小迷宮伯に謁見
ベルデローナと話し合った日と翌日は休みにした。
請負人組合の食事処で場所を借りて、ボアカツを作ってガドルフたちやアンリ、ハロルドに振る舞ったんだけど、どこで話を聞いたのかベルデローナや調査の時の護衛パーティもやってきて大いに盛り上がった。
最後には食事処に対してレシピを売ることになり、すりおろし器はひとまずウチのを渡して、量産できたら送ることになった。
ちなみにレシピはカツとドレッシングの両方を売った。
翌日は領主に会うための綺麗な服や靴と献上品を入れる箱を購入。
その日のうちにベルデローナからハロルド経由で2日後に謁見することになり、併せて魔法薬を各5本購入したいと通達があった。
「献上品と魔法薬は忘れずに持ってきているか?」
「ばっちりやで!」
「わたしも確認したわ。問題ないわよ」
「俺は今問題に気づいたぞ。エルの嬢ちゃん。言葉遣いはどうにかならないか?」
「あかん?」
「子供だから大丈夫か……。最悪俺たちが代わりに話す。ただ、ライテ小迷宮伯はとても気さくな方だから問題ない……と思う」
2日間で指導するべきだったかもしれないとハロルドが反省している間に、組合へ領主の馬車がやってきた。
献上することを伝えたところ、迎えを出すと言われているのだ。
領主の使う馬車ということで期待していた通り、内装は綺麗。
椅子にはたくさんの布を使って衝撃を和らげられる工夫がされていた。
街中なのでそこまで揺れることなく領主の館に着いた。
館は組合から小迷宮を挟んだ向こう側にあり、周囲は庭付きの豪邸が立ち並んでいる。
その中でも一番大きな館が領主のものだった。
「でっかいな〜」
「領主だからな。それじゃあ話した通り俺が魔法薬を持って前を進む。エルは俺の後ろ。キュークスは献上品をもって最後だ。挨拶は覚えているか?」
「大丈夫。練習したし」
「失敗しても怒られないから気負うなよ」
「はーい」
「いつも通りだな。俺の方が緊張してそうだ……」
少し肩を落としたハロルドがシャキッと背筋を伸ばしてから、近くでウチらのやりとりを見ていた使用人に声をかけて先導してもらう。
ウチの歩幅に合わせるために何度か振り返りながら正面の大きなドアを通り、執務室へ案内される。
「旦那様。お客様をお連れいたしました」
「入れ」
「「「失礼いたします」」」
使用人が開けた扉を通り、3人で並んでから声を揃えて頭を下げる。
最後のキュークスが並んでから3つ数えて言うことになっていたけど、問題なく揃った。
「お初にお目にかかります。請負人見習いのエルです。よろしくお願いします」
「お初にお目にかかります。請負人組合ウアーム支部、戦技教導担当のハロルドと申します。本日はお時間をとっていただきありがとうございます」
「お初にお目にかかります。請負人のキュークスです。よろしくお願いします」
ハロルドは深く一礼、ウチとキュークスはスカートの裾をちょこんと持ち上げて礼をする。
キュークスは献上品の箱を持っているので片手だが。
荷物は使用人に預けることも可能だったけれど、ウチらは貴族でも商人でもないため、そこまで礼儀に厳しくない。
請負人が下手に慣れている方が嫌がれることも多いらしいので、ある程度の粗野感は出すべきだとベルデローナから言われて、最低限押さえておかないといけないことに関してのみの指導で済んでいる。
「こちらこそよろしく。わたしはアリオス・メイズ・ライテだ。このライテ小迷宮を含むライテ一帯を国王陛下から任せていただいている小迷宮伯になる。まずは、かけてくれたまえ」
執務机奥から立ち上がり、優雅に一礼したアリオス小迷宮伯。
30代半ばぐらいで、薄い茶髪に整えられたヒゲ。
落ち着きつつも綺麗な刺繍を施された服は、さすが貴族というべきだろう。
綺麗な服を買ったとはいえ、オーダーメイド品と比べると大きな差がある。
左腰に細い剣を下げているのは、いざという時に戦うことができるようにするためだろうか。
「本日の要件ですが……」
「待ちたまえ」
「な、なにか?」
部屋に置かれている応接用のソファに座り、お互い向かい合ったところで右隣に座るハロルドが用件を伝えようとした。
即座に軽く手を上げて発言を遮るアリオス小迷宮伯。
止められたハロルドとしては何か粗相をしたのではないかと内心焦っているだろう。
「そう急ぐことはない。客人に何のもてなしもしないのは貴族の名折れ。それに、お互いを知らぬ身なのだ。少し話したところで人となりを知ってこそいい関係が築けると思わんかね」
「その通りです」
「ふむ。ハロルドはまだまだだな。内心面倒だと思っただろう。目に出ていたぞ。その点獣人は表情がわかりづらい。これに関してはわたしも精進が足りぬ。エルにいたっては口を開けたまま呆けているではないか。このくらい素直であれば可愛げもあろう」
「わたしの年齢の男に可愛げはいらないと思いますが……」
「先ほどより正直だな。それでいい。下手な気遣いは無用だ。ということで、茶と摘めるものを頼む」
「すでに整っております」
よくわからないやり取りが終わると、ロングスカートのメイドさんがティーセットと焼き菓子が乗ったワゴンを押して入ってきた。
それぞれの前にお茶と焼き菓子を置き、一礼して出ていった。
その後、アリオス小迷宮伯が手を振ると、使用人も出て行く。
部屋にはウチらとアリオス小迷宮伯しかいない。
「すまない。少しだけ試したんだ。面倒な貴族はさっきのわたしよりも何倍も面倒だぞ。ハロルド、貴族とのやりとりは?」
「は、はい。今回が初めてです」
「そうか。それなら仕方ないな」
「それが素なん?」
「こらエル!」
「いい。気を使うな。そうだ。これが素だ。そもそも常にあんな振る舞いをしていたら疲れるだろう。貴族や商人に会うときぐらいでいいのさ」
「はぁ〜。大変やなぁ」
「そうだ。大変なのさ。それより茶と菓子を楽しめ。本題は落ち着いてからでいい」
そう言ってアリオス小迷宮伯はお茶を飲む。
ウチもカップを両手で持ち、少しお茶を飲んだ。
香りはいいけど甘くないお茶で、木の実を混ぜ込んだ焼き菓子を食べるとハチミツの甘みが引き立つ。
交互に楽しんでいるとあっという間に食べきってしまった。
「美味しかったか?」
「うん。お茶を飲むとお菓子の甘さがはっきり味わえるし、木の実の香ばしさはお茶の香りとマッチして美味しかった!」
「なかなかの感想を聞けてわたしも嬉しいよ。エルは貴族について何を知っている?」
「んー。なんも知らんかなぁ。街とかをいい感じにする偉い人ぐらい」
「付き合いがなければそれでもよかったが、これからはもう少し知っておく必要がある。軽くだが説明しよう。その前にこれを」
アリオス小迷宮伯は自分のお菓子をウチにくれた。
・・・いい人や。
改めてお茶と焼き菓子を楽しんでいると、アリオス小迷宮伯が迷宮王国へスペラスの貴族制度について教えてくれた。
貴族には国政貴族と迷宮貴族の2種類あり、アリオス小迷宮伯は迷宮貴族に属する。
国政貴族は国の運営に関わっていて、騎士爵、男爵、子爵、伯爵、侯爵と王族が臣下になった際の公爵という爵位にわかれている。
領地を持つのは子爵からで、騎士爵は騎士として国に支え、男爵以上は文官か騎士、あるいは使用人として国に支えている。
子爵以上は領地の経営をしながら国に対して税や物質を収め、国全体が豊かになるよう協力していて、飢饉や自然災害に他国の侵略などが起これば一致団結して対応する。
とは言っても一枚岩ではないし、裏では自身の利益を求めて動いているのが殆どらしい。
領民に負担をかけないのであれば、領地はある程度自由にできるのだ。
それぐらいの旨味がないと領地経営などできるものではないらしい。
「簡単にだが国政貴族については以上だ。何か質問はあるか?」
「う〜ん。領民に負担をかけたらどうなるん?」
「あまりにもひどい場合は王家の兵を差し向けて、その貴族を討伐といったところだな。そして、別の貴族を割り当てたり、領地を細かく分けて管理しやすくする」
「へー。王様も大変そうやな」
「そうだな」
苦笑するアリオス小迷宮伯。
続けて質問がなかったので、次は迷宮貴族についての説明に入った。
迷宮王国には小迷宮、中迷宮、大迷宮があり、それぞれの迷宮都市を治める迷宮伯がいる。
小迷宮伯は子爵相当、中迷宮伯は伯爵相当、大迷宮伯は侯爵相当になり、主な仕事は迷宮都市の治安維持と発展、迷宮の攻略管理と迷宮で取れる物資の管理になる。
迷宮都市は国政貴族の領地内にあるが、その都市だけは迷宮貴族の管理になる。
しかし、一歩でも外壁の外に出たら迷宮伯領ではなくなるため、問題が起きた場合などの折衝ではどこで起きたのかが重要だ。
また、外壁を広げるのはそのまま国政貴族の領地を狭めることになるため、日頃から周囲の貴族と上手く付き合っていかなければならないそうだ。
「わかりやすくまとめると、国政貴族は国の管理、迷宮貴族は迷宮の管理と役割を分けているんだ。わかったかい?」
「わかった。でも、何でそれをウチに説明してくれたん?」
わざわざ時間を取ってまで説明する必要はない。
魔法薬を買い、献上品を受け取って労えばそれで終わりなはずだ。
今の話を聞いたら、迷宮やこの街を管理していて忙しそうという印象ができる。
ベルデローナの指導を受けている時でさえ、指示をもらいに何人も部屋を訪れていたのだ。
請負人組合でそれなら、都市になるともっと大変だと思う。
「目の前にいる人間がどういう役割なのかを知ってもらうのが一つ、これから貴族との付き合いが増えそうだから予習を兼ねて一つだな。これでも都市を任されているんだ。口にする予想はある程度の自信がある」
「んー。なんで貴族との付き合いが増えるのかよくわからん……」
全く理由が思いつかなくて、首を傾げてしまう。
キュークスとベアロも、この発言には少し驚いたようで、キュークスは身を乗り出して話を聞こうとしている。
「今回の顛末はベルデローナからある程度聞いた。この街で活動している請負人パーティの敗走に調査依頼の発足。まぁ、これはわたしの依頼なのだが。早期の調査完了に階層主の討伐と希少な魔物の出現と討伐。報告のスライムは装備が整っていなければ苦戦し、整っていてもまともに戦えば収穫の少ない魔物だ。これを稼げる相手に変えたエルの固有魔法。どう考えてもこの迷宮だけで収まる魔法じゃない」
「そう?たまたまスライムは相性がいいだけで、他ではこうも上手くいかへんと思うけど……」
一回上手くいったからといって、これが続くわけじゃない。
スライム相手でも巨大スライムにはベアロの力が必要だった。
白いミスリルスライムが壁に逃げていれば追いつかない上に届かなかっただろう。
普通のスライムは別として、他はただ運と護衛が良かったんだと思う。
「なるほど。では、ハロルド。組合で入手している中迷宮と大迷宮の攻略状況は?」
「はい。中迷宮は様々な環境があり、草原以外では環境に合った装備を用意できず苦戦しています。特に南東にある海の中迷宮は遅々として進んでいません。大迷宮は複数の環境で構成されている広大な迷宮です。移動の負担もあることから攻略に時間がかかっています」
「それが公開されている情報だな」
「俺はこのぐらいしか知りませんが……。そもそも迷宮のない支部の所属ですし……」
「なるほど。キュークスは何か知っているか?請負人同士の話しで聞いたことでもいい」
ハロルドの答えは満足のいく解答ではなかったのか、キュークスにも確認を取る。
ウチはハロルドの情報も今知ったぐらいなので、アリオス小迷宮伯が求めている答えがなんなのかわからない。
そもそもハロルドの言った海の迷宮も気になるのだ。
海は塩っ辛い大きな水たまりで魚がいっぱい生息している場所だ。
そこに迷宮があるのはいいけど、もしかして水中に進まないといけないのだろうか。
そうだとしたら攻略に手こずるのも納得できる。
「中迷宮に潜っているワトスという者から聞きましたが、属性付きが出てきた後は状態異常が多くなったとか。状態異常を回復するための薬を作るには、その毒をを持つ素材が必要なので集めるのに時間がかかって進まないというようなことを聞きました」
「その通りだ。毒と言っても色々ある。出血毒に麻痺毒。嘔吐毒や神経毒。麻痺毒に出血毒の薬を与えても効果がないように、適切な解毒薬が必要になる。そして、その毒が強い場合、既存の薬では同じ系統でも効果が弱くて進行を遅らせることしかできない。強い毒を解毒するにはその毒を元に作った薬か、さらに強い毒を元に作った薬が必要なのだ」
「今は大元の毒を採取するのに苦労しているというわけですね」
「そうだ。そこでエルだ。報告によると小迷宮のヘビやクモの毒に対しても固有魔法は効果を発揮したとなっている。つまり、毒の採取が安全に行えるというわけだ。無論、中迷宮や大迷宮の魔物に対しても効果が発揮されるとわかった上で行うことになるだろうが、一度は向かってもらう必要が出てくるだろう。その要請を出すのは迷宮都市を管理している迷宮伯になる。もちろん今すぐという話ではない」
今すぐではないけれど、将来的に中迷宮や大迷宮に来てくれと言われる可能性があると。
しかも、要請を出すのは迷宮伯だから貴族との付き合いが増えることになる。
そして、迷宮博の要請を受けた場合通るのは国政貴族の管理する街道と領地なので、場合によっては挨拶する必要も出てくる。
例えば小迷宮の素材を届けたり、困っている事態に対してウチの固有魔法が有効な可能性もある。
迷宮伯として迷宮の攻略のために有用な人材を使うので、あなたもどうですかと薦めるのも貴族同士の交流でもあるそうだ。
使われる側としては心労が重なりそうだけど、貴族からの依頼は報酬も良くて組合からの評価も高いため、指名されて拒否する請負人はまずいないとはハロルドの言葉だ。
もちろん失敗した場合の違約金も多いのだが、そもそも実力がなければ指名されないので、失敗して払えなかったという話はないそうだ。
「なんかややこしくてよくわからん……。ウチを指名した依頼が迷宮伯からくるから、受けろってことやんな?」
「要約するとそうだ。別に断ってもいいが、その時は理由を伝えることだな」
「わかった」
指名依頼は受けるとだけ覚えておけばいいだろう。
難しいことは直面した時に考えるに限る。
今はまだ可能性の話だし。
「何か気になることはあるか?」
「んー……ないかなぁ」
「そうか。なら、これをハロルドに渡しておく。エルでも良さそうだが、最終的に組合にいくものだからな」
「これは?」
アリオス小迷宮伯が取り出したのは1枚の羊皮紙。
受け取ったハロルドは内容を読んで頭を抱えている。
よくわかっていないけど、貴族の前でそんなポーズをとるのは良くない気がする。
ウチの言葉を肯定するかのように、ハロルドを見ていたアリオス小迷宮伯が苦笑している。
「エル。おめでとう。見習い卒業だ」
「ん?どういうこと?」
・・・書類を受け取っただけで見習い卒業なん?は!あれが噂の卒業証書ってやつか!




