9、緑の集落
「ここが、緑の集落だ」
海辺の集落から草原へ行って、小川沿いに川上の方に進んでいくと、山の中に入ったの。そのまま小道を進むと、ちょっと疲れた頃に、ひらけた広い集落に着いたよ。
「緑色の野菜がたくさん育てられてるね。野菜畑があちこちにあるよ」
集落は緑がいっぱいで、とても空気が澄んでる。たくさんの人がいるけど、人化したスライムは居ないみたい。頭に、髪色と同じ色の帽子を被っているように見える人は、ひとりも居ないもの。
「この島の緑の野菜は、すべてここで作ってるからな」
お兄さんは、私達に手招きをして、先に集落の中に入って行ったよ。
緑の集落は、緑の帝国の人が集まってるって聞いたから、赤い髪のお兄さんが入って大丈夫なのかなって、ちょっと心配。赤の王国の人と緑の帝国の人は、仲が悪そうなんだもの。
「あっ、カールさん、珍しいですね」
(あれ? 笑顔なの)
緑色の髪の人が、お兄さんにペコリと頭を下げたよ。
「あぁ、ターハが、ここに引っ越したからな。今日は漁が休みだから、海辺の村長に使いを頼まれた。緑の村長宛てに手紙が届いたんだ。ついでに魚も少し持ってきた」
「それは、わざわざすみません。手紙なら村長に直接渡しますよね? で、後ろの二人は?」
緑色の髪の人は、私じゃなくて、ロックスさんを見てる。濃い赤茶色の髪に警戒してるのかも。
「彼は、海辺の村長が預かっているロックスだ。ターハを手伝っていたイーグルは、島を出たからな」
「赤の王国の冒険者ですか。ダークスライムにやられたんだな。まぁ、そういうバカは、この集落にも大勢いますけどね。そっちのお嬢ちゃんは、海辺の村長の娘ですか?」
(バカって……ひどい)
「いや、ジュリちゃんは、スライム神からのギフトを得た子だ。まだ大陸に渡るには幼いからな。海辺の集落で、手伝いをしてるよ」
お兄さんは、何か目配せをしたみたい。緑色の髪の人は、あぁって言っただけで、私達に、どうぞと道を譲ってくれたの。
(何を隠してるの?)
お兄さんが歩く後ろを、ロックスさんと私がついて行ったよ。私は、知らない集落で緊張したけど、ロックスさんは平気みたい。集落の人達がみんな私達を見るから、緊張しちゃうよ。
海辺の集落とは違って、緑の集落にいる人の髪色は、緑色ばかり。でも、色は全く同じではなくて、黄緑色や、青っぽい緑色や、輝く鮮やかな緑色や、暗い緑色とか、たくさんの緑色があるよ。
お兄さんに向ける笑顔は、ニコニコとビクビクのふたつかな。嫌な顔をしてる人はいないけど。
『ジュリちゃん、ニコニコしてる人間は、カールと同じで、物質スライムを失って療養中だよ。ビクビクしてる人間は、スライム神からギフトをもらってないよ』
(そんなのがわかるの?)
『ボクは、ジュリちゃんを守る物質スライムだからね。スライム神からギフトを与えられた人間は、わかるんだよ』
(そっか。物質スライム同士は、わかっちゃうんだったね。ここには、普通のスライムは居ないの?)
『人化するスライムは居ないよ。人間の集落だからね。だけど、さっきの畑には、緑色のスライムが居たよ。畑を守ってるんだ』
(ふぅん。全然、気づかなかったよ)
「おや、カールか。珍しいね」
お兄さんが急に止まったの。
「村長さん、昨夜、祠に手紙が届いていたようですよ。あと、魚も少し持ってきました。山の中の集落用の野菜ができていれば、もらっていきますが」
いつの間にか、緑の村長さんの家に着いたみたい。すっごく大きな屋敷。村長さんは、薄い黄緑色の髪で、ちょっと日焼けしてて、腰が曲がってる。
「あぁ、今朝、用意したところだ。ターハに海辺の集落へ持って行ってもらうつもりだったが、助かるよ。ジュースでも飲んで行くか?」
「野菜ジュースか。俺は苦手なんですよね。ジュリちゃんは、飲むかな」
お兄さんが私の方を振り返ったの。でも、どう答えればいいか、わかんない。
「とりあえず入りなさい。疲れただろう。野菜ジュースよりも、昼ごはんがいいかな」
「昼飯をいただこうかな。ジュリちゃん、緑の集落の蒸し物は美味いんだよ」
「蒸し物?」
「あっ、緑の帝国の蒸し料理ですか。確かに美味いですね」
ロックスさんも知ってるみたい。オバサンが作る料理に、そんなのあったかな?
緑の村長さんの家に入ると、すっごく広い食堂があったの。たくさんの人が、昼ごはんを食べていたよ。
「私は、手紙を読んで返事を書いてくるから、ゆっくり食べて待っていてくれ」
お兄さんが渡した手紙と魚を持って、村長さんは、奥へと行ってしまったの。
「では、皆さんは、こちらへ」
食堂にいた人に案内されて、誰も使ってないテーブル席に移動したの。たくさんの人に見られるから、すっごく緊張するよー。
お兄さんは慣れているのか、すぐに椅子に座って、なぜか手をあげてる。
「はい、お待たせしました〜! 好きに取ってください」
(ひゃっ!)
私が座った席のすぐ後ろに、突然、たくさんの料理を乗せたワゴンが現れたよ。これも物質スライムなのかな。
お兄さんは、どんどんお皿を取って、テーブルに並べてく。どの料理もみんな緑色だよー。私は驚いて固まっちゃった。
「ロックス、緑の村長の家の食堂には、【調理】のギフトを得た人がいるんだよ。ここの飯は、緑の帝国の有名店にも負けないぜ」
「それは楽しみです。緑の帝国の冒険者ギルドに併設された食堂も、同じようにワゴンで料理を提供していました。あっ、お金は……」
「ここの飯はタダだ。たくさん食べようぜ」
お兄さんは、もう口に放り込んでる。でも、熱そうにハフハフしてるよ。
私も大きなスプーンで料理を小皿に取って、フォークで刺してみた。
(わわっ!)
緑色のモチッとした皮が弾けて、中から、じゅわ〜っと汁が出てきたよ。
「ジュリちゃん、すごい肉汁だろ。熱いから気をつけて、ゆっくり食べるといい」
「これが蒸し物?」
「こっちの炒め物以外は、全部が蒸し物だよ。それは皮がモチモチしてて美味いから、特にオススメだ。今、ロックスが取ったのは、蒸しパンに肉がぎっしり詰まってる」
私は、そーっと食べてみた。細かく切った野菜とお肉が入ってるみたい。中も緑色だよ。
「美味しい! 食べたことない料理だよ。全部、緑色なんだね。みんなこんな料理を食べてるの?」
「ふっ、緑の集落だからな。だが、他の料理を食べる人もいるらしい。緑の帝国とは違って、ここは自由なんだよ」