限界
─昔、「五色景」と呼ばれていた池があった。
どこにでも在るような普通の池が、突然に白く濁りだし、酒の匂いを放つだけではなく、その池の水を完全に酒にかえてしまうのだ。
すると、その匂いに引き寄せられるように人が集まりだし、我を忘れ限界を越えて酒を飲み続ける。
─やがて池は、その人達の嘔吐物で黄に染まり、嘔吐物に混じる血で赤黒く変化していく。
最後には、池に遺体が浮かぶのだ。
だが、次の日には、それらの遺体は無くなり、元の池に戻ってしまうのだと言う。
遺体は、どこへ行ったのだろうか?
そして、二時間が過ぎた。
池の酒は約半分に減るが、周りの人?たちの飲むペースは変わることがなく、二時間ずっと顔を突っ込んだままだった。
自分は、機嫌よく酒を啜ってる感じで、目的を忘れそうだった。
…エへへへへへ
後ろで、一人酒を舐めていた婆さんが何かに気付く。
「とうとう来たか…」
「うぇ?なぁにがぁ?」
「池の調整部隊だ。」
「どぉこおでーすかぁ?」
婆さんが指差す。
自分は、思わずその指をくわえてしまう。
「わんわんっ」
婆さんは、表情を変えず池の向こう側を見ていた。
「…………あそこだ。」 池を挟んで反対側に、人?たちがゾロゾロ集まってくる。
やがて、その集団がガヤガヤ打ち合わせを終えると、一人を中心に人の輪ができ、ゆらゆら揺れ動きだした。
「始まったぞ、雨乞いの儀式だ。もうすぐ雨が降る。」
「わふ?」
「アンタも、少し酔いをさました方が良いみたいだな。私の母乳でも飲むか?あはん。」
「…………結構です。」
「…そうか。」
「はい。」
「………。」
「…さて。」
元の場所に戻って、再び飲み始める。
だが、最初のペースに戻れる筈もなく、一口喉を通すにも時間がかかった。
周りを見ると、最初に比べて人?の数が少し減ったように感じられる。脱落者が出ているらしかった。
限界を超え、そのまま池へ落ち、沈んでいく猛者な人?たちは、二度と浮かんでは来なかった。
…えと…あの先客は、大丈夫だろうか?
気になって隣をみる。
先客は、うつ伏せ状態で池に浮かびながらも、酒をガボゴボ吸い込んでいた。
そして、冷たい雨がポツリ頬にあたる。




