31、ロックスさんに髪留めをもらったよ
「ジュリちゃん、8歳のお誕生日おめでとう」
「わぁっ、ありがとうなの」
その夜、オバサンは、私の誕生日祝いをしてくれた。漁師のお兄さんは居ないけど、ほとんど話したことのない青い髪の漁師のオジサンも来てくれている。
ロックスさんが私に、綺麗なリボンがついた小さな布袋を渡してくれた。8歳の誕生日は贈り物をすると言っていたけど、本当に用意してくれていたなんて、驚いたな。
「ジュリ、開けられるかい?」
「うん、大丈夫」
オバサンは、私に前世の記憶が戻ったことを、まだ皆には話してない。だから今まで通りに、私を子供扱いしている。
ロックスさんがくれたのは、木の工芸品のような、かんざしタイプの髪アクセサリーだった。磨き上げられていて、自然な光沢がある。黄の集落で買ってくれたのかな。
「わぁっ! 可愛いお花がついてる!」
(どうしようかな)
今の私なら、当然、使い方はわかる。結んだ髪に、かんざしのように差して使える。もっと髪が長ければ、これを使って、まとめ髪にもできそう。
「へぇ、ロックスは良い物を選んだね。ジュリ、これは黄の王国の特産の髪留めだ。ジュリの髪の長さでは、まとめ髪にはできないが、髪を結べば使えるね。付けてみるかい?」
「うん!」
確かに良い物だと思う。こんなに繊細な模様を手彫りで彫った髪留めが、この世界にはあるのね。
「おぉっ! ジュリちゃんが、急にお姉さんに見える」
オバサンは、私の髪を後ろで結んで、髪留めを差してくれたみたい。ロックスさんは、私の後ろから見ているけど……。
「えー、見えないよー」
「ジュリ、確かに後ろから見れば、お姉さんだよ」
オバサンは、青い髪のオジサンに、目配せをしたみたい。すると、目の前に大きな鏡が現れた。あっ、鏡じゃなくて、盾かな。まるで三面鏡のように、形が変わる。
「ジュリちゃん、これで見えるかな」
(わっ! 喋った)
初めてオジサンの声を、ちゃんと聞いた気がする。私の名前を呼んでくれたのも初めてかな。
「は、はいっ!」
私は、盾に映る後ろ姿を見てみた。結んだ紐に、かんざしを差してあるみたい。髪が短いから、紐に差さないと髪留めの重さで落ちてしまうのね。
盾に映る私の顔は、もちろん日本人ではない。8歳よりも幼く見えるけど、転生したのだと実感させられる。
白い髪に木の髪留めは、よく合う。私の髪色は、お年寄りの白髪とは違って、輝くような白さがあるように見えた。
「すごくお姉さんになるね。ロックスさん、ありがとう」
「あはは。確かに、お姉さんだね。初めて会ったときは、ジュリちゃんは6歳だったもんな」
ロックスさんは、ケラケラと笑っている。彼は、私より10ほど年上だから、18歳かな? ロックスさんの誕生日祝いをした記憶はないけど。
「うん。ロックスさんの誕生日祝いは、しないの?」
私がそう尋ねると、オバサンは少し困ったような顔をした。スライム神の加護のない子を祝う習慣がないのかな。
「ジュリちゃん、俺は、誕生日はわからないんだ。幼いときに親を失ったからね。年齢は、冒険者ギルドで測ることができる。この島では季節の移り変わりがないけど、大陸で少し寒くなる頃に、俺の歳が変わるんだ」
「ロックスさんは、お父さんとお母さんが居ないのね」
「あぁ、ジュリちゃんと一緒だね」
私は、コクリと頷いておいた。
「ジュリ、ロックスの誕生日祝いも、一応してたんだよ? 少し前に、肉だらけの日があっただろ?」
(覚えてない……)
私が首を傾げると、ロックスさんは、またケラケラと笑っていた。彼にとって私は、妹のような存在なのかな。
「じゃあ、アルくんのお誕生日は?」
「俺の誕生日は、少し暖かくなった春だよ。今、大陸は冬だからね。たぶん、俺の物質スライムが、教えてくるのだろうけど」
「ふぅん、そっか。大陸だと四季があるのね」
「シキって何?」
(あっ、しまった!)
「ん? うーむ……」
私は返事に困って、オバサンの方に視線を向けた。だけど、オバサンにも四季の意味はわからないみたい。
「ジュリは、前世の記憶が戻り始めたのかもしれないね。私に前世の記憶が戻ったのは、12歳の頃だったけど、一度に戻るわけじゃない。夢の中で少しずつ思い出すのさ」
「へぇ。あっ! ジュリちゃんの二つ目のギフトは何だったんだ?」
アルくんは、そう言いつつ、もう気づいてるよね。私の左手には、人差し指にキララがいて、左手首にはチェーンブレスレットが付いているんだから。
「ジュリのステイタスをサーチしてみな」
オバサンがそう言うと、私にいくつかの光が当たった。アルくんだけじゃなくて、ロックスさんもサーチ能力があるの? あっ、ロックスさんは道具を使っているのかな。人間には、魔力はないみたいだから。
「あれ? 俺の物質スライムのサーチが弾かれてる。ジュリちゃんは、虹色に見えるよ」
アルくんは驚いた顔をしていた。そういえば、彼の物質スライムは、すべての人間のステイタスを調べて、色分けして伝えるんだっけ。
「これが、ジュリの新たな物質スライムの能力だよ。常時バリアさ」
「俺も、体内の魔道具が誤作動してるよ。人間かスライムかを識別する探知能力があるんだけどな」
(体内の魔道具?)
「やはり、ロックスは、体内に魔道具を埋め込んでるんだね。染色が効かないのは、その影響だね」
「俺は、冒険者ですからね。赤の王国では、冒険者登録をするときに、小さな魔道具を飲むんですよ。それが、生存確認にもなるそうです。健康に害はないし、人間かスライムの識別ができるから、便利ですよ」
ロックスさんの体内には、魔道具が入っているの? 赤の王国の冒険者って、一体……。
「赤の王国も、そういうことを始めたんだね。緑の帝国が開発した埋め込み式の魔道具だよ。緑の帝国では、体内の魔道具を爆発させることもあるらしい」
(ええっ?)
オバサンの爆弾発言で、皆の表情は凍りついた。
「ロックスの体内の魔道具は、起爆装置には反応しないだろう。ダークスライムの体液を吸収した影響だ」
青い髪のオジサンが、静かに説明を加えた。
「それなら良かった。しかし、大陸の人間達は……まぁ、大陸のスライムのせいなんだろうけど、何とかしないとね。あっ、料理が冷めちまうよ。ジュリのお祝いの席で、暗い話をしていちゃいけないね」
オバサンが、また無理して笑顔を作っていることに、私は気づいた。かなり深刻な状況なのね。




