3、上の草原の泉へ水汲みに行くよ
「遅かったじゃないか、カール。村を出る子供を迎えに行ったんじゃなかったのかい?」
漁師のお兄さんと海辺の集落へと歩いて行くと、草原が途切れたところに、ちょっと太ったオバサンがいたの。
「この子だよ。名前は、ジュリという。昨日、スライム神からギフトを授かった子だ」
「ちょっと待ちなよ。冗談はやめておくれ。どう見ても、5〜6歳じゃないか。スライム神がギフトを与えるのは、10歳を過ぎてからだろう?」
オバサンは、私をジロジロと観察してるみたい。
「俺にそんなことを言われても、知るわけないだろ。ジュリちゃんだって、こんなに早く、山の中の集落を離れたくなかったはずだぜ」
「ギフトは何なんだい? こんな小さな身体では、剣も盾も使えないね。役に立たないギフトなら、大型船が来るまで、適当な集落に置いて来な。私は、子守りなんか、する気はないからね」
(こわい……)
オバサンは、私達が来た方へと歩き始めたの。手に空っぽの桶を持っているから、小川に行くのかも。
「村長、ちょっと待ってくれ」
お兄さんが、オバサンを呼び止めた。このオバサンが村長さんなの? さっき、お兄さんが、村長は人間だって教えてくれたっけ。でも海岸には、たくさんの人がいるけど、スライムはいないよ。
「まだ何か用があるのかい? 今日は、水汲み係が居ないんだよ。奥の集落へ使いに出したからね」
「水汲みなら、ジュリちゃんができるはずだ。スライムだらけの小川で汲んでるんだよな?」
「飲み水だからね。その小川じゃなくて、上の草原の泉で汲むんだよ。だから、水瓶やバケツでは無理だ。桶で何往復もしなきゃいけない。そんな小さな子供にできる仕事じゃないよ」
お兄さんは私の方を向いて、何かの合図をしてきたの。でも、わかんない。それに、オバサンが怖くて声を出せないよ。
『ジュリちゃん! 勇気を出して。ボクを呼び出してみて。お店が開店したら、ボクの声をお客さんに届けられるよ』
(えっ? あ、オープンって言えばいいんだっけ?)
頭の中でそう尋ねただけなのに、私の左手の人差し指の指輪から、無色透明の小さな玉が消えたの。そして、砂の上に、私の背と同じくらいの大きさのつるんとした長方形の白い布が現れた。
『ボクは、ジュリちゃんを守る物質スライム。村長は、ボクの上に乗って。ジュリちゃんもね。カールは、ここで待ってて。もし重量オーバーになったら呼ぶから』
オバサンは、カッと目を見開いてる。物質スライムが重量オーバーって言ったのは、オバサンが重いっていう意味じゃないと思うよ。
「カール、これは一体、何なんだい?」
「俺も見たのは初めてだ。ジュリちゃんに与えられたギフトは、【出店】らしい。村長が客ということじゃないか?」
「私が白い布の上に乗ればいいのかい?」
『店主のジュリちゃんも必要だよ。場所がわからないから、依頼主に案内してもらわないとね。上手くできたら、2度目はボクとジュリちゃんだけで行けるよ』
オバサンが白い布を踏んでる。綺麗な布なのに、砂だらけだよ。
『ジュリちゃんも、そのままでいいから乗って。心配しなくても、ボクは砂で汚れたりしないよ』
(そうなの? わかった)
今の念話は、私にだけ聞こえたみたい。さっきと響き方が違うもの。
私が白い布に乗ると、淡い光に包まれた。
そして……。
(わっ!?)
◇◇◇
ふわりと浮かんだと思ったら、もう、草原に到着してた。飛んで行ったというより、景色だけが変わったみたい。
「すごい物質スライムだね。この距離を一瞬でワープしたのかい。ジュリだったか、こちらに来な」
「は、はいっ」
オバサンは白い布から草原に降りて、まっすぐに歩いていく。ここにも、たくさんのスライムがいるのね。でも、小川にいた花のようなスライムじゃなくて、もう少し大きめのスライムばかり。
「泉は深いから気をつけるんだよ? ここに手すりがある。この場所でこうやって汲むんだ」
「あ、はいっ」
オバサンは、水汲みの方法を私に教えると、水の入った桶を持って、さっさと白い布の方へと戻っていく。急いでるみたい。
「さっきの砂浜まで戻れるかい?」
「えっと……」
◇◇◇
どうすればいいか考えてる間に、私達は、漁師のお兄さんがいる場所に戻ってきたの。
(すご〜い!)
「もう戻って来たのか。転移速度が速いな」
「あぁ、かなり速いね。泉まではたどり着けなかったが、上の草原まで行ってくれたから、上出来だね」
「じゃあ、ジュリちゃんを村長の家で預かるよな? そもそも船待ちの子供達は、村長が預かる決まりだろ」
「仕方ないね。だけど、カールも世話をしてやりなよ? 海辺の集落は、いろいろなモノが来るからね」
「あぁ、そのつもりだ。ジュリちゃん、今度は俺と水汲みに行こうか。俺なら水瓶でいい。夕飯の分の水が必要だからな。重くて運べないなら、俺が担いで戻るよ」
「はいっ」
お兄さんが、オバサンの家から大きな水瓶を持ってきた。そして白い布に乗って、さっきの泉にワープしたよ。
◇◇◇
「ジュリちゃん、村長は怖かったか?」
「うん、怖かった」
「だよな。だけど家に入れば、優しくなるよ」
お兄さんは水瓶に水を汲み、白い布の上に置いた後、草原に座り込んだ。また疲れちゃったのかな。
「どうして家の中は、優しくなるの?」
「村長があんな態度なのは、スライム達に見せてるんだよ。さっきは、俺達しか人間がいなかったからな」
「ん? みんな人間だったよ」
私がそう話すと、お兄さんは首を横に振ってる。
『ジュリちゃん、頭に帽子を被っているように見えた人は、全部スライムだよ』
「ええっ?」
「そうか。ジュリちゃんは、白い髪だからだな。俺達には、見た目ではスライムか人間かわからない。だから、人間の顔を覚えているんだ」
オープンしてるから、物質スライムの声は、お兄さんにも聞こえたみたい。
「髪の毛が白いと、スライムは頭に帽子を被っているように見えるの?」
「俺は詳しくはないんだが、白い髪の子は、特殊な何かがあるらしい。あっ、スライムか人間かわかるなんて、海辺の集落にいるスライムには話すなよ? 殺されるかもしれないからな」
「えっ……うん、わかった」
「じゃあ、戻ろうか。この水の重さでも……」
お兄さんが話している間に、白い布は砂浜へ戻ってきたの。すごい力持ちだね。
(クローズだっけ?)
心の中で尋ねると、白い布はパッと消えて、無色透明の小さな玉が指輪に戻ってきた。