5、海賊に追われていた黒髪の二人
「アイツらは、どこに行った?」
下の草原から、ガヤガヤと大きな声が聞こえてきたの。
あの場所からは、私達がいる上の草原は見えないと思う。でも坂道をのぼると、ここにたどり着いちゃう。
「この上の方に、泉があるはずだ。毒を洗い流すつもりなら、水場に行ったんじゃないか」
(ひぃん! 来ちゃうの?)
泉の近くでお腹を押さえて倒れちゃった人が、頬に血がにじんでる人に、何かの合図をしてる。
「イーグル、さっさと行け。おまえだけでも逃げて、賢者の手掛かりを探すんだ」
倒れてる人が小さな声で、頬に血がにじんでる人にそう言ったけど、二人とも動かないの。
「おまえを置いていけるわけないだろ。それに、本当に賢者が住んでいるかもわからないんだぞ。ロックスの探知能力がないと、俺だけでは、人間とスライムの区別もできねぇ」
(賢者? 賢い人?)
そういえば、漁師のお兄さんが、この島には賢者が住むという言い伝えがあるって言ってたっけ。でも、誰も見たことがないんだって。
黒い髪の二人は、言い伝えを信じて、賢者を探しに来たのかな? 下の草原にいる人達から逃げてるみたいだけど。
「おい、それ以上は、上に行くな!」
漁師のお兄さんの声が聞こえたの。
「何だ? この上には、島の秘宝でもあるのか?」
「上の草原には、スライム達の泉がある。人間が足を踏み入れてよい場所ではない」
「は? スライムが怖くて海賊なんかやってられるか。せっかく捕まえた黒髪のガキだぜ? 大国に連れて行けば高く売れる。邪魔するなら殺すぞ!」
(えっ! お兄さんが殺されちゃう)
「海賊なら知ってるだろ? ここは、あらゆるスライムが棲む孤島だ。人間の血で草原を汚せば、どういう怒りを買うかな」
「そんなものは……クッ、やべぇぞ。巨大なスライムに囲まれているじゃねぇか」
「くそっ、命の方が大事だ。船に戻るぞ」
大勢の人達の声が、だんだん小さくなっていったよ。漁師のお兄さんって、すごい!
「助かったな……」
「いや、あの男がこっちに来るぞ。ここがスライムの泉なら、俺達は……マズイぜ。血で草原を汚している」
漁師のお兄さんが、上の草原にあがってきたの。頬に血がにじんでる人は、手に剣を握ってる。
(大変っ! お兄さんが危ない)
お兄さんの姿が見えた瞬間、頬に血がにじんでる人が立ち上がって、剣先をお兄さんに向けてる!
「おまえらか。確かに黒髪だな。生まれた国は? 元から黒髪だったわけじゃないだろ」
漁師のお兄さんがそう尋ねたけど、二人は何も喋らないの。でも、どうしてみんな、髪の色を気にするのかな。
「ジュリちゃん、どこにいる?」
「お兄さん、私はここだよ」
「もう大丈夫だ。怖かったな」
「オバサンが知らない人に近寄っちゃいけないって言ってたけど、その人達が近寄って来たの」
「誰と話してるんだ? あっ、スライムか」
頬に血がにじんでる人は、お兄さんに剣を向けたまま、キョロキョロしてる。私が見えないから怖いのかも。
『ジュリちゃん、テーブルに戻るね』
(うん、わかった)
私が心の中で返事をすると、白い布は白いテーブルに変わった。すると黒い髪の二人が、同時に私の方を見て、驚いた顔をしているの。
「小さなスライム達と一緒に、テーブルの下に隠れていたのか。全く見えなかったよ」
「お兄さん、あの人達、怪我してるみたい」
「そうだな。おい、おまえら、二人ともこのままだと死ぬぜ? 海賊が使う武器には毒が塗ってある。その状態で逃げ回ったなら、身体に毒がまわったはずだ」
「その小さな女の子は、スライムなのか? この島のスライムは、子供でも人化できるのか」
黒い髪の人達は、お兄さんの話を聞いてないのかな。全然、答えになってないよ。
「この子は、海辺の集落に住んでいる人間だ。水汲みに来て、おまえ達が近寄ってきたから動けなくなったんだよ」
「なんだ、人間か。それなら、剣のある俺達の方が有利だな」
「は? おまえ、誰に剣を向けてるか、わかってるのか? 俺は、槍のスライム持ちのカールだぜ」
お兄さんがそう言うと、頬に血がにじんでいる人は、ポトリと剣を落としたの。
「槍のカールさん? 死んだと聞いたのに……あー、そうか。スライムの加護持ちだから、ここで療養してるのか」
「ふっ、俺の名前を知ってるということは、おまえらは、赤の王国か、黄の王国の生まれだな? とりあえず毒消しだ。早く飲め。命に関わる毒にしか効かないが、即効性はある」
漁師のお兄さんが、二人に小さな瓶を渡したの。二人は素直に飲んでる。
「カールさん、ありがとうございます。俺は、黄の王国の出身のイーグルといいます。そこで死んでる彼は、赤の王国の出身のロックスです。俺達はどちらも16歳です」
「ちょ、勝手に殺すな……。槍のカール、赤の王国の英雄にお会いできて光栄です。イメージしていたより若くて驚きました」
(英雄なの!?)
「ふっ、若く見られるが、これでも21歳だ。今の俺は、スライム達にこき使われている漁師だけどな。あー、おまえら、空腹で毒消しを飲んだのか。激しい吐き気がくるぞ。ジュリちゃん、何か食べられる物はないかな」
漁師のお兄さんは、白いテーブルの上に、オバサンが作ってくれたお弁当があるのを見つけたみたい。
「お弁当があるよ。この人達にあげるの?」
「ジュリちゃんの物だろう? 売ればいいんだよ。おまえら、弁当を買う金はあるか?」
お兄さんにそう聞かれて、二人は困った顔をしてる。
「お腹が減ってるなら、すぐに食べる方がいいよ。気分が悪くなると大変だもの」
私は、漁師のお兄さんに、弁当を二つとも渡したの。お兄さんは黒い髪の二人に、それぞれ弁当を手渡してる。
すると二人とも、すごい勢いで弁当の蓋を開けて……すごい勢いで食べるのかと思ったら、固まってる。
「これは、どういうことなのでしょうか。なぜ、こんなに色とりどりの鮮やかな色合いが……」
(普通のサンドだよ?)
「ここは、そういう島なんだよ。早く食べろ。また、別の追手が来るかもしれないぜ」
お兄さんにそう言われて、黒い髪の二人は、なんだかオドオドしながら、ハムたまごサンドと野菜サンドを食べ始めたの。
「これも、一緒に食っておけ。薬草だ。傷の治りが早くなるからな」
漁師のお兄さんは、にがーい葉っぱを二人に渡したよ。