1話
今日は年に1回の町内夏祭りが開かれる。
お母さんに特別にもらった500円を握りしめて、ケンジの家に集合し、みんなで夕方までゲームをして過ごした。
「俺さ、今日2000円持ってるよ。屋台全部回るんだ」
「マジかよ、俺なんて1000円しかないよ」
「俺もたった1000円。ヒロは?」
「……俺も1000円しかねえわ」
嘘を吐いた。どうせ祭りが始まったら誰も覚えちゃいないだろうけど、500円と言うのは、なんとなく恥ずかしかった。
バレなければいいなと思うと、どうしてかドキドキしてきた。嫌な感じだ。
「今日さ、みんなでラムネ買い占めよう。俺らで独占しようぜ」
「いいね」
「いいね」
「……いいね」
しばらくゲームをしていると17時になったので、みんなで公園へ向かった。道中で時折、同じ小学校の奴らを見かけた。
屋台はついさっき営業を開始したばかりのはずなのに、もうすでに焼きそばやお好み焼きを食べている奴らがいた。ラムネを飲んでいる奴もいる。
「みんなでたこ焼き食べようぜ」
「いいね、分けっこしよう」
「うん」
ケンジが8個入りのたこ焼きを1パック買って、みんなで2個ずつ食べた。外側がカリカリなのに内側がトロトロしていて、アツアツでとてもおいしかった。
「あんまりおいしくねえ!」
「ギャハハ! ホントだ!」
シュウとリョウが騒ぎ始めた。ケンジは猫舌でまだ食べている最中だったが、微妙な表情をしている。
俺は何となくたこ焼きの屋台のほうを見た。近所に住んでいる顔見知りのおばさんがたこ焼きを作っていた。目が合うと、おばさんは笑った。俺はとっさに目をそらしてしまった。
「あ、ルナとエリだ」
シュウが指を差したほうを見ると、同級生のルナとエリが祭りに来ていた。どちらも浴衣を着て、髪を涼し気にまとめている。実に良く似合っている。
「ホントだ、浴衣着てんじゃん」
「全然似合ってねえ!」
「なあ、そんなことよりさ、次何食べる?」
「焼きそば食おうぜ!」
俺たちの騒ぐ声が聞こえたのか、ふたりがこちらを見た。
俺たちはなんとなく、ケンジと俺、シュウとリョウの二組に別れた。ケンジと俺は焼きそばを買いに、シュウとリョウはルナとエリに話しかけにいった。
「ヒロ、18時から公園の真ん中のステージで出し物があるから、ラムネのビー玉投げて邪魔しようぜ」
「うん、分かった」
「焼きそば食ったらラムネ買おう」
「……うん」
焼きそばは並ばずにすぐに買えた。焼きそばを作っているのはルナのお母さんで、パックに詰めて渡してくれたのはルナの高校生のお姉さんだった。ベンチに座ってケンジと話しながら、俺はシュウたちが何を話しているのか気になり、聞き耳を立てていた。
「お前ら、わざわざ浴衣着て来たんかよ? 髪型も変えてさ」
「なに、いいじゃん別に」
「ねえルナ、無視しよ。天パのシュウに髪型のこと言われるのムカつく」
「ギャハハ、シュウ、天パだって!」
「うるせえよリョウ! ブスのたわごとに反応するな」
彼らがくだらない言い合いをしている最中、俺はルナの茶色がかった髪の毛が夕焼けに良く映えるのを見つめていた。
「お前さ、どっちが好きなの?」
「え?」
ケンジが急に話しかけてきたので、俺は驚いてしまい危うく焼きそばを落としかけた。
「俺はルナのこと好きなんだよね実は。内緒な」
「そ、そうなんだ。意外だな。」
「ヒロは?」
「俺は、別に」
「ふうん。あのさ、焼きそば美味いな」
「うん」
俺とケンジは焼きそばを食べてから、ラムネを買った。
「ラムネ4本ください」と言うと、日に焼けた顔の若いお兄さんがにっこりと微笑んで、デカいバケツの氷水の中からラムネを選ばせてくれた。ひんやり冷たくて、気持ちよかった。俺とケンジが2本ずつ選ぶと、お兄さんは布きんを渡してくれたので、俺たちは手とラムネの瓶を拭いた。代金は全部ケンジが払ってくれて、俺は500円玉を見せずに済んで少しほっとした。
戻ってきたリョウとシュウに1本ずつ渡して、みんなで飲んだ。飲み終わったらキャップを外して、瓶の中からビー玉を取り出した。
「ビー玉1個ずつで足りるかな?」
「2個投げるヒマないと思う。みんな投げたらすぐ逃げた方がいいよ。兄ちゃん去年バレて怒られてたから」
「マジか、分かった」
お腹も膨れてきて、俺たちはベンチに座って少し休んだ。
日が落ちて暗くなってくると、公園中央に設置されたステージを中心にチープな電飾が辺りを照らし始めた。
だんだんと人が増え、賑わいを増していく。生温い風が吹いて、いろいろなものが混じった匂いがした。
大人たちがステージに集まって、なにやら談笑している。もうすぐ出し物が始まりそうだ。
これからが祭りの本番だ。なんだかワクワクしてきた。
「よし、そろそろ坂の上にいこう」
「お、いくか」
「いこうー」
俺たちは公園の奥の坂を上り、茂みに隠れた。この辺は屋台が無く、近くに誰もいないので探されない限りは見つからない。
正直なところ俺はステージの出し物を見たかったが、ケンジの言うままにただついてきてしまった。だが、ひとりでステージを眺めるよりはこちらのほうが楽しいのかもしれない。
18時になり、学校のチャイムが遠くから聞こえてきた。
それから少しするとステージがライトアップされ、派手な格好をした見知らぬおじさんがステージ中央に出てきた。マイクを持って何やら喋っているようだが、音質が悪く何を言っているのかは聞き取れない。ボソボソ音が終わると、ステージの正面に集まっている低学年の子どもたちがまばらに拍手をした。
「去年は最初マジックショーだったよな」
「しょうもない手品だったな」
「めちゃくちゃつまらんかったよな」
去年の夏祭りのマジックショーは俺も覚えている。手品好きだというイイジマさんというおじさんが、昔テレビで見たような耳が大きくなったりトランプのカードを口から出したりするマジックを20分近くやっていて、ひとつひとつは達者だったかもしれないが繋ぎのトークが全然面白くないものだから、俺はかなり退屈しながら見ていた。
その途中、何やら石のようなものがステージに投げられて非常に驚いた記憶がある。思い返せばあれは多分ケンジの兄貴がビー玉を投げていたのだろう。
数分後、ステージのおじさんが脇に捌けて、大げさなBGMとともに別のおじさんが出てきた。誰だかわからないが、あれはどうやらイイジマさんではない。イイジマさんはもっと年老いたおじさんだったはずだ。
「……あれうちの父ちゃんだ」
ケンジが立ち上がって言った。俺とシュウとリョウは「え?」と声を合わせ、それから何も言えなくなった。
「何やってんだよ」
ケンジは立ったまま俯き、喋らなくなってしまった。俺たちは何も言えず、しゃがんだまま黙ってケンジを見ていた。
BGMが終わると、小さな拍手が起きた。マジックショーはどうやら去年と同じように盛り上がらなかったようだ。
「次はギターの弾き語りだって」
「誰が歌うの?」
「さあ?」
しばらく待っていると出てきたのは、いつか近所で見たことのある大学生らしきお兄さんだった。アコースティックギターの音色は綺麗で、声量も素晴らしく、俺たちはいつのまにか彼の歌声に聞き入っていた。
不意にケンジが振りかぶって、ステージに向かって思い切りビー玉を投げつけた。ビー玉はステージに命中し、パキッと板を割るような音を立てた。突如の出来事に演奏は止まり、あたりに小さな悲鳴が響いた。
俺とシュウとリョウが呆然としていると、ケンジは公園の出口に向かって走り出し、俺たちも慌ててついていった。
数百メートル走って振り向いたら、誰も追いかけてくる大人はいなかった。
辺りの暗闇の奥に、公園の明るい光がさっきまでと変わらずに輝いて見えた。