あの日の憧憬
色褪せた記憶。
遠い記憶にある風景は、どこか寂しげで優しい。
暖かいような寂しいようなその記憶から目を覚ますと、友人の運転する車の中。
「いつまで寝てんだよぉ〜、もう着くぞ〜」
運転席の男の子から声がかかる。
とはいえ、横の女の子も助手席の男の子も2人とも寝てる。
携帯を開くと朝出発してからすでに、4時間が経っている。
普段はそこまで寝るタイプじゃないのにな…。
ここ最近の疲れが出てしまったのだろうと思い、座り直す。
「あとどれぐらいで着きそ?」
「カーナビだと3時間くらいだって出てるけど、休憩したりするから…4、5時間じゃね?」
だいぶ序盤から高速を乗っていたからだいぶ、都心からは離れている。
SAでの休憩を挟んでいるが少しずつ都会ではない空気に染まっている。
自然がどんどん多くなっていく。
目的地の旅館に着くと、皆、ここまで寝ていたのが嘘のようにはしゃぐ。
「運転お疲れ様」
「ほんっとによぉ〜、1番きついところの運転任せやがってぇ…」
私が差し出した、コーヒーを受け取りながら悪態をつくが、その顔は笑っている。
なんだかんだ、彼もこの旅行を楽しんでいるのが伝わってくる。
そして、その時、脳裏にセピア色の光景がちらつく。
私はこの光景をどこかで見たことがある…?
謎の既視感に襲われながらも、仲間の待つ入口へ。
旅館の手続きをしている最中も、脳裏にあの一瞬の映像がちらつく。
今日は移動で疲れてしまったのだろうか?
部屋に案内され、荷解きをしている間に女の子が急に声を出す。
「いたっ」
「どした?」
見ると、中指のところが少し切れている。
「壁のところに、上着かけようとしたらなんかに引っかかって…」
上着の下には、フックが下向きについており、その先端は尖っていた。
「前にもそう言ったじゃん…えっ?」
思わず出てきた言葉に自分で驚いてしまうが幸いにも、仲間には聞かれていなかったようだ。
傷口もそこまで深くなかったので、絆創膏をつけているだけで大丈夫そうだ。
そんなこんなで、荷物を解き終わったら夕食の時間になってしまった。
出てくる料理にもどことなく、既視感を覚える。
温泉への道もトイレの場所も何もかもが記憶と一致する。
なんでこんな記憶が、思い返されるのか…。
なんともいえない不快感に包まれながらも、初日を終えた。
次の日は近くの山へハイキングする。という名目で、その山の奥にある、廃村を探索するのが目的だ。
山にはキャンプ施設もあって、そこそこに開発されているが、そんなところに手付かずの廃村があるなんて、ワクワクしてしまう。
それなのに、なぜかざわつく心はどうしてなのだろうか?
その山に近づくにつれて、心臓が速くなっていく。
もう限界だと、思った時には山の麓についていた。
その山をいざ目の前にすると、あんなにうるさかった心臓の鼓動が静かになる。
ぼーっと見上げている私に男の子が声をかけてくれる。
「おーい?どしたー?なに、怖くなっちゃった?」
ニヤニヤと茶化すように話しかけてくるが、愛想笑いを浮かべるだけで返事ができなかった。
不思議な顔をされたが、背中を押して先を急がせることで誤魔化す。
気のせいだと、自分に言い聞かせながら登山道を登っていく。
ある程度登っていくと、周囲の目がない瞬間に、横道にそれる。
木についているリボンを目印に数十分進むと、荒れているコンクリの道路にでる。
集落らしきものは見えるが、道が崩れていて入れない。
仲間の一人が、なんとか見つけたのか叫んでいる。
「おーい!!こっちからいけそうだぞぉ!!」
仲間の元に行くと、確かに坂道の名残のようなものがあった。
男の子の二人はスイスイ下っていくが、私ともう一人からすればきつい。
普段、運動していないのがここにきて効いてくる。
どうにか、こうにか下ることができた。(何度も転びそうにはなったけど…)
集落の入り口に着くと、頭痛が襲ってくる。
また、セピア色の風景が全て覆う。
そこに、重なる人影。
しかし、今回いるメンバーの誰でもない。
その人物に体がついていこうとすると、現実に呼び戻される。
「…いっ!?おいっ!?聞こえてるか?」
「あ、ごめんっ…ちょっと疲れちゃったのかな…?」
実際、本当に疲れが溜まってしまって、こんな変な幻覚を見てしまっているのかもしれない。
それに、今見ている風景と幻覚も建物の位置は同じ…。
もしかして、この記憶は過去のこの場所の記憶なのだろうか?
その割には随分と最近のような記憶だったけど…。
とりあえず、今はこの探索に集中しよう。
横を見ると、女の子もかなりバテているようだし私の体調も良くないし提案しよう。
「ちょっと疲れちゃったからさ、休憩挟まない?ここまで休憩なしだし」
「それもそうだなぁ、そんじゃ、休めそうな家で少し休憩しよう!」
手分けして、綺麗な家を探す。
その中で、とても見覚えのある家を見つける。
中は小綺麗にされていて、最悪、泊まることもできそうなくらいになっていた。
これでも、数十年経ってる集落のはずなんだけどな。
家具とかは確かにボロボロだけど、人が五、六人はゆったり寝れるくらいのスペースは確保されている。
まるで、誰かが頻繁に来ているかのような。
とりあえず、休憩できそうなところは見つけたから、皆に伝えてこよう。
伝えにいく前に、簡単に綺麗にしておいてから向かう。
皆と合流して報告会をする中で少しずつこの集落の全体像が見えてきた。
とはいえ、そこまで大きくないので想像通りの情報しか得られなかった。
ひとまず、私の見つけた家のことを話すと、休憩を取ることに。
見つけた家に案内すると、皆も同じところに疑問を抱きつつも、これ以上のところはないので休むことに。
簡単な軽食と水分補給をして今後の予定を立てる。
その時、外から人の声がする。
それも、叫び声が。
驚いて固まってしまう私たちだが、男の子が勇気を出して外を見にいく。
つられて、女の子が立ち上がるが、後ろから変な音が聞こえる。
ゴトッ…
振り返ると、もう一人の男の子の腕が落ちている。
本人も驚いて声が出ていない。
ズレたか…
そんな声が聞こえて、見渡すが、この場には声すら出せずにただ見つめている、女の子と男の子。
外を見に行った子も何事もないことを確認して振り返ったのか、固まっている。
今の声は…誰?
どれくらいの時間が経ったのか、腕を切られた男の子が叫ぶ。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「きゃーーーーーーーーー」
悲鳴がこだまする中、私はとても体が冷えるような感覚に包まれていた。
冷静にこの後はどうしなければならないのか、何が優先なのか考えている。
そんな自分が少し恐ろしくも懐かしい感覚。
良くわからない感覚に苛まれながらも、目の前の状況に対応していく。
その姿に皆も感化されたのか、黙々と状況把握をしていく。
外を見ていた子はもう一度外を見に。
女の子は、私と一緒に怪我の処置を。
ふと、床に突き刺さっている斧が目に入る。
シンプルなデザインの漫画にありそうな斧。
男の子の血で刃の部分が若干濡れている。
どうしてもその刃から目が離せない。
ふと気づくと、メンバーが集まって黙ったままだ。
しかし、このままでは気を失っている男の子が危ない。
「まだ日が登ったばかりの時間だから、今から、皆で移動すれば安全かもしれないよ!」
「そうだ…な、今は早くここから帰ることの方が大事だよな…。」
その言葉に頷いて3人で役割分担をして帰ることに。
私と、もう一人の女の子で帰りつつ、体力のある男の子に助けを呼びに行ってもらうことに。
家を出る時に、また頭痛が襲ってきた。
そして見えている景色と、違和感が一致する。
これは、過去の記憶。
私が、以前ここで行ったことの記憶。
四肢が削がれた、男性と大の字で動かない女性。
村に入った時にいた男性は森で磔に。
ここは…私の狩り場だ。
自己暗示でこの山から出た時に記憶をなくすように強くかけていたせいで忘れていた。
遠くでカラスが鳴く。
獲物がかかった証拠だ。
村の入り口まで来た時、彼女を突き飛ばして意識を失わせる。
倒れた衝撃で起きた男性を引きずり家の中で四肢を切り落とす。
タオルを噛ませているので呻き声しか聞こえないが、なんともいえない感覚に陥る。
女性を連れてきてとある装置に入れる。首から先、手足だけが出ている箱型の中には無数の器具。
薬を注射すると、頬が紅潮し始める。
快楽で死ぬのはどんな感覚なのだろうか?
甘い嬌声が動物本来の叫び声に変わるまで聞いていると日が暮れ始める。
帰らなきゃ。
彼らを放置して山を降りる。
きっとニュースにもならない。
私は山の麓に着くと、何でこんな所にいるのか思い出せないまま、帰路についた…。
そして、ここまで書いたところで私はペンを置く。
家の中でコーヒーを飲みながら書いた短編小説。
連載中だがリアリティがあると人気が出始めている。
自分でもこんな分野に才能があるなんて思ってなかったから、意外だ。
次の話をどうしようか悩みが尽きない。
その都度、お出かけしてイメージを膨らませてくるのだが、今、知り合いのグループと遊ぶ予定を立て始めている。
その前に、あの山に一度行ってみようかな?
このシリーズのモチーフになっている山には、良く一人で行く。
あれ?でも、何であの山に決めたんだろう…?
そう思いつつ、空を見上げた彼女の横顔は不気味にニヤけながら、虚な目をしていた…。
と、パソコンに打ち込んだところで私の意識が帰ってくる。
作品に没頭すると、記憶が曖昧になるのよくない。
そして、思いついた文章をまた打ち込み始めてしまう。
周りに何人もの死体が転んだ状態で。
そしてこれを読んでいるあなたも、もしかしたら、記憶が曖昧になる瞬間がありませんか?
もしかしたら、ここまではあなたの妄想のお話で、実は自分の身に起きたことを書いているのかもしれませんね?
気づいたら、あなたの横にも彼らのような亡骸が…。
ここまで読んで、本当にあなたの意識はあなたの中にあるのでしょうかね…