そして…
どこかで…
ああ、思い出した
あの遠足当日の、朝の雨
悲しい雨を
─雨が降り始めた。
ようやく減らした池の酒が薄められ、水量が戻されていく。
自分は、茫然と空を見上げていた。
………。
酒を飲み続けているのは、先客のみになってしまった。上半身が池に沈み逆さになっても、飲む勢いは変わらない。
だが彼だけでは、残りの時間で飲み干すのは無理に思えた。
…典子。…先輩。
婆さんが、自分の前に立った。
「閉じかけていた門が、動きを止めた。あの二人は、意識を失ったまま、もうすぐそこを通り過ぎる。」
「………」
「あの世に引っ張られる前に、最後の手段を使うぞ。」
「……?」
「少し荒っぽいが、あの雨乞いの儀式を逆に利用して、この池に雷を落とす。」
「…どうなるのですか?」
「門が破壊され、二度と開かなくなる。あの二人も、ただではすまないないが、もう救う方法は他にはない。」
「……死ぬこともある、と覚悟しろと?」
「……うむ。」
「ちなみに、本当に死んだら、どうやってあの世へ逝くんですか?」
「門の正面左の受付、三番窓口…じゃなくて、時間がないから下がっていろ。」
「…はい。」
婆さんから、六歩下がって正座し、様子をみることにした。
婆さんは、両手を高く挙げて、何か呪文のようなものを唱え始める。
《世、始、光、地、由、雨、下、通、到、脱、絶……》
《……与、無、伝、来、令、提、荒、我、到…》《…爆雷どおおおおおおおんっ》
婆さんが、両手を振り下ろし絶叫した時、一瞬先客を直撃したように思えた。
自分は、その閃光と衝撃で意識が薄れてい…
───そして、
「…………た」
……?
「……な…た」
…ん…んん?
「…あ…な…た」
…誰かが呼んでいる?
「あなたっ、あなたっ、しっかりしてっ!」
………?
自分を呼ぶ声が聞こえたが、酷く眠い感じがして、目が開けられない。
仰向けに寝かされているらしい。体は、特に痛い所はなかった。
少し背中が痒くて、もぞもぞしてみる。
「…よかった。」
声の主も、少し緊張が解けた感じになったようだ。
「あなた、起きられますか?」
「…んん?」
強引に、自分の閉じられた瞼をゆっくりと開いてみる。
少し明るいなか、こちらの顔をのぞき込んでいる、女性がいた。
「私、わかる?大丈夫?」
「……大丈夫だよ、…典子?先輩?……え?」
「「ふふ。気がついたら私たち、一つになってたの」」
「……。」
「「あなたから見て、左側が私、右側が先輩。」」
「……。」
「「それで、私達の名前どうするかなんだけど、典子、琴実、利夫で¨のりこ¨にしました。って変わってないかあ。」」「……じゃあ、¨のりこ¨さん。利夫って誰?」
「「「ふふふ。真ん中に挟まっているじゃない?」」」
「……。」
¨のりこ¨さんの話によると、
「二人が一つになる時、目を輝かせた利夫が合体してきた」
と、婆さんが解説していたそうだ。
…利夫=あの少年か…
その婆さんも、
「孫を頼む」
と、消えてしまったそうだ。
池は水量を取り戻し、何事も無かったような、普通の風景にもどっていた。
…ただ、黒こげた先客が見える以外は。




