21、緑の集落の薬草農家
「ジュリの物質スライムは、【出店】なんだよ」
オバサンは工房の人に、ちょっと自慢げに、キララのことを紹介したよ。
「店を出す物質スライムですか。海辺の集落に店があるのかしら? それなら緑の集落へ行く半分の距離だから、よろず屋さんも助かると思いますよ」
「海辺の集落でも、こないだ店をしていたけどね。仕入れに行くときには、転移魔法を使っている。緑の集落で仕入れた物を、ここで売ることも可能だよ」
「それだと、よろず屋さんが商売できなくなりますよ」
「よろず屋は、赤の集落を経由して薬草を買ってるんだろ? 赤の集落は、寄せ集めの集落から買っている。それぞれの手数料が代金に上乗せされているはずだ」
「あっ! 確かにそうですよね。ジュリさんから、よろず屋さんが買えば、赤の集落から仕入れるより安いかもしれませんね」
「だがそうなると、赤の集落との揉め事が増えるだろ。よろず屋には、いつもの仕入れ値で、ジュリから買ってもらうよ。わざわざジュリが行き来するんだからね」
(難しいお話なの)
ロックスさんも首を傾げてるよ。だけど、漁師のお兄さんとアルくんは、頷いてる。アルくんって、ほんとに大人だね。
「わかりました。よろず屋さんに伝えておきます」
「あー、また後日ってことになるのも面倒だね。ジュリ、緑の集落で、薬草を買ってきな。カールは付き添いだ。私達は、服屋に行ってるよ」
(えっ? 今から?)
お兄さんの方を見ると、頷いてたけど、私は緑の集落では嫌がられるよね?
工房の建物から出ると、オバサンがお兄さんに合図をしたの。なんだか怖そうな人が、お兄さんが出てくるのを待っていたみたい。
「カール、薬草は、店じゃなくて、薬草畑をやってる農家から買うんだ。ジュリ、薬草畑のスライムと遊んでちゃいけないよ。待ってるから、すぐに戻ってくるんだよ?」
「うん、わかったの」
オバサンが大きな声でそう言ったから、お兄さんを待っていた人達が足を止めたよ。黄の集落の人達がピリピリしてるって、こういうことなのね。赤い髪を見ると、ケンカしたくなるみたい。
「キララ、オープン!」
私はわざと声を出したの。突然キララが現れたら、みんなびっくりするもんね。
「お兄さん、キララに触れて」
屋台のワゴンには、白い椅子がついていたの。私が椅子に座ると、お兄さんはワゴンのパラソルの棒を掴んだよ。
「じゃあ、行ってくるね」
私がそう言ったらすぐに、キララは転移魔法を使ったよ。いつも私が挨拶するのを待ってくれて、すっごく偉いの。
◇◇◇
「もう着いたのか。転移速度が凄いな」
「うん、キララは凄いの。いったんクローズしよっか」
屋台のワゴンは消えて、指輪に無色透明な玉が戻ってきたよ。不思議だよね。指輪は全然重くない。
『ボクは、異空間収納を使ってるんだ。売り物やお金も、異空間に保管してるから安心してね』
(キララは、難しいことができるんだね)
今の念話は、お兄さんにも聞こえたみたい。
「ジュリちゃん、その魔法鞄も、異空間収納の道具なんだよ。キララほどの収納力はないけどね」
「よくわかんないけど、すごいんだね」
「あはは、まぁ、まだわからないよな。ジュリちゃんに前世の記憶が戻れば、前世での経験によっては、俺よりも物知りかもしれないけどな」
「あっ、8歳になったら?」
「まぁな。そうだ、手を繋いで行こう。そうすれば、以前のような不快な目には遭わないはずだ」
お兄さんは手を出してくれたの。私がそっと重ねると、優しく握ってくれたよ。
今まで気付かなかったけど、お兄さんの大きな手には、たくさんの傷があるの。漁師をしていると怪我をするのかな。ケンカしちゃうせいかも。
お兄さんに手を引かれて、緑の集落の畑の中を歩いていくと、緑色のスライムがたくさんついてきたよ。
心の中で、こんにちは! って言っても、みんな恥ずかしがってるみたい。草原にいるスライム達より、おとなしい子ばかりだね。
「テックさん、薬草を分けてもらえないか」
「カールか。ん? その子は、いつぞやの白髪の子だな」
(なぜ知ってるの?)
「あぁ、ジュリちゃんだ。黄の集落と赤の集落が、またバチバチ状態らしいから、代わりにジュリちゃんが仕入れに来たんだよ」
「仕入れ?」
畑の手入れをしていたオジサンは手を止めて、立ち上がったよ。そして私を真っ直ぐに見て、なんだか驚いてるみたい。あっ、白い髪が怖いのかな。
「あぁ、ジュリちゃんの物質スライムは……」
「カール、その先は言わんでええ。ワシの物質スライムが、そのお嬢ちゃんのことを教えてくれたからな。しかも、人間を避けて隠れる畑のスライム達が、お嬢ちゃんを慕っているようだな」
お兄さんは、私の方を振り返って、あっ! って叫んだの。私の肩に乗っている子がいるからかも。
「ジュリちゃん、服が泥だらけになると、また村長がブツブツ言うぜ?」
「ん? 大丈夫だよ。最近は諦めたって言ってたもん」
「あはは、ジュリちゃんだったか。薬草はどれくらい必要かな」
「えっと、私の物質スライムを呼び出してもいいですか」
「あぁ、構わんよ」
(キララ、畑の薬草を踏まないようにオープンできる?)
指輪から無色透明の玉が消えると、大きな布風船がついたカゴが現れたよ。ふわふわと浮かんでる。キララって、いろいろな姿ができるよね。
『ボクは、キララ! ジュリちゃんを守る物質スライムだよ。テック、このカゴに入るくらいの薬草が欲しいんだ。いくらになるかな?』
「おぉっ! 浮かんでいるじゃないか。薬草を刈り取るから、ちょっと待ってくれ」
オジサンは、黄緑色の光をブワッと畑に放ったの。たぶん、物質スライムだと思う。光がキララの方に来ると、カゴの中は薬草でいっぱいになったよ。
「相変わらず、テックさんの物質スライムは凄いな」
この量の薬草を摘むと、すっごく時間がかかると思うから、私もびっくりだよ。
「まぁな。全部で銅貨75枚でどうかな?」
『支払いは銅貨がいい? それとも物々交換がいいかな。今、手持ちは、こんな感じなんだ』
キララは、透明な箱を出して見せたよ。海辺の集落でお花を売ったときに、スライム達が置いて行った物が入ってる。
「うぉぉっ! 物々交換で頼む。ワシは、その緑色の魔石が欲しいが、銅貨75枚では無理だよな。足りない分は別で払うよ」
『それで構わないよ。じゃあ、物々交換完了っと』
緑色の石がふわふわと空を飛んで、オジサンの手のひらに、ポトンと落ちたよ。




