6、髪が黒くなった原因
『ジュリちゃん、そろそろ、村長の家に戻ろうか』
漁師のお兄さんが黒い髪の二人を連れて行った後も、私は、花のように小さなスライム達と一緒に、上の草原で隠れていたの。
海岸や下の草原には知らない人がたくさんいて危険だから、もうしばらく隠れてなさいって、お兄さんが言ったからなの。
「うん、お腹が減ったもんね。帰ろっか」
◇◇◇
「うわっ!?」
オバサンの家の中に戻ると、黒い髪の人が驚いて、床に転がっちゃった。白いテーブルが突然現れたから、びっくりしたみたい。
黒い髪の人は二人いたのに、オバサンの家には、頭に包帯を巻いた人しかいない。頬を怪我していた人かな。
「ジュリ、昼ごはんも食べてないんだろ? すぐ晩ごはんにするから、そのパンを食べて待っていてくれるかい」
「うん、わかった。先に水を樽に入れるね」
白いテーブルから降りて、泉の水が入ったバケツを持って、水を溜めてある樽にジャーって移したよ。
(お疲れ様、クローズ)
心の中でそう言うと、白いテーブルはパッと消えて、私の銀色の指輪に無色透明の小さな玉が戻ってきたよ。今日は、長い時間、大活躍だったね。
いつもの席に座って、オバサンが焼いたパンを食べていると、黒い髪の人が近寄ってきたの。
「白いテーブルは、転移の魔道具なのか? あんなに大きな物をどこに収納したんだ?」
「えっ….」
「お嬢ちゃんも、黒い髪なのか? スカーフで隠してるってことは、そういうことだろ。ここで隠れ住んでいるのか」
「えっと……」
どう答えればいいか、わかんない。でも、この人、髪は真っ黒なのに、眉は薄茶色なのね。
「イーグル、小さな子をいじめるなよ。お嬢ちゃん、ごめんな。俺達が怖がらせてしまって。弁当も俺達が食っちまったから、お腹が減ったよな。でも助かったんだ。ありがとうな」
(あっ、居た!)
使ってない客室から、もう一人の黒い髪の人が出てきた。お腹を押さえていたのに、足を怪我してたのかな。右足は靴をはいてなくて、包帯がぐるぐる巻きだよ。
私は返事がわからなくて、二つめのパンに手を伸ばしたの。無視するつもりじゃないんだけど。
「ジュリ、そんなに食べると晩ごはんが食べられないよ」
「あっ……うん、わかった」
二つめのパンは、オバサンに取り上げられちゃった。
「ほんと、ごめんな。お嬢ちゃん」
右足に包帯ぐるぐる巻きの人は、また謝ってる。
「私は、ジュリ」
名前を教えると、その人は、ふわっと笑ったの。
「ジュリちゃんか。いい名前だね。俺は、ロックスという。こっちのガサツな奴は、イーグルだ」
「ふぅん、ロックスさんとイーグルさん」
私が名前を言うと、頭に包帯を巻いてる人も、クスッと笑ったの。私の話し方が変だったのかな。
晩ごはんを食べ始めると、漁師のお兄さんがオバサンの家に来たの。お兄さんが来てくれて、オバサンもホッとしたみたい。
「村長、俺も晩飯を食わせてくれ」
お兄さんはそう言って、自分で皿にスープを入れて、いつもの席に座ったの。昼ごはんを食べに来ることは多いけど、晩ごはんに来るのは珍しいかも。
「カール、この子たちをどうするつもりだい?」
「部屋は空いているよな? 次の大型船が来るまで、コイツらをここで働かせたいんだよ」
「まぁ、スライム神が島へ入れたということは、まだ人間なんだろうけどね」
(まだ、人間?)
「肌の色の変色はない。コイツらは、ここにしばらくいれば、大丈夫だ」
(何が大丈夫なの?)
「そうだね。眉の色も、ほとんど変色してないか。イーグルは、黄の王国だね。ロックスは、赤の王国かい?」
「あぁ、そう言っていたな。二人には、黒い髪に変わった原因を話してもらおうか」
(また、髪色の話)
漁師のお兄さんにそう聞かれたけど、黒い髪の二人は、食事の手を止めて、互いに顔を見合わせて黙ってる。
「お兄さん、この人達は、賢者を探してるみたい」
私が小声でそう教えると、お兄さんは力強く頷いたの。
「スライムの棲む孤島の賢者探しか。ということは、さすらいの荒野の洞窟に潜って、ダークスライムに襲われたんだな? さすらいの荒野への立ち入りは、大国は禁じているはずだぞ」
お兄さんが何を言ってるのか、さっぱりわからないけど、黒い髪の二人は小さな声で、はいって言って、しょんぼりしちゃった。
「賢者って、誰も見たことがないんだよ。どうして賢者を探してるの? なぜ髪色を気にするの?」
私の素朴な疑問に、お兄さんは少し驚いたみたい。困った顔をしてオバサンを見てる。
「ジュリには、話してなかったね。だけど、子供は、まだ知らない方がいいんだよ」
「えー、知らないことばかりだよ」
「ジュリちゃんがもっと大きくなったら、大陸へ行く前に、祠を守る爺さんから話があると思うぜ。知ってしまうと、この島にいることが怖くなるかもしれないからな」
大人はすぐに、話をはぐらかしちゃうよね。
「でも、長老様は、私はもう大人だって言ったよ」
私が長老様のことを話したら、黒い髪の二人がパッと私の方を見たの。
「その長老は、どこにいるんだ? 賢者じゃないのか」
「ジュリちゃんが言う長老は、スライムの長老だ。それに、この島に賢者が住むという話は、ただの言い伝えだぜ。少なくとも俺は会ったことがない」
お兄さんがそう言うと、黒い髪の二人はガッカリしちゃったみたい。
「英雄カールさんも会ったことがないなら、賢者はいないのか。孤島の賢者はダークスライムの呪いを解くって聞いたのに」
「それは、さすらいの荒野にいる冒険者達の噂話だろ。ここにいれば、黒色化は進まない。それに、これは呪いじゃないぜ。おまえらは、ダークスライムの体液を吸収してしまったことで、黒い髪になったんだよ。放置すると、やがて眉、全身の体毛、そして皮膚までが黒く変色する。そうなると、もう中身はダークスライムだ。やがてドロドロに溶けていくんだよ。愚かな人間達が、兵器として使っている黒い爆弾だ」
(ひぇっ、溶けちゃうの?)
「怪我が治ったら、私が、髪色を戻せないか試してあげるよ。私もスライムの加護持ちだからね。完全に戻すのは無理だろうけど、真っ黒ではなくなるはずだ」
オバサンがそう言うと、黒い髪の二人は、泣きそうな顔をしたよ。
「村長! ありがとうございます!」
「おまえら、怪我が治ったら、次の大型船が来るまでは、ここで働けよ?」
「はい! もちろんです!」
黒い髪の二人は、とっても、お行儀が良くなったの。