投擲物ウチ
階層主の部屋前で話し合っても、どう戦うかの結論は出なかった。
戦うか、撤退か、調査としては十分な成果を上げているのに何を迷っているのか不思議に思っていると、ハロルドが教えてくれた。
「なぜ帰らないかの答えは簡単だ。迷宮の階層主を初めて倒した場合、確定で宝箱が現れるんだ。地下35階だから結構いいものが出ると思われる」
「それを諦めきれないってこと?」
「まぁ、そうだ。上手いこと消耗を抑えて倒すことができれば大儲けってわけだ」
「お金目的なら液体ミスリルでええやん」
「それはエルの嬢ちゃんのもんだ。面倒なのはわかるが俺たちには扱えないんだよ……。勘弁してくれ……」
「しゃーないなぁ」
しぶしぶもうこの話題を出さないことにした。
ハロルドを困らせながらもウチにできる事はないか考えてみた。
それでも何も出てこなかったので、とりあえず一度やってみることにした。
「とりあえず一回行ってみるわ。ここまで戻ってきたら大丈夫なんやろ?」
「そうだが……」
「なら、ウチが行くことで攻撃方法とかもわかるやろうし、見といてな!」
「お、おぅ……」
戸惑うハロルドを置いて階層主部屋に入る。
少し進んだだけでウチを捕捉したのか、巨大スライムの体が波打つ。
その波は徐々に大きくなり、複数の触手となって伸びてきた。
数えようとしてもグネグネ動いているせいでわかりづらい。
諦めて数歩進むと、触手が一本伸びてきて、ウチの頭上から降ってきた。
太さは一番横幅の大きいベアロでも問題なく飲み込めるぐらい太い。
「おぉ〜。土砂降りの雨よりすごいなぁ。これが滝っちゅうやつか」
ウチの頭のほんの少し上で周りに飛び散るスライムの触手。
バチャバチャというよりビチャビチャ飛び散るそれを気にせず前に進む。
「今度は横か」
スライムの側面ギリギリから触手が伸びて、横なぎに振るわれる。
動きは遅く見えたけど、近くに来ると結構な速度が出ていることがわかる。
ウチの後ろまで伸びている触手は、ウチが弾いた所から千切れて真っ二つになる。
「で、次は前と」
正面の体が波打ったかと思ったら、ウチめがけて真っ直ぐ突き進んでくる。
馬車ぐらいの速度は出ていそうだと思っているうちに、目の前まで迫って弾ける。
勢いと大きさがすごいせいで、目の前に水の壁ができたかのようだ。
「効かへんで〜。べろべろば〜」
効果があるかわからないけど、ウチにできる挑発をしてから走る。
部屋の1/3を越えたぐらいで、同時に複数の触手を使って攻撃してくる。
無視して真っ直ぐ突っ込み、部屋の半分を越えると触手が属性を帯び出した。
さらに細い触手を生み出し、ウチに当たって飛び散った残骸に触れると、その残骸も属性を帯びて部屋の中を混沌とさせる。
残骸は燃え、風を生み、土を含んだ水は滑りやすくなり、周囲に電撃を放つ。
スライムの体を切り離せば切り離すほど周囲の状況が悪化するようだ。
そして、残骸へと追い詰めるように触手が振るわれ、時には自ら床に叩きつけて残骸を増やす。
「普通に戦ったら面倒この上ないやん」
ウチだから問題ないけれど、普通に戦うのは避けた方が良さそう。
気にせず奥へと進み、ようやく体に触れることができた。
固有魔法でウチが通る穴が生まれ、そのまま進む。
完全に密閉されてないからか、息はできる。
「やっぱ届かんよなぁ……ほっ!あかん!無理や!」
魔石の下にたどり着いたけど、もちろん届かない。
ジャンプしてもそれは変わる事はなく、魔石はウチを挑発するかのようにぐるぐると頭上を回っている。
さっきのやり返しだろうか。
「見ての通りや。あかんかったわ」
「いや、十分だ。まさかこんなに戦いづらいとはな……」
入り口にはハロルドを始め全員が揃っていた。
ウチと巨大スライムの戦いを見て、撤退の意見が多くなったみたいで、夕食を取ってからスライムを狩りつつ地下30階の転移魔法陣を使って帰るようだ。
アンリとハロルドだけが難しい顔をしているから、何か考えているようだ。
「なぁなぁキュークス、ウチにはどうしようもないから諦めてもええけど、その場合誰が倒しにくるん?」
「そうねぇ。さっきの戦いを見るに、長期戦じゃなくて一気に決めないと面倒だから、中迷宮の攻略をしていて攻撃力の高い人たちかしら」
「そうなるな。同じ中迷宮に潜っていても実力はピンキリだ。話を聞いて行ける徒考えたやつがいたら倒せるだろう」
「そんな違うん?」
「俺の火を吹く剣を全員持ってると考えてくれて構わない」
「それがあれば倒せるなら、ワトスさんが全力で攻撃してもいけるんちゃうん?」
「片方ずつで2発。それで仕留めるには相手が大きすぎる。水を纏われたら威力も落ちるからな」
「そういうもんか」
「そういうものさ」
ワトスのパーティでは火力不足。
中迷宮で活動しているパーティの中でも強力な武器を持っている人たちなら攻略可能で、ウチらが帰還した後各地に情報を渡して、倒せると思った人がやってくるらしい。
小迷宮とはいえ新階層なので、得られるお宝の価値は計り知れない。
情報を得た中迷宮挑戦者がこぞって来ると予想されている。
「なぁ、どうにもならねぇなら一回挑戦させてほしい事があるんだけどよ」
「……どうしたベアロ、お前が作戦に口を出すなんて珍しいじゃないか」
「まぁな。たまにはいいだろ」
ガドルフは一瞬固まったけどすぐに動き出した。
でも、キュークスは狐の獣人特有の大きな口をぱかりと開けたまま固まっている。
ベアロが意見することがそんなに珍しいことなのか。
ウチと話す時は色々教えてくれるから、決して頭が悪いわけではない。
「それで?どんな作戦なんだ?」
「簡単だぞ。エルを投げるんだ」
「は?え?」
「だから、エルを掴んで投げるんだよ!そうすりゃあ届くだろ!」
「届くかもしれんが、危ないだろ!そもそも投げれるのか?!固有魔法で弾かれるんじゃないか?!」
「それはこれから確かめればいいさ!」
「なぁエル!空飛びたいんだろ?」
「いや、まぁ、飛びたいとは言うたけども……なんかちゃうやろそれ」
どうやらウチが空でも飛べたら良いと言ったことから発想を得たようだ。
ウチが考えたのはふわりと浮かんでビュンと自分の意思で飛ぶような事。
ベアロの提案ではポーンかピューンといった感じだ。
まぁ、飛んでることに変わりはないし、ウチとしては怪我しなければやってもいいかもと思える。
「とりあえず軽く投げて行けそうならやってみる?」
「エルはやる気だな」
「ウチが転んだ時も地面にぶつかる前に発動したし、たぶん大丈夫やで」
そう言うと全員納得してくれて、夕食の準備をしている間に試すことになった。
そして、ベアロが天井近くまで投げてキャッチしなくても、ウチは問題なく着地できた。
細かく考えると、着地の寸前に魔法が発動して、ふんわり着地できた。
見ていたアンリいわく、最初は分厚く発動して、勢いが無くなると同時に薄くなって着地したらしい。
投げるつもりで掴むことは、ウチが害になると認識しない限りは問題なく、攫われるような時は自然と発動するだろうとも分析されている。
・・・ベアロがウチを地面に叩きつけるつもりで投げようとしたら、投げる寸前に手を弾いて普通に着地できたし問題ないやろ。ウチを拐おうとする人なんておらんやろうけど。
「よし!腹も膨れたしやるか!」
「よしきた!いつでもええで!」
ベアロの腕に座って肩を掴む形で持ち上げられる。
腕を横に開いて水平に振つように投げてもらうのだ。
こうすることで目標まで一直線で飛ばされるはず。
何度か繰り返せば魔石を掴めるだろうという予想で実行する。
「行くぞぉぉぉ!おらぁぁぁぁぁ!!!」
「うぉー!」
走って階層主部屋に入り、触手が伸びて来る前にウチを投げるベアロ。
ウチがうろちょろしてできた残骸はすでに回収されているようで元の大きさに戻っている。
投げられたウチはというと強い風を浴びているけど問題なく呼吸もできて目も開けていられる。
そして、あっという間に巨大スライムの体に突っ込む。
本来ならぼちゃんというような音を立てた後体に取り込まれるはずだけど、ウチの場合は固有魔法のおかげで、スライムの方から避けられるように動くため、なんの抵抗もなく突き進む。
あっという間に魔石が近づいたけれど、徐々に落ちていくことで高さが不足して、魔石の少し下を通過した。
手を伸ばしてみたけどかすることもなかった。
「失敗や〜」
通り過ぎたウチは奥側の何もない壁に跳ね返り、床へとお尻から着地した。
そして、もう一度投げてもらうために全力で戻る。
後ろから襲いかかって来る触手たち。
ウチに当たりびちゃびちゃと周囲に撒き散らされる残骸。
気にせず進み、ベアロのところに戻る頃には結構な範囲が属性を帯びた残骸で埋まっていた。
・・・ウチ足短いし、走るのも遅いからめっちゃ襲われたんやろな。
「気を取り直してもう一度だ!さっきは惜しかった!」
「任せたで!」
「あぁ!任せろ!次はもう少し近づいて投げるぞ!」
「大丈夫なん?危なくない?」
「なぁに、投げたらすぐに下がるから問題ないだろ!近づいた方が狙いやすいんだよ。普段物を投げないからな!」
その割には結構な精度で投げられていたと思う。
ウチから見えた感じでは、後少し高さがあれば届いたかもしれないのだ。
よし!とベアロが気合を入れてウチを抱き上げ、もう一度巨大スライムに向き合う。
巨大スライムもウチらが魔石を狙っていることがわかったようで、体内で魔石をぐるぐると移動させ始める。
「やっかいだな……。だが、これは俺の得意分野だ!」
「どうするつもりなん?」
斧をぶん投げて魔石の軌道を制限するつもりなのだろうか。
「決まってるだろ!勘だよ勘!いくぞぉぉぉ!!!」
「勘?!うわぁー!」
言いながら走り始めていたベアロ。
ウチはベアロの言葉に驚いた瞬間に投げられていた。
唐突に投げられたけどベアロの腕を弾くことなく飛ぶウチ。
迫る巨大スライムの体。
目の前に現れる大きな魔石。
大きさはウチの拳以上はあって、透明な中にキラキラとした赤や青、黄色に茶色、緑といった色が散りばめられている。
咄嗟にそれを抱き寄せ、体を使ってぎゅっと固定する。
巨大スライムに突撃しても勢いは変わらないので、壁に当たって跳ね返り、背中から床に着地する。
「おぉ!水中におるってこんな感じなんか?」
仰向けだから、巨大スライムの体が崩れていくところを体内から眺めることができた。
徐々に水面が近づき、歪みがなくなっていく。
気づけば溶解液の嵩がウチよりも低くなっていたから起き上がると、ガコンと音をたてて正面の壁の一部が無くなり通路になった。
階層主を倒したことで転移魔法陣のある通路へ進めるようになった。
「え?なんで?」
振り返って入り口に視線を向けると、左腕を押さえたベアロが蹲っていた。
装備はどれもボロボロで、体毛も濡れていた。




