一話 竜の洗礼①
小型のクルーザーの中で、波を掻き分け走る船の音と一緒に少女の荒い息遣いが聞こえる。
「はあっ、はあっ……姉上、もうっ、激しいんだからぁ」
「ごめんごめん」
短い丈のホットパンツから伸びた姉の太ももを枕にして、妹の玲姫は汗だくで息切れし、参っていた。
服は乱れ、頬が朱色に染まっている。
「船に揺られてたら、ついムラッと来ちゃって」
「船が出て少しして、いきなりだよ……まったくぅ」
姉と同じホットパンツを履いている足を伸ばして、脱力したまま姉の顔を見上げる。
「……ねぇ、姉上」
「んー?」
「どうして私たちは捨てられたのかな?」
「本当の母親の話?」
「うん。その母親の蝶泉って人は凄い家の正妻なんだよね。でもそれならなんで私たちを捨てたの? 別に私たちが生まれても何も問題はないはずだよね」
「さあ? どうなんだろ」
妹のおでこに張り付く前髪をかきあげつつ、龍布は表情ひとつ変えずに言った。別段気にしてないようだ。
「気にならないの?」
「別にね。こうして玲姫といられればそれでいいから」
「もー、そんなこと言っちゃって。姉上まだ物足りないのぉ?」
「あと今日一日全時間はできるけど。する?」
「……無理かな、体力的に。やりたい気持ちはあるんだけど」
「もどかしいねぇ〜、人間」
「それにもう学園の島につくでしょ」
「うん。さっきから前方に見えてる」
姉の言葉に、玲姫は起き上がって前を見る。
目の前に広がるのは人工物と自然が織り混ざった島。あそこに天宮姉妹が通う事になる銀漢女学園がある。
その時、龍布は左手の方向に何かあるのを見つけた。それは海に浮かぶ船だった。
「玲姫、見て。あの船」
「ん? わあ、おっきい」
「港につかずにどうして海の真ん中で停泊してるんだろうね」
「もしかして島の誰かの船だったりする?」
「あんな大きな船、お金持ちじゃないと買えなさそうだけど」
左手に見えた船のことで話しているうちに、そろそろ島の港に着く頃だった。
「降りるよ、玲姫」
「待ってよ姉上」
クルーザーが港に停泊してから、荷物を持って姉妹は島に降り立つ。
島に降りて姉妹が真っ先に気づいたのは港の風景。なんと周囲にいる人たちはみんな女性ばかりだった。
「女の子だらけ」
「あ、姉上。あそこテレビ局が来てるよ」
玲姫が指差したのは本島から来たであろうテレビ局のクルー。四人組で、一人がマイクを持ち、一人がスマホでマイクを持った女性を映している。
「えー、スマホで撮っているのは申し訳ありません。ブレて酔ってしまうかも知れませんがご了承ください。そして見てください、この島の光景を! 見事に女性しかいません」
マイクを持っているのはリポーターで島のことを説明して行く。
「ここはかつて邪馬台国の時代に卑弥呼女王が作ったとされる人工の島であり———男子禁制の島となっております。昔からの格式を守りつつ、現代に合わせた文明の開化を見せており———島にやって来た本島の人とも連携して、今この島は———高度な発展をしています」
歩きながら、途切れ途切れに喋っているリポーターがどんどん島の内部の方へと向かうのを見送ってから、天宮姉妹は顔を見合わせる。
「で、これからどうするの?」
「まずこの大通り」
龍布は港から西側に広がる人通りの多い、大通りを指差した。
「ここを通って先にある学園に行くの。そこで寮に入って荷物とか置いて、それで自分のクラスに行く」
「クラスは島から送られて来た手紙に書いてたよね」
くしゃくしゃになった手紙をカバンから取り出して玲姫は確認する。
龍布も袖が無く脇の下まで出ている服の、脇乳に手を入れて、乳の下から綺麗に封筒のまま保存していた手紙を取り出して、開いて確認した。
「姉上いっつもオッパイの中に物入れてるよね」
「ここが一番安全だからね」
そして自分のクラスを確認してから、二人は歩き出そうと決める。
「さて、行こっか」
「うん」
が、彼女らは足を止めざるを得なかった。なぜなら前方から先ほどのテレビ局から来た取材班の4人が、必死な形相で走ってきたからだ。怯えた様子で一目散に逃げて来て、服も乱れてしまっていた。
「きゃあああ!」
「も、もういやだ! こんな島!」
逃げて来た取材班は天宮姉妹が乗って来たクルーザーに飛び込んで乗り込むと、操縦者に頼み込んで島から逃げて行った。
「一体なんなの?」
玲姫は口を開けたまま、島の内部の方へ目を向ける。彼女らが逃げて来た理由がこの先にある。
「なんなんだろう。ねぇ、姉上」
「ん? 気になる? じゃあ聞いてみる?」
「え、聞くって……ええっ⁉︎ その人さっきのリポーターの人⁉︎」
龍布が何気ない顔で肩を掴んでいたのは、取材班の一人でリポーターをやっていた女性だった。
リポーターは驚いた表情で口をパクパクしている。
「姉上、その人どうしたの? てかさっきのクルーザーに乗ってなかったんだ」
「うん。乗り込む前に捕まえた」
「あ、あの! た、助けてください! こ、こんな島にいたら命がいくつあっても足りません……!」
リポーターはそう懇願するが、龍布は気にせず彼女に顔を近づけた。
「さっき見た時も思ったけど、お姉さん美人だよね」
「えっ」
「事情を知りたかったけど、ま、いいや。抱こう」
「へっ?」
龍布の手が素早く女性リポーターの乱れた服の隙間に入り込んだ。
———三分後。
声にならないうめき声をあげて、リポーターはその場にドサッと倒れ込んだ。その顔は疲労感がありつつも気持ち良さげだった。
龍布はペロリと唇を舐めると、小さくため息を吐いた。
「ふうっ、この程度でやられるようじゃ確かにこの島でやっていけないわね」
「出た、姉上の女好き……」
「玲姫もする?」
「し、しないしないしない! さっき体力無いって言ったでしょ!」
「そっか」
姉は抱くと決めたら妹だろうと老若美醜問わず、相手の意思も問わずに抱く。そう言う人だ。だから妹も必死になって回避した。
「噂通りの場所みたいね。ここは」
龍布は島の内部に目を向ける。
ふと、空を見上げると曇り空になっていた。
「灰色の空……降りそうね。せっかくの日なのに」
「え、雨? じゃあさっさと行こうよ」
「ええ」