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*16* ショートカットは突然に。

 気の毒なメイドからお仕着せを借り、自分が相手をすると最後まで渋ったマーサを言い包め、すっかり母親っ子になったせいでぐずる愛娘の頬にお昼寝前のキスをして、呼び出された庭園の四阿(あずまや)に行くと――いたいた。


 遠目から椅子に腰かけていてもそれと分かる抜群のプロポーション。陽光に照らされて輝く蜂蜜色の髪。大きくてやや垂れ目がちな金茶の双眸がこちらを見とめるなり、笑みの形に細められた。


 遠目から見る分には本当に眼福な迫力美人さんなんだけどね、シルビア様。この娘でも無理なレベルの夫の想い人とはいったい何? と思ってしまう。彼女は私の後ろに視線をやって、ついてくる人物が他にいないと分かると、その形の良い唇を開いた。


「あら、お前この前のナニーメイドじゃない。ジェラルドには仕事の邪魔をされたくなかったら、泥棒猫に相手をさせてと言っておいたのに。今日もあの女は体調不良なの?」


「はい、申し訳ございません。代わりにナニーメイドである私にシルビア様のお相手をと、奥様から申し付けられております」


「ふぅん、そう。貧乏伯爵家の娘程度に、侯爵家のわたくしが随分と安く見られたものね」


「……申し訳ございません」


「別に良いわ。お前は泥棒猫に命令されただけでしょう? それよりももっと近くに来なさいよ。そんなに遠くにいたのでは話にくいわ」


 お? ただの我儘お嬢様かと思ったら、意外と使用人の事情を分かってくれる系の人だったりするの? だったら評価をちょっと上方修正しても――。


「それにナニーメイドのお前がここにいるということは、泥棒猫が一人で子どもの面倒を見ているということでしょう? だったらここでお前を長く足止めしておいた方が楽しそうだもの」


 うーん、やっぱ現状維持で! そして残念ながら娘には心強い侍女(マーサ)がついておりますので、その目論見は失敗ですよ。まぁしかし急に降って湧いた恋敵を相手に腹を立てるのは、分からないでもないので許そう。


 問題は君の気持ちを知っていながら、君と婚約者に出来たはずなのに、そうすることなく私を娶った夫に怒りを向けるべきでは? という疑問を抱くぐらいはさせてほしい。でもこういうのって惚れた弱みとかなんとか言って、責任転嫁するんだよねぇ。男(逆も然り)を庇う心理が謎だ。


「そうだわ。お前、この屋敷で幾らで雇われているのかしら。うちで倍額払うからこちら側につかない?」


「〝こちら側〟とは?」


「こういう場面で分からないふりは利口じゃなくてよ。でもまぁそうね。もっとはっきり言った方が下の人間には分かりやすいかしら。今の給金より高値を払ってあげるから、泥棒猫の情報をわたくしに寄越しなさいと言っているの」


「成程、買収ということですね。分かりやすく説明して下さってありがとうございます」


「買収だなんて人聞きが悪いわね。でもそういうことよ。お姉様以外にジェラルドが興味を持つなんてありえないもの。まぁ他にも少しは頼むことがあるかもしれないけど……どう?」


 お、傍若無人ですね〜。いくら幼馴染で家格が自分の家の方が上だからとて、ここでヘッドハンティングとは。こうすることは最初から決まっていたのか、一応人払いはしてあるけど大胆不敵なことには変わりない。


 そんなことが彼にバレた時に嫌われるとか考えない辺り、ちょっと思慮深さが足りないけど、それだけ初恋の彼を誑した()が憎いってことか。与り知らないところで随分と嫌われたものである。


 しかし……見える、見えるぞ。お金で釣ってスパイ行為を唆しながら、ついでに彼の私生活まで覗きたいという欲望、そのストーカー行為の片棒まで担がせようという魂胆が。健全ではないけど恋はしてるんだよなぁ。


 とはいえ冷遇夫はこの美女を敬遠している。何故なら彼が愛していたのは彼女の姉だからだ。大切な元恋人で婚約者の妹。夫にとってこの娘はそれ以上でも以下でもない存在なのだろう。だとしたら勝手に彼女に情報を教えるのは良くない。契約妻はコンプラに厳しいんですよ。


「お誘いをかけて頂いて光栄ですが、申し訳ありません。私はこのお屋敷に仕える身ですので」


「ふぅん、そう。つまらないわねお前。興醒めだわ。でも――ジェラルドが泥棒猫のために雇うだけあって口が堅いのね。そこは評価出来てよ」


 少し拗ねた様子でツンと顎を反らして、髪を弄りながら溜息をつく。その姿が迫力系な美人の彼女をやや幼く見せるから、つい何か気晴らしになるついでにこっちの生き残りをかけた情報収集もと考えて、ちょうど良い折衷案を思いついた。そもそも彼女は姉と結婚するならと納得していたのだ。


 ということは、姉のことは相当リスペクトしているに違いないはず。ならばここで切れる手札はこれしかない。それすなわち――姉の自慢と比較した場合の恋敵(ライバル)下げ。


 試しに「シルビア様がそれほどまでに敬愛されるのですから、お姉様は素晴らしい方なのですね」と水を向けると、マーライオンの如く姉の自慢と愚痴と批判を吐き出し始めた。聞けば聞くほど姉が好きな子だ。こうなってくると妹を娶らなかった夫の判断は英断だったのでは? と思うほどである。


 私にとって恋敵になる(予定だった)姉の名前はクラリス、現王弟に見初められて幼い頃に結ばれたジェラルドとの婚約が白紙になり、王家に嫁いだということ。一週間後にある夜会で、姉と私の格の違いを見せつけてやるということを得意気に口にした。


 え、あの予定そんなに差し迫ってたんだ。ドレスまだ一回も見てないし、試着もしてないんだけどな……とは思いつつ。


 そんな次々に移り変わる会話内容で得た一番の収獲は、あの同人誌の山から探すはずだった娘の破滅エンドに通じるヒーローの名前だった。生き残りをかけた情報収集の中で、自分に向けられる悪口なんてどうでも良くなるくらい彼女の話に熱中していたら、あっという間に二時間が過ぎていて。


 別れ際に「お前と話すのは悪くなかったわ。また相手をなさい」という悪女ムーブな台詞を残して馬車に乗り込む彼女を見送ったのち、忘れないうちに聞いた情報をノートに纏めるため、お仕着せを翻して自室に駆け戻った。

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― 新着の感想 ―
シルビア様……ちょろい、ちょろいぞ! というか夜会そんなすぐだったんかい! 夜会で真実を知ったシルビア様の顔が歪むさまが今から楽しみです!
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