2、小さなスライムの草原
翌朝、私は、迎えに来てくれた漁師のお兄さんと一緒に、山の中にある集落を離れたの。
長老様やスライム達が見送ってくれたけど、知り合いの人は誰も居なかった。誰かが見送りをすると、私が離れたくなくて泣いちゃうからみたい。
漁師のお兄さんは、いつも集落にいろいろな物を届けてくれるから、よく知ってる。お兄さんには、私のさみしい気持ちがわかるみたい。何も話さないで、ゆっくり歩いてくれてる。
『ジュリちゃん、さみしくないよ! ボクがいるのを忘れないで』
指輪の石がピカピカと光った。
「どうして? さみしいよ」
そう問い返すと、漁師のお兄さんが立ち止まった。
「ジュリちゃん、大丈夫か? まだ6歳だもんな。さすがに集落を出るには早すぎる。大抵は10歳を過ぎてからだ」
「えっ? あ、はい」
なんだか、シーンとしちゃった。お兄さんに話しかけたわけじゃないのにな。
「海岸沿いには、海辺の集落がある。しばらくは、そこで暮らせばいい。海を渡るには大きな船じゃないと無理なんだ。この島の周りには珊瑚礁があるから、次に荷物が届くときまでは、どうせ島からは出ていけないさ」
「私は、大陸に行くの?」
「あぁ、スライム神からギフトをもらったら、みんな島を出て行くからな。それに、海辺の集落には、あまり長くは居たくないだろうし」
「そうなの?」
「まぁ、行けばわかるよ。俺もギフトを失わなければ、今頃は大陸で、気楽に暮らしていたはずだ」
(ギフトを無くしたのかな)
お兄さんは、ちょっと辛そう。何も聞かない方がいいかな。
◇◇◇
「わぁっ! 綺麗!」
木々に囲まれた小道を歩いていると、突然、目の前にキラキラとした青い海が見えたの。小道は、ここで行き止まりみたい。
「海辺の集落は、この下だよ。石の階段を下りるのは、今のジュリちゃんには難しいから、少し遠回りだけど、草原から行こうか」
「はいっ」
そっと下を見てみると、白っぽい海岸にたくさんの人がいるのが見える。ほとんどの人が、いろんな色の帽子を被ってるみたい。少し暑いからかな。
漁師のお兄さんは、帽子を被ってない。赤い髪を後ろで結んでいるけど。
落ち葉だらけの道なき道をしばらく歩いていくと、広い草原が見えてきたの。色とりどりの花が咲いているみたい。
(あれ? 動いた?)
花が歩いてるみたいに見えたけど、風のせいかな。でも、やっぱり歩いてる?
「お兄さん、ここのお花は歩くの?」
「あぁ、花じゃないよ。花も咲いているが、この草原は、スライムの遊び場だ」
「ええっ! お花みたいに小さなスライム? かわいいっ」
「ふっ、ジュリちゃんがいた集落には、年寄りのスライムしかいないからな。海辺の集落は、いろいろなスライムがいる。スライム神の祠もあるからな」
「スライム神って、私にギフトをくれた神様?」
「あぁ、そうだよ。俺は、ギフトを失ったときに帰還魔法が発動して、海辺の集落に戻ってきた。この島でしばらく働いていれば、俺の物質スライムが復活するらしいけどな」
「帰還魔法?」
「俺の命を守るために、俺に与えられた物質スライムが自爆したんだ。気がついたら、海辺の集落にいた」
お兄さんは、また辛そうな顔をしてる。でも、この島で働いていれば復活するって言ったから、大丈夫よね?
「お兄さんの物質スライムって、剣なの?」
「いや、槍だったよ。あぁ、ここで少し休憩しようか。たくさん歩いて疲れただろう」
草原の真ん中くらいの場所で、お兄さんは立ち止まった。そして、草原を流れる小川のほとりに座っちゃった。私よりも、お兄さんの方が疲れているみたい。
お兄さんは、靴を脱いで素足になると、小川に足をちゃぽんと入れたの。左足には、銀色の何かが、くっ付いてるみたい。
「ジュリちゃん、俺の左足に付いている金属が、俺の物質スライムだ。毎日、ここの水で冷やしてるんだよ」
「四角い板みたいなのが、物質スライムなの?」
「あぁ、コイツが自爆したときに、俺に刺さったんだ。たぶん、これがあるから、この島まで来られた。ここに来た直後は、砂粒くらいだったんだぜ」
「大きくなったの?」
「成長してるみたいだな。最近はすぐに熱くなるから、ここで冷やしてるんだ。祠を守る爺さんから、ここで冷やしてやれば復活が早いって教えられたからな。それに、ここは居心地がいい」
私もお兄さんの近くに座ってみた。
(あっ、たくさんいる!)
歩いてるときは、花に見えていたけど、小さなスライム達が、草の上を滑って遊んでいるみたい。
「小さなスライムがたくさんいるねっ」
「あぁ、そうだろ? この草原で寝転んでいて、スライムに埋まったこともあったぜ」
「ええっ? スライムに埋まっちゃうの?」
「赤ん坊のスライムは好奇心旺盛だからな。普通の人間には近寄らないが、物質スライムに守られている人間のことは、仲間だと思っているらしい」
私の膝の上に、小さなスライムがポヨンと乗った。すると、競争するみたいに、たくさんのスライムが飛び跳ねてる。
「私も仲間なのかな。ふふっ、こうやって埋まっちゃうのね。でも、飛び跳ねすぎて落ちちゃう子がいるよ」
膝の上が、小さなスライム達でいっぱいになってきた。みんな、私の顔を不思議そうに見てる。初めて見る顔だからかな。
「川の近くにいるのは赤ん坊ばかりだから、下手くそなんだろ。ここで育ったスライムは、海辺の集落から大陸へ渡ることもあるんだ。だが、大人のスライムは、こんなに人懐っこくはないぜ。むしろ、敵意剥き出しだったりもする」
「ふぅん。山の中のスライム達は、長老様も、みんな優しかったよ」
「あの集落は、特別だからな。海辺の集落にいるスライム達は、人間を奴隷だと思っている。だから、別の集落に移った人間も多いんだよ。この島には、他に4つの人間の集落があるからな」
お兄さんの言葉には嘘はないと思う。澄んだ目をしてるもの。だけど、さっき見たときには、スライムなんて居なかったよね?
「そろそろ海辺の集落へ行こうか。村長は人間だ。他に何人かの人間がいる。何を言われても気にするなよ?」
お兄さんは立ち上がると、ふーって大きく息を吐いてる。ちょっと暗い顔になった気がするけど、やっぱり疲れちゃったのかな。
明日からは毎日1話更新していく予定です。
続きも読んでみようかなと思ってくださった皆様、ありがとうございます! すっごく嬉しいです。
作者は、ブックマークがつくと、続きを読んでくれるんだと、ホッとして喜ぶ習性があります。あ、もちろん、ブクマ使わないんだよなーという皆様も大歓迎です。
ジュリの話し方は、年齢とともに少しずつ変わっていきますが、スライム大好きっ娘な部分は変わりません。
どうぞ、よろしくお願いします(*´-`)