争う
―池の底
(先輩が生きてるって、どういう事なんだ?)
少年は首を傾げ、¨分からない¨という表情をする。
(…とにかく、早く典子の所へ行かないと!)
少年が足を掴んで、それを拒む。
(何故だ。先輩に何か言われてるのか?)
少年は、身振り手振りで何かを伝えようと、必死になる。
(…つまり、先輩にこき使われている、と?)
少年は頷く。
(逆らえないんだな?)
少年は激しく頷いた。
(だったら、自分が何とかするから、典子の所へ行かせてくれないか?)
少年は迷っていた。
(典子と○○したいんだろ?)
少年が真面目に頷く。
(よし、典子の所へ早く引っ張っていってくれ)
池から這い上がると、女性の姿があった。誰か倒れているのも見える。
…立っているのは…先輩か?…じ、じゃあ…
先輩は、暗く静かな世界の中、その白い肢体を長い黒髪で隠し、こちらを見ていた。
「フフフ。」
……!
「声、出せないでしょ?」
先輩が、一歩近づく。
「体、動かないでしょ?」
先輩が、更に近づく。
「私、貴方のことを思い続けて…」
先輩が、両手を差し伸べる。
「私、生き返ったのよ。」
……!
先輩に抱きつかれた。その体は温かく、柔らかかった。
「私が生きているの、わかる?」
耳元で囁く声は、心まで怪しく響いた。
気持ちが揺らぎ、体の力が抜けそうだった。
「私と二人で、この…」
先輩がギョロリと目玉を下に向けると、足を掴んでいる手があった。
…典子!
「そう…簡単に…死なないわよ…」
「まだ、生きていたの?私達の邪魔はしないで。」
「貴女こそ、夫婦の邪魔してるじゃないの!」
「あら、私達はこれから夫婦になるのよ。アナタは関係ないわ。」
「うるさい!鴉女」
「なによ、蛙女!」
女性二人の言い争いが始まった。毒舌や汚い言葉が次々に吐き出されていく。
そして、お互いの罵声が次第に、高く大きく、早くなっていった。自分は、この場から逃げたかったが、体が動かない。
……。
やがて、¨言葉¨という弾丸が尽きて、お互いの沈黙に間が持たなくなった二人の女性は、激しい格闘戦に突入した。
相手の頬を平手で打ったり、髪を引っ張って倒したり鼻血が出る程に遠慮が感じられなかった。
暫く、二人は上になり下になり争っていたが、お互い掴み合ったまま斜面を転がり出すと、そのまま池へ落ちていった。
池に落ちても、二人はバシャバシャ争っているようだった。
…子供のけんか。
二人は暫くすると、お互い力尽き、沈んでいった。
…やれやれ。




