魔法薬
手に持った巨大スライムの魔石をポケットにねじ込み、蹲ったベアロに駆け寄る。
ウチの周りにはまだ溶解液がたっぷり残っているけど、ベアロの周りには小さな水たまりがいくつかある程度。
その水溜まりに囲まれるようにベアロはいた。
「ベアロ大丈夫?!」
「あ、あぁ。問題ない。スライムの触手に左腕を、倒した後の崩壊で体に溶解液を浴びただけだ。軟膏を塗って出たら診療所へ行くさ。この程度の傷請負人をしていたら何度も受ける。数日安静にしたら治るだうから気にすんな」
「でも、ウチを投げた結果やし……」
「提案したのは俺だ。どうしても気になるなら……そうだな、美味い食い物と酒をご馳走してくれ」
「そんなんでええの?」
「俺にはそれがいいんだよ!あぁ〜泣くな泣くな!別に死んじゃいないし、請負人を続けられなくなったわけじゃねぇんだ!」
「うん……」
痛々しい傷を見て自然と涙が出たウチを、困った声であやすベアロ。
気づいたら周囲をガドルフやキュークス、アンリにハロルドが囲んで様子を見ていた。
ハロルドとガドルフはベアロの傷の具合を確認し、アンリは魔力を見ているようだ。
キュークスは預けていた軽量袋からコップを取り出し、ウチに一言断ってから水を入れ、その水でベアロの傷やスライムの溶解液が付いた箇所を洗っていく。
痛みでうめくベアロに対して、傷が治るまでお酒は禁止だと伝えると、目を見開いて大きく口を開き一番ダメージを受けたような顔になった。
・・・熊がそんな顔したら凄い迫力やねんけど、ベアロだってわかってるから一気に可愛く見えるわ。野生の熊がこんな顔してきたらビビるけど。
「倒した後も厄介だが、液体は時間経過で迷宮に吸収されるのが早い分まだマシだな」
「普通に倒すならある程度分割してからの方が良さそうだな」
「そんなに凄かったん?」
深刻そうにワトスとそのパーティメンバーが話していたので、気になったことを聞いてみた。
ベアロが触手に襲われたのはウチを投げるために近づいたからだというのはわかる。
それで左腕で庇ったのだから、重点的に怪我をしているのだろう。
だけど、それだと防具がボロボロになったり、毛皮まで濡れているのには納得がいかない。
触手の太さを考えるとベアロ全体を飲み込むことになり、そうなると左腕の怪我が全身に及んでいるはず。
そうなっていないということは、触手以外の攻撃を受けたんだと予想した。
「あぁ、エルは中にいたからえあからないか。エルが魔石を取って突き抜けたぐらいで巨大スライムが大きく歪んだ後破裂したんだ」
「ドバッというよりドパァンって感じだったな。大雨で川が溢れた時の川岸以上の勢いだった……」
「それが触手を斧で防いでいたベアロを飲み込んだんだ。時間はそこまでじゃ無いがスライムの溶解液だろ。だから防具や毛皮が溶けたんだ。獣人だから毛が溶けるだけで済んでいるけど、俺たちだったら骨が見えるぐらいかもしれないな」
「こっわ……。想像しただけで痛いわ……」
想像して震えているウチを苦笑してみたワトスたちは、怪我しなくても怪我人を見ることはあるだろうし、最悪死人を見ることもあるから覚悟だけはしておくようにと、真剣な目で言ってきた。
その覚悟はまだできていないけど、言っていることはわかったので頷いて返す。
ワトスたちと話をしている間にベアロの応急手当てが終わり、左腕に包帯を巻いた状態でこちらに歩いてきた。
斧はグズグズに溶けていて、修理しても使えないことが素人のウチでもわかった。
防具は辛うじて原型をとどめているけど、これも再利用は難しそうだ。
「武器と防具どうするん?」
「これか?これは迷宮に捨てていくぞ。運が良ければ迷宮が吸収して魔法が付加された武具になるかもしれないからな。それに、スライムに溶かされた武具は再利用できないからゴミになる。持ち帰るだけ無駄だ。処理にも金がかかるし」
「こんなん言うてるけどええの?」
「犯罪の証拠を捨てるわけじゃないから問題ないぞ」
「そうなんか」
組合から出てきているハロルドに聞いたけど、使えなくなった武具を捨てるのは問題ないそうだ。
迷宮内で殺人が行われていて死体を吸収されたとしても、露見しなければ捕まえようがないのもある。
小迷宮は入場時の組合員証確認だけ、中迷宮以上は目的とパーてメンバーの一覧を提出する必要もあるらしいけれど、それでいざこざの抑止になっているかは正直何とも言えないと言われた。
言い切ると自己責任というわけだ。
「それよりだ!俺とエルの協力で目出たく巨大スライムを倒せたんだ!宝箱の確認といこうぜ!」
「わかった」
思ったよりも元気なベアロと一緒に、巨大スライムを倒してから開いた通路へと進む。
少しすると転移魔法陣のある部屋に着いたけど、最初に視界に入った物は魔法陣ではなく箱だった。
木で作られた赤い箱は、黄色い板で装飾されている。
宝箱だと聞いていたから、縁取りは金を使っているのかと思っていたけどそうではないようだ。
念のためじっと確認した結果、固有魔法も反応していないので罠はないはず。
「固有魔法は発動してないで」
「階層主を倒した時に出る宝箱に罠はないぞ。まぁ、これまでがなかったからといって用心しないよりマシか。じゃあエル、開けていいぞ」
「ウチでええの?」
「あぁ、俺は協力しただけだ。エルの固有魔法がなければこんな簡単に倒せてねぇさ」
「わかった。じゃあウチが開けるで!」
ベアロに勧められて宝箱に向き直る。
ウチがすっぽり入れるぐらい大きいから、盾やロングソードといった武具が入っているかもしれない。
さすがに箱いっぱいの金貨はないとは思うけど、逆に数枚の金貨しかなかったら笑ってしまうかもしれない。
「よっこいしょー!」
鍵はかかっていないため、蓋と噛み合っているところを少し手前に引っ張りながら持ち上げると開いた。
思ったよりも重かったため、気合が必要だったのは仕方がない。
この階層まで降りてこれて、身体強化ができない方が特殊なのだ。
「何これ?瓶に入った……水?緑と赤と青がある……薬?若干中身キラキラしてるけど飲んでいいもんなん?それともかけるもん?」
「おぉー!魔法薬じゃねぇか!使用者を選ばない分当たりだろ!エルには無駄な物かもしれないがな!」
怪我していない手で頭をぽんぽんと叩かれる。
衝撃が来ないように弾かれているけど。
込める力が強いのが悪い。
「魔法薬は文字通り魔法の薬よ。今はもう製法が失われているのだけど、緑が体力の回復と怪我の治療、赤が魔力の回復と土地や場所への魔力供給、青が毒の回復と毒を持った生物への劇薬ね。中のキラキラしたものが魔力で、多ければ多いほど効果が高いの。この薬はそこまで多くないけど、目に見えるぐらいには光っているから中の下ってとこかしら」
「そのぐらい」
宝箱の前で首を傾げているウチにキュークスが説明してくれた。
魔力の強さを判定したのはアンリだ。
父親のサージェが効果の弱いものから強いものまで一通り見せてきたから判断できると教えてくれた。
もっとも、見せるだけ見せて自慢で終わったというアンリの言葉には棘が含まれていた。
「それぞれ30本ずつ?にしては箱の大きさおかしくない?」
「たぶん二重になってる」
「そうね。……下も30本ずつよ。魔力の強さは同じ?」
「同じ」
合計で60本ずつあった。
1本の大きさもワイン瓶ほどあり、一度で全部使うわけではない。
栓をしっかりすれば分けて使えるため、貴族の家や大きな商会の人たちは各1、2本揃えていて、緊急時に備えて外出時には持ち出しているそうだ。
商人組合では、持ち込まれた魔法薬を小分けにして売ることで多くの人に分けることもある。
もちろんそれなり以上の値段はする。
請負人組合では即座に売れてしまうため、一定以上の実力がない場合変えないよう制限を設けている。
「ほんで、これどうするん?人数割り?途中で別れた人たちも入れたら1人1本かなぁ」
「いやいや。別れたやつらには渡さないし、俺たちも1本もらえるだけで十分だ。むしろ階層主と戦ってないのに1本もらうかどうかで悩むぐらいだぞ」
「ワトスさんのところはそうなんかぁ。ハロルドさんは?」
「護衛料として1本欲しい……と言いたいところだが、俺は組合の仕事だからな。貰えないんだ」
「はぁ〜、それは残念やなぁ。アンリさんは?」
「できれば1本。これで自分の魔法薬が手に入る」
「ウチは全然ええけどもっと欲しくないん?ガドルフたちは?」
「3人で1本ってところか。もし、エルが良ければベアロには2本ぐらい渡してやってほしいが」
「それは全然かまへんけど……ていうか!こんだけあんねんから1人1本でええやん!液体ミスリルの時といい遠慮しすぎやろ!欲はないんか欲は!何のために迷宮に潜っとんねん!」
「エル落ち着け」
「そうだ。色々知った上で判断してくれ」
足をだんだんと踏み鳴らしながら憤慨するウチを、ガドルフとハロルドが宥める。
ワトスたちのパーティは、いきなり怒り出したウチに驚いて少し距離をとっていた。
せっかくの宝を誰もが遠慮するのだ、不思議に思っても仕方がないだろう。
「まず……そうだな。調査依頼の内容を説明しよう。エルはアンリが引き込んだから詳細を知らないだろ?」
「そういや説明されてへんな……」
「まぁ、エルの能力を知った上なら問題なく遂行できると判断したのかもしれんが、説明は大事だぞ。まさにこういう結果になる」
ハロルドの言葉にアンリとキュークスが頷く。
誘われて、ワトスと固有魔法の検証をして、買い物しただけで説明は受けていない。
依頼の内容を知らずに参加するのはウチも反省点だ。
「調査依頼は参加した時点で報酬が出る。そして、潜った日数でも出る」
「当然やな。働いた分は出してもらわんと」
「そうだ。道中の魔物素材については、精算後にその時点でいた人数で均等割、端数はリーダーが受け取る」
「この場合はワトスさんやな」
「あぁ。そして、道中で宝箱や宝袋があった場合だが、これは発見者の物になる。階層主の場合は討伐者だな。装備できないなどの不要だった場合は、参加者に譲ってもいいが基本的には金銭で決着をつけることになっている」
「何でなん?」
「後々揉めないためだ。物を譲ったから貸し一つ何て言われるより、お金を出して買い取ったとした方が後腐れないんだ」
物を譲ったからしばらく下につけ、お前のパーティから人を寄越せ、伝手を紹介しろなど色々な交換条件が出された過去があり、その結果揉めることに繋がったのも少なくない。
果てには刃傷沙汰や犯罪を犯すものまで現れる始末。
あいつには無料で渡したのに俺には渡さないのかなどの揉め事も多発したそうだ。
「言ってることは分かる気がする……けど、これいっぱいあんねんで!1種類60本も!1本ぐらいもらったらええやん!」
ウチが指差した先には宝箱に入った魔法薬。
1種60本で3種類あるから180本。
どう考えてもウチの物にするには多すぎる。
「それなら買い取ろう。予想だが組合は1本金貨2枚で買い取るだろうな。そこから請負人が買えば金貨3枚から4枚ってところか。それならここで欲しい奴に金貨2枚で売ってやればいい。あと、ベアロは一緒に討伐しているから数本受け取る権利はあるだろう。護衛は……あくまで護衛が仕事だからな。エルが雇っているなら報酬をはずむ程度でいいぐらいだ」
「うーん……たしかに護衛に見つけたお宝渡すのはなんかちゃう気がするなぁ。でも、今回はウチが雇ったわけやないで」
「そうだな。だから、エルが組合に数本売る。組合から新階層の調査パーティに特別報酬を払うという流れにするのが一番だろう。もちろん欲しいやつには売ってもいい」
「なるほどなぁ……。じゃあ欲しい人には売る方向で!そんで、とりあえずベアロに一本使おう!」
数があるからというだけで、ただ単に分けてはいけないことはわかった。
ウチの物なので、ウチの判断で譲ったり使ったりしてもいいけど、その結果寄ってくる悪い人が居ないかどうかが心配だとも言われた。
・・・ウチ子供やもんな。言いくるめられたら渡しそうやし、それが無いと死ぬなんて言われたら譲ってまいそうやわ。
「どうやって使うんこれ?」
「外傷の場合は様子を見ながらかけるだけ、体力を回復したいなら飲む。かけすぎは効果がなくて、飲み過ぎはしばらく体力が減らずに寝られなくなるな」
「使いすぎたらもったいないな」
緑の液体が入った瓶を取り出し、抱えながら使い方を教えてもらった。
その間にベアロは包帯を解いて軟膏塗れの左腕を出している。
まずはウチから取った水で軟膏を洗い流す。
溶解液で皮膚が溶けて赤い肉が露わになり、思わず顔を顰めてしまった。
気合を入れてガラスでできた装飾された瓶の蓋をキュポンと外し、ゆっくりと傾けて緑色にキラキラ光る液体をベアロの傷にかける。
「うわっ、気持ち悪っ!」
「見ていて楽しい物ではないな!感触はくすぐったい感じだ」
「くすぐったいんやこれ……」
液体をかけるとすぐに効果が現れて、肉が盛り上がって繋がり、薄い皮で覆われたかと思ったら皮膚が濃くなる。
やがて毛が生えて元通りの熊っぽい左腕になった。
「毛が溶かされたところにもかける?」
「いや、勿体無いだろそれ。放っておけば伸びるから気にすんな!」
「わかった」
毛が溶けた部分はそのままで、自然に伸びるのを待つことになった。
魔法薬の効果を目の当たりにしたことで、ワトスたちは各2本ずつ購入。
ハロルドとアンリは個人資産で各1本ずつ、ガドルフはパーティ資産で各1本ずつ、ベアロに使った分を返してもらって各2本ずつ渡すことになった。
それでも減ったのは18本。
まだ200本以上残っている。
「どうすんのこれ……」
ウチは宝箱を前に呆然とした。
・・・そもそも持って帰れるか?軽量袋に入れてもガチャガチャしそうやし、割れたらもったいないな。宝箱ごと持って帰るか。




