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銀漢女学園  作者: 灰色のネズミ
序章
1/2

プロローグ 灰色の世界

呂布と王允は同じ并州出身

 和風情緒。江戸間畳六畳、同じような家と比べると広くも狭くもない中途半端な広さ。部屋の四分の一ほどを占める机と、藍色の座布団。

 壁には『東拓(とうたく)』と書かれた代紋がかけられ、上座の後ろには『酒池肉林』と書かれた掛け軸、その前にピンク色でパッと花開いたダイヤモンドリリーが花瓶に飾られている。

 その掛け軸の隣の棚の上には七つの宝石が埋め込まれた宝剣が横に飾られている。

 そんな部屋で下座の位置に座る二人の少女。



「うあー、姉上〜、ひま〜!」



 足を大っぴらに開いて、着ている浴衣の裾を大きくめくったままダルそうにあぐらを描く少女。黒と白が交互に別れたツートンカラーの髪色をした背の低い子で、隣にいるもう一人に向かって愚痴りながらだらし無く欠伸をした。



「……玲姫(れいき)、足開くのはやめなさいって言ってるでしょ」



 そしてその隣にいるのは正座して、正しく綺麗で慎ましやかな姿勢をしたまま、優雅にお茶を飲む白髪の少女。湯呑みを口から離してから隣にジト目を向ける。

 玲姫と呼ばれた方は、注意されても足を閉じようとはしない。



「別にいいじゃーん、ここ自分の家なんだしー」


「ならこう言うのはどう?」


「え?」



 コト、と静かに湯呑みを机に置くと保育士が子供に言い聞かせるように人差し指を立てる。



「実はここに隠しカメラを設置してます」


「は?」


「それもちょうどあなたの脚の間が見える位置に」


「はあ⁉︎」



 それを聞いて慌てて手で浴衣を抑えて、足を閉じようとしたところで———止まった。そして睨む。



「嘘ね。隠しカメラなんて本当はないんでしょ」


「隠しカメラと言うのだから隠しているのよ? あるのかどうかは確かめないとわからないでしょう? どうしてそう言い切れるの?」


「なんで姉上が私のノーパンの股ぐらを撮りたがるのよ、動機がないわ」


「動機のみで判決降るなら裁判官の仕事は楽でしょうねぇ」


「………」


「本当にないと思う?」


「あー! もう!」



 玲姫は四つん這いになってさっき姉の言った場所を探す。自分の股ぐらが取れる位置にあると言った。だから上座の方向だ。『酒池肉林』と書かれた掛け軸とダイヤモンドリリーの辺りを入念に探し始める。



「………ないじゃない! ほらやっぱり!」


「隠しカメラなのよ? そう簡単に見つかるかしら」


「なによぉ……見つかるまで探せって言うの?」


「いいえ、あなたが足を閉じればいい話」


「ふ、ふざけんな……いいわよそれじゃあ!」


「ほ?」


「こうなりゃ意地よ! これでも東拓一家で育ってきたんだから! 私は隠しカメラなんてないと信じる! だから足は絶対に閉じない!」


「相変わらず変なところで意地張るわね〜」



 どかっ、とさっきよりも大きく足を開いてあぐらを描く。そんな妹の様子に姉も苦笑するしかない。

 そんな時に襖の向こうから複数人の足音が聞こえてきた。力強く、重い音だった。それが聞こえた途端、玲姫はさっきまでの意地はどこへやら、すぐさま姿勢を正して座った。



「おやぁ〜? 足を閉じたって事は、隠しカメラはあるつまり負けを認めたって事でいいのかにゃ〜〜〜?」


「停戦だから!」


「まったく」



 バカほど煽ってくる姉に言い返したい妹と、そんな妹の頭を撫でる姉。撫でられる妹は嫌そうではなかった。

 そうこうするうちに足音はこの部屋の前で止まった。そして襖が開くと、現れたのは偉丈夫。



「お父様、お待ちしておりました」


「パパ、おかえり〜」



 姉は土下座し、妹は胸の前で片手を振って、別々の方法でその男を出迎えた。

 現れた偉丈夫は二人の『父』であった。父は後ろにいた数名のスーツ姿の部下達に下がるよう命じてから、部屋の中に入ってきて上座に座った。



「待たせたな、ちょいと芦馬(あしば)一家の方と色々話してきてなぁ」


「パパ! 今日は何の日か知ってる?」


「もちのロンよ。二人の新しい門出だ」



 父は二人の顔を交互に見て、そして柔和に微笑んだ。

 いつも部下や敵対勢力の人間から怯えられる怖い顔も、娘達の前では柔らかい。そんな父が娘二人も好きだった。



「お父様」


「ん? なんだ龍布(りょふ)



 龍布と呼ばれた姉は、しずしずと要件を言おうとした。だがそれを遮って玲姫が叫ぶ。



「お祝いなんだよパパ! お菓子とか買って来てくれた⁉︎」


「え?」


「ちょっと! 私たちが新しい学校に行くのってパパにとってはそんなものだったの! ひどーい、うわ〜んお姉ちゃーん!」



 嘘泣きしながら胸に顔を埋めてくる妹に、顔に感情は出さずに内心で辟易としながら、仕方なく頭を撫でる。

 そんな玲姫の泣き真似にすっかり騙された父親は焦り始める。



「わ、悪い! そんなつもりじゃないんだが……わかった! 今から部下にお菓子買って来てもらうから! 何がいい?」


「わーい! 最近、バンブーの山崎とマッシュルームの里崎を同時に食べるのにハマってるんだ〜!」


「なにそれ」


「わかった! おいゴラ! 超特急で買ってこい!」



 ドスの効いた声で襖に向かって命令を飛ばすと、襖の向こうから返事が聞こえて、慌ただしい足音が遠ざかって行った。



「パパ大好き!」


「まったく、玲姫のわがままで走らされる人の気持ち考えたら?」


「龍布は何もいらないのか?」


「指示飛ばすの早すぎて言う暇なかったでしょ」


「部下ならいくらでもいる、いくらでも命令できるし買って来させられる」


「あ、じゃあ私は玲姫の言ってたやつのイチゴバージョンで。ウサギの絵が描かれてるやつ」


「行ってこい!」


「はい!」



 またも繰り出される部下の足音。



「お姉ちゃん人に気持ち考えろとか言ったくせにちゃっかり頼むんだから」


「だって欲しかったんだもん。玲姫だけズルいでしょ?」


「あー、こほん。そろそろ本題に入っていいか?」


「あ、すみませんお父様」


「ごめんねパパ」


「さてお前らをここで待たせていたのは他でもない。明後日の『銀漢(ぎんかん)女学園』への転入の件だ」


「はい、わかってます」



 龍布が頷き、玲姫も頷く。

 それを見て父は話を続ける。



「では、何のために行くのか龍布と玲姫の順番で答えてもらおう」


「学校行くのに理由とかないと思います」


「新しい自分を見つけるためだって思ってた」



 礼儀正しい龍布は突っぱねるような事を言い、逆に態度が悪かった玲姫は目的を姉の答えに不安を感じながら答えた。



「ふん。まあどっちでもいいし、何でもいいし、何も無くてもいい。ただこれから行く銀漢女学園とはどう言う場所か、お前らもわかっているだろうな」


「はい。暴力の島です」


「うん。暴力の島だね」



 今度は答えが合致した。



「ふふ、そうだ。銀漢女学園のある島は学園都市であり、島内部にて学生同士の縄張り争いが絶えない。今でもあの島では誰かが誰かを殴り、誰かが血や涙を流している事だろう」


「けど今更ですよ。私たちにとっては」


「そうだねー、大の大人が血を流したり涙流したりして命乞いするところとか何百回と見て来たし」


「銀漢女学園の島は俺らの住む世界とは別世界だ。ま、お前ら二人なら大丈夫だろうけど」



 まず父は玲姫を見る。



「片や入学一ヶ月足らずで教師に噛みついた狂犬に……」



 次に龍布を見る。



「片や入学一日目で二年・三年の上級生を男女問わず全員一人残らず病院送りにした災害……お前らは自分のした事で銀漢に送られるんだ」


「その方がいいですね、私は喧嘩がしたいので」


「私はあのクソ教師が気に入らなかっただけですー」



 龍布は表情ひとつ変えずに真面目に言い切り、玲姫はつまらなそうに言った。そんな二人に父はニヤリと笑って、掛け軸の前に置かれたダイヤモンドリリーの方を見た。



「この花を送ってきたお前らの姉さんも銀漢にいる。アイツと仲良くできるか?」


「難しそうですけどね」


「そうなの? 姉上」


「ダイヤモンドリリーの花言葉は『箱入り娘』。ちょうど私が退学になって家にいるしかなかったタイミングで送って来たので」


「ありゃ、姉上への当てつけだったんだこれ」


「ま、ダイヤモンドリリーには『再会を楽しみにしている』というのもあるので、歓迎されるかどうかは行ってみないとわかりませんけども」


「かかか! 喧嘩になったならなったで俺に遠慮せずバッサリやってやれ!」



 父が高笑いするのと同じくらいに、部下達がお菓子を持って来た。玲姫は喜び勇んでバンブーとマッシュルームの同時食い、バンマシュ同時食いを実践し……龍布はひとつ摘んで、父にもひとつ分けてから机の下に置いた。



「甘いなこれ。さてよ、天宮(あまみや)龍布。天宮玲姫。東拓一家総長東拓(とうたく)真緒(まお)より最後の激励だ」


「はい」


「もごもご〜」


「……お前らを養子に迎え入れてもう何年だろうか。赤子の時に捨てられていたお前らを拾い、我が家に迎え入れた。ウチの職業のせいであまり良い経験はされられなかったと思う。だが俺は家族を愛している」


「はい、わかってます」


「それで……今まで話してこなかったんだが、お前らを捨てた母親のことを知りたくないか?」


「え?」


「し、知ってるの?」



 姉妹は強張った表情に変わる。今まで自分達を捨てたのは実の母であると言うことは『父』からも聞いていた。だが詳しいことまではずっと教えられなかった。



「ま、これでも裏社会の顔役なんでな。どんな情報も手段を厭わなければ簡単に手に入る。それで……知りたいか?」


「姉上……」


「玲姫、聞きたくないなら耳閉じてて。私は聞く」



 姉は真っ直ぐ父を見ている。そんな姉の姿を見て、妹も覚悟を決める。



「うん、知りたい」


「…………………。では、話そうか。お前らの母親の名は桜蔭堂(おういんどう)蝶泉(ちょうせん)


「桜蔭堂って、あの有名なお金持ちの?」


「知ってるの?」


「江戸時代からずっと残ってる由緒正しい家柄で、昔からお金持ちとして有名。確かこないだも大きなビルの建設資金を全額支払ったって聞くけど」


「そうだ、その大金持ちで当主も代替わりで決める昔ながらのしきたりを持つ家だ。そこの当主の正室がお前らの母親だ」


「え! じゃあ私たちってお金持ちの娘なの! やったー! 名乗り出たら私たちもお金持ちの仲間入りじゃん!」


「ばか、お父様の前で何言ってるのよ。と言うかもう私たちはお金持ちじゃない」



 広い居間の中央ではしゃぐ玲姫を宥める。



「そうだな。全くの真逆の世界にお前らの母親はいる」


「でも私らが子供だって発覚したら、その蝶泉って実の母親も立つ瀬なくなるのでは? 嫌がらせ以外に名乗り出る意味はなさそうですね」


「……………。まあ、向こうに行きたいなら行くでお前らが決めればいい。俺は止めん」


「それはちょっと寂しいですね」


「え?」



 実の母親のことを聞かされても全く動じず受け止めていた龍布だったが、父の一言に反応してきっぱりと吐き捨てた。



「私はお父様が好きです。本当の血筋が別の場所にあったところで、私がお父様に育てていただいた恩を忘れるわけがありません。だから……正直に言って欲しいです。どんな言葉でも受け止めます。お父様は私たちにどうして欲しいのですか?」



 眉を下げて悲しそうに言葉を連ねる龍布に、父・真緒も眉間に皺を寄せて、そしてなんとか口に出した。



「龍布と玲姫は、ここにいろ。この家にとどまれ」


「あはは、パパ……ううん、お父様は私たちにいて欲しいんだね」


「違う」


「「え?」」


「俺はお前らのことじゃなく、蝶泉の身が危うくなるからお前らにここにいろと思っている。俺の正直な意見はそれだ」



 眉を下げ、目尻を下げながらも、それでも父は言い切った。

 父の優先順位は養子の姉妹ではなく、その姉妹を捨てた母の方が上だと言うこと。それを聞いて龍布は気づく。



「もしかしてお父様と私たちの母親は知り合いなのですか?」


「………………」


「失礼します」



 龍布は浴衣の胸元からスマホを取り出すと桜蔭堂蝶泉を調べた。そして旧姓を調べるとそこには『天宮』と書かれていた。



「……桜蔭堂蝶泉の旧姓は、天宮」


「え! じゃ、じゃあパパが付けてくれたこの苗字って」



 赤子の時に拾われた姉妹は父から苗字を天宮と名づけられた。それが本当の母親の旧姓だったと言うことは。



「……実は、初めてお前らの顔を見た時にはもう、()()()が母親だとすぐにわかった。だからいつだって実の母親の事は話せた」


「でもそうしなかったのは、のっぴきならない理由がお父様にあったからなんですよね」


「昔俺はアイツに惚れていた。お前らを育てたのも、その惚れた心のままだったと思う。正直なところな」


「…………………玲姫、行こう。明後日の準備しなきゃ」


「え、姉上?」



 龍布は無作法に立ち上がり、父を見下ろしてから妹の腕を引く。一方玲姫の方は急な姉の行動に戸惑う。



「お父様」


「……なんだ」


「私たちが東拓家の実の娘である一つ上の姉様から疎まれてた理由、わかりましたよ。姉様がいるって事は、お父様は私たちの母親のことを一度は諦めたってことですよね。諦めて別の女と子供を作った。それでも私たちの姿を見て天宮蝶泉のことを思い出し、その心から私たちをここまで育ててくださった。姉様の心中を察すると同時に、お父様の心中も察せます。まだ未練があるようですね」


「……………」


「ずっと黙ってますね。そうする事で自分の———私たちの本当の母親を知りつつも、私たちの意見も聞かずに勝手に会わせないと決めた———罪悪感から逃げている。だったら私も———」



 立ち上がらない玲姫に業を煮やし、お姫様抱っこで抱え上げると。



「私も、寂しいって気持ちに押し潰されそうなので、逃げるためにお父様から離れます」


「龍布……」


「お父様、今までありがとうございました。では……」


「待って姉上。私からも一言言いたい」



 姉の腕から飛び降りると玲姫も一言。



「いつかまた話そうね、パパ」


「行こう玲姫」


「うん、姉上」



 そうして捨て子の姉妹は父の前から消えた。残った父は部下から声をかけられるのも耳に届かず、ポツリとこぼす。



「善悪定まらぬ灰色の世界……」



 七つの宝石が埋め込まれた宝剣がキラリと光った。

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