新階層の階層主
地下33階を1日かけて突破し、地下34階を2日かけて突き進んだ結果、ようやく地下35階の階層主前まで来れた。
地下34階は色が少し濃くなったスライムが出てきて、それぞれの属性の力が強化されていた。
ウチは全く問題がなかったけど、引き付ける役をこなしていたワトスのパーティやガドルフたちは、少し苦戦して怪我を負った。
軽い火傷や風による切り傷程度なので、軟膏の傷薬を塗って対応している。
スライムは魔法生物なため、属性といった魔法関連への慣れが早く、的確に魔法を使ってくる。
それを身をもって知ったとワトスたちが苦笑していたのが印象に残っている。
ほとんどの請負人はスライムを足止めする対処法は知っていても、装備の消耗を避けるため戦い慣れてはいないのだ。
「ようやく階層主か……。もうスライムはいい……」
「そうだな……。報告したら中迷宮に戻ろう」
「この際、護衛の依頼が無くてもいいさ」
ワトスのパーティはすっかりスライムが嫌になったみたい。
切っても少し小さくなるだけ、属性があれば厄介になり、溶解液で武具はどんどん破損していく。
そのくせ手に入るのは小さくなった魔石だけ。
溶解液はスネーク系と違って袋状になっていないため、保存するには専用の瓶がいる。
損耗を考えるとあまり儲けはないので持ってきていないのだ。
つまり、ウチが倒せば儲けれるというわけだ。
「ガドルフたちも新階層はもういや?」
「儲けられるならいいと思う。護衛した分の報酬に武具の修繕費を入れてくれるなら喜んで」
「そうね。さすがに通常の護衛費だけでは厳しいわ。地下33、34階で魔石を集めるなら引き付けることもあるから修繕費が出れば来てもいいかもね」
「俺はスライム相手だと役に立たないからなぁ。その時は道中の護衛で、新階層には降りず狩りでもするか!」
この3人はスライムへの忌避はないようだ。
ガドルフとキュークスは戦闘になった時の消耗分を補填してくれるなら護衛でき、ベアロはスライム相手だと持ち前のパワーが発揮できないので途中まで。
体が大きくて重い熊の獣人だから、溶解液や触手を避けるのが難しい。
その結果、小さな傷が体や防具についてしまった。
「アンリさんは」
「もちろん来る」
「せやろな」
聞く必要はないと思ってはいた。
スライムの攻撃を全て躱していて、未だに傷ひとつない。
そんなアンリが魔石取り放題な新階層に来ないわけがない。
なぜ避けれるのかガドルフが聞いた時は、魔力の流れでわかると返していた。
・・・ウチも大概やと思うけど、アンリさんもなかなかやろ。魔力が見えるとか魔法好きにはたまらんやろなぁ。
「さて、本格的な休憩の前に全員で階層主を見ようじゃないか。戦い方も考える必要もあるし」
疲れた表情を浮かべるワトスに連れられる形で、全員が階層主の部屋の前まで移動する。
中は薄暗く、何かがいる事はわかるけれど姿は見えない。
「巨大なスライム」
「見える?」
「よく見ると魔石が動いてるのが分かるわよ」
アンリとキュークスには見えているのかと思いながら、しっかりと見る。
何もないように見えたのはスライムの体が透明だからで、ベアロ3人分ぐらいの位置に魔石が浮いているのが分かった。
こちらの光を少し反射したからだ。
「この距離から魔石が見えるって相当でかいスライムやな」
「体は部屋の半分程度」
「普通に戦うなら徐々に体を削って小さくしないとダメね」
「エル、君の固有魔法はどうだ」
「問題ないで。あのスライムの攻撃はウチには効かへん」
「そうか。ならエルを中心に作戦を立てるか」
「それがやなぁ……」
ウチが巨大スライムを見ると、釣られて全員の視線も移動する。
巨大な体は通路からではほとんど見えないため、自然と見やすい魔石をみることになる。
だけど、ウチが言いたい事は伝わらなかったようだ。
ワトスはウチに視線を戻し、キュークスは首を傾げ、ガドルフは腕を組んだ。
ベアロはあくびしているし、ハロルドはウチと魔石を見比べている。
「ウチの身長やと魔石に届かへん」
「そういうことか……」
「確かに!エルはちっこいからな!」
「子供やねんから当然や!大人になったらナイスバディになるんやからな!」
「夢を見るのは自由だぞ!」
「夢ちゃうわ!将来性や!」
納得したワトスを放ってベアロと言い合う。
その間に残りの人たちがウチに身体強化があればいけたかどうか話したり、他に手はないか考えだした。
ウチらも話し合いに戻り、まずは普通に戦うとどうなるか考える。
「あの大きさだ。間違いなく触手も大きい」
「それに数も多いはずね」
「ミスリルスライムみたいに?」
「あそこまで繊細な操作はできないと思うけど、油断はできないわね」
「太い触手に飲まれたら抜け出せなくなりそうだな」
「装備の消耗も激しいぞ」
ガドルフとキュークスが話し始め、ワトスのパーティも参加。
ハロルドとアンリはスライムを眺めていて、ベアロは暇そうにしている。
決まったらその通りに動くので、作戦については任せているのが見て分かる。
「アンリ、あいつの属性はわかるか?」
「遠くてはっきりしない。でも、火、水、風はある」
「複数属性か。ちと面倒だな」
ハロルドがアンリにスライムの属性を聞いていた。
複数の属性があるらしく、ハロルドが唸っている。
同時に2つの属性で攻撃されるからかと思ったけど、聞いていると違うことがわかった。
火を放って風で燃え上がらせることで威力を上げたりできるからだった。
個別のスライムだったら連携してくる事はほぼないので、属性を強化するなどは起きない。
しかし、階層主は自分の意思で複数の属性を操れる魔法生物なので、属性を強化して放ってくる事は予想しておいた方がいい。
「みんな難しい話してるな」
「あぁ。こういうのは得意なやつに任せておけばいいのさ。それよりエル、どうにかして魔石を取れたりしないか?」
「うーん……。さっきまでのスライムたちで考えると、手を近づけると逆方向に魔石が逃げるねん。それを追いかけたりもう片方の手で捕まえて抜き取ってるから、あの大きいスライムもウチが体内に潜り込んだら魔石が上に逃げると思うねん」
「ほう。さすがスライム狩りだな」
「せやろ。ウサギ狩りより特別な感じがするしスライムキラーって名乗ろうかな」
「二つ名を自分で名乗るのはやめとけ。他のやつが裏で改変して変な感じに広めるからな」
ベアロは改変された二つ名を教えてくれた。
大きな盾を持って鉄壁と名乗っていたら門扉。
2本の剣で素早く左右に動いて切ることを迅人と名乗っていたら反復。
大きなハンマーで叩き潰すスタイルを破壊王と名乗っていたら金槌。
基本的には格好悪い方向に改変される。
理由は本人が二つ名を名乗ったことで、理由を他の人に聞いても誰も答えられないことから、なんだ大きなこと言ってるけど実際はこうだろという感じで名付けられるかららしい。
気をつけよう。
「それにしてもエルが倒せないとなると大変そうだな」
「せやなぁ。あっち損耗を考えると戻った方がいいとか言ってるし」
「魔石を精算しても人数で割るとそこまでだからな。装備が壊れたら赤字だろう」
「いっぱい人おったもんな〜。あーあ、ウチが身体強化できるか空でも飛べたら良かったのに」
無い物ねだりはしたくないけど、今だけは許してほしい。
身体強化ができればウチがジャンプすれば届いたかもしれないのだ。
そんな事を考えながら巨大スライムを見ている横で、ベアロが「空か……」と呟いて天井を見上げていた。
・・・久しく見てないから恋しくなったんやな。気持ちはわかるで。終わったら日向ぼっこしたいわ。




