言っていたはずだけど……それにしては小さい子に慣れていない感じだ。貴族だと姉妹でも甥っ子に会ったりしないのかな。


 ――というかそうだ、将来うちの娘の地雷になるかもしれないのは、シルビア様の甥っ子だったわ。思い出して良かった。伯母にあたる彼女に我が子の良いイメージを植え付けておくなら、早いに越したことはない。


「お待ち下さいナタリア様。お嬢様に触れるなら、シルビア様には手を洗っていただきませんと」


「ちょっと、そこの下女。お前わたしが汚いとでも言うつもりなのかしら」


「うふふふふ、下女ではなくナタリア様の侍女でマーサと申します。お化粧品を塗られている手で触れられますと、お嬢様のお肌が荒れる可能性もございますので。さぁちょうどこちらに水が」


 分かってはいたけどギスるなぁ、この二人。どっちも強めの同担拒否勢だから、慣れれば相互理解は出来そうなんだけど……初見は無理だな。火花を散らせる二人を見てようやく近付いてくるシルビア様の付き人達。


 洗濯もあとはシーツを絞って干すだけの状態だったので、申し訳ないけど残りはお任せした。勿論こちらから頼んだわけではなく、シルビア様がそう命じてくれたからである。止めなかったのは決して笑われたことへの仕返しではありませんとも、ええ。


 ――で。


 場所と気分を変えて庭でそれっぽい場所を見つけて急拵えのお茶会だ。勿論母屋にいるメイドは勝手に使えないので、マーサが準備をしてくれた。地味に客人用の高級茶葉の持ち出しが結構辛い。本来は私とマーサのご褒美の時用の特別なやつだからね。


 でもまぁ、お茶菓子になるものはシルビア様が持ってきてくれた手土産でどうにかなったので良しとする。高級クッキーなんて食べるのいつぶりだろう。


 紅茶をサーブするのは屋敷の女主人側の使用人が行うルールなため、侯爵家のお付き人は遠巻きに待機。恨みがましい彼女達の視線を無視して、マーサが手際良くテーブルを整えてくれた。


 紅茶をサーブし終えたマーサが私の背後に立ち、シルビア様と膝にアイリーンを抱いた私が隣り合わせに座ったらお茶会開始だ。


「そ、それじゃあ、さ、触るわよ」

 

「どうぞ緊張なさらないで。ほらアイリーン、綺麗なお姉さんに握手は?」


「あぴゅうぅ」


「あ、握ったわ……!」


 驚いて手を引っ込めそうになるシルビア様の指をご機嫌に掴むアイリーン。ほっそりとした華奢な彼女の指ですら太く見える赤ちゃんの手のサイズ感、堪りませんね。抜け出そうとしていたはずの彼女は、感動しているのか握らせる指を一本増やした。


「赤ちゃんは触れたものを反射的に握る癖があるんですよ」


「温かい、より、熱いわね。熱があるんじゃないの?」


「子供は大人より体温が高いんです。掌がしっとりしているのも汗をかいているからなのですわ。お手を拭うものはこちらをご利用下さい」


「ええ、でも……こんな小さいのに、爪がちゃんとあるのね」


「ふふ、お腹から出た時からありますよ。小さいのに不思議ですよねぇ」


「にゃむむ。あぷぅ」


 実の父親に近付ければギャン泣きする愛娘であるが、彼女のことはどうやら大丈夫らしい。むしろにっこにこである。これで夫が人見知りで避けられているわけではないことが決定付してしまった。仲良し親子計画は前途多難だ。


 そんなことを内心考えて溜息をついていたら、アイリーンに指先をむぎゅむぎゅ握らせていた彼女の口から「…………思ったより、可愛い、わね」と言葉が溢れた。ふふふ、そうでしょうとも。


「よろしければ抱っこされてみますか? お膝の上でなら重くても抱けると思いますし、危なかったら私が補佐しますわ」


 私の言葉に彼女が「良いんですの?」と目を輝かせたその時、母屋の方から険しい顔で猛然と歩いて来る夫の姿が見えた。誰だよぅ仕事中の奴にチクったの。はぁ~……理不尽に怒られるのって結構しんどいんだけどなぁ。

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― 新着の感想 ―
シルビア様かわいいな……(ニッコリ) 夫〜〜〜〜空気を読んでくれ!
シルビア様のこと大好きになってしまった クズ男の見分け方を学んでなんとか幸せになれー!!
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