レアなスライム
地下33階へ続く階段の前で、作戦会議が開かれる。
周囲の警戒をベアロとワトスのパーティから2人出て行い、スライムが来たらウチが呼ばれることになっている。
「やはり他の者が足止めしている間に、エルが魔石を抜き取るしかないな」
「それが一番無難よねぇ」
「それでいいんじゃないか。幸いエルはスライムの攻撃を受けないから、護衛の仕事がないし」
「あぁ、組合としても無理にスライムと戦ってもらいたいとは考えてない。安全に倒せる者が倒すべきだ」
ワトス、キュークス、ガドルフ、ハロルドの話し合いで、どう動くか決定した。
ウチとアンリは暇つぶしに魔石を弾いて遊んでいた。
お互い向かい合い布を敷き、その中央に円形の得点エリアを作る。
あとはお互いに指で魔石を弾いて、10回弾いた時に得点エリアに多く入っている方が勝ちというゲームで、通常は平らな石を使うんだけど、手持ちには魔石ぐらいしかないので代用した。
これが意外と面白くて夢中になった。
布の凹凸やシワによって軌道が変わることを前提に弾く必要があり、最初の準備段階でお互い2回ずつ相手側の布を摘んで、壁や捻りを作ることができる。
その結果、中々思うように進まなくなるのだ。
「んぁ〜!また負けたぁ!」
「魔石でやる方が面白い。ただ、色の違う玉を作る必要がある」
「魔石でええやん」
「魔石は高価。おもちゃにするならわたしが使う」
3回勝負したけど一度も勝てなかった。
アンリからすると平らな石ではなく、転がる魔石でするのが面白かったようだけど、魔石自体を使うのではなく色付きの石を削って玉を作りたいらしい。
ウチとしてはちょうど色付きの魔石があるので作るお金が不要になると考えた。
でも、アンリからするとせっかくの魔石を使わないのは勿体ないことになる。
そんな遊びを見たハロルドは「豪華なおもちゃだな」と苦笑していた。
「おー。32階の色に混じって黄色いのもおるな。デカいレモンや」
「レモンにしては薄すぎるぞ。黄色は雷だ。エルなら問題ないだろうが、近づいただけで痺れるから普通は戦わない相手で、雷属性の魔石は中々出回ってない」
「つまり高級品ってことか」
「エルからするとそうだな……」
ガドルフが肩を落としながらウチを見送る。
すでに薄黄色いスライム以外は魔石を抜き取っているから、少しおしゃべりするぐらいは問題ない。
スライムに近づくとパリパリと乾燥して寒くなる冬によく聞く静電気の弾ける音が聞こえだす。
次の瞬間には目に見える電気が表面を走り、威嚇するかのようにウチに向けて飛ばしてきた。
何度もスライムと戦ってわかったことだけど、属性付きのスライムは、ほとんどの場合最初に身を守るように属性を使い、その次に攻撃に使ってくる。
雷や土に火は分かり易いけど、水と風は表面に纏っているか見ただけでは分かりづらかった。
「ごめんやでー。よっと」
ウチに向かってくる電気を無視して体に両手を差し込み、うまく誘導して魔石を片手に向かわせる。
掴めるところまで来たら握り込んで腕を引き抜くだけだ。
見えている魔石を掴むことに慣れるぐらい魔石を取り出したからこその技量である。
「見せて」
「はいはいっと」
アンリに魔石を渡した後は、特に痺れることはなかったと報告して先に進む。
ある程度調べたら32階に戻って、階段前で夕食を取り休むことになっている。
スライムが複数出てくるから戦闘時間が増えているのもあるし、階段を見つけるまで動けるほどウチの体力は多くない。
寝ないで探索するなんてもってのほかだ。
「ん?何あれ?おもち?」
「オモチってなんだ?」
「白くてもちもちした食べ物のはず……頭に浮かんだ」
「そうか。ただ、あれはそのオモチじゃなくてスライム……のはずだ」
視線の先には行き止まりの小部屋。
中にはさっきまで遭遇していたスライムと同じ大きさのスライム。
違うのは色で、透明な部分は一切なく完全な真っ白だった。
思わず口を出た食べ物の名前は頭に浮かんだもので、食べたことはあるはずだけど自信はない。
ガドルフは聞いたこともないみたいだし。
「特殊個体だろうな」
「特殊個体?」
「発生条件は分からないが、極稀に変わった奴が出てくるんだ。特殊な属性を持って変わった魔法を使うやつ、体の形状が通常とは異なるやつ、体は普通のやつと比べて遥かに貧弱なのに知能はすこぶる高いやつなんかだな。俺も請負人は長くやってるが1回しか見たことがない。こいつで2回目だ」
「へー。ガドルフたちは?」
「俺たちは見たことがない」
「アンリさんも?」
「ない」
「じゃあ今回のは運がよかったんやな」
「そんな言葉で済ませるものじゃないが、簡単に言うとそうだ」
ハロルドは気の抜けた声で答えた。
説明もわかりやすく、人生2回目の特殊個体との遭遇なのに、あんまり嬉しそうじゃない。
とりあえず固有魔法の判定は問題ないので、ウチが倒すことになった。
「全く動かんやん。ぷるぷるしてないから固そう。……ってうわ!いきなりすぎるやろ!」
他のスライムが警戒行動をとるところまで近づいても何も動きはなかった。
そのままもう少しで手が届く距離まで近づいた時、スライムの体から大量の細い触手が伸びたかと思ったら、先端を鋭く尖らせて一斉に突き刺してきた。
もちろん問題なく弾かれたけど、白いスライムはそんなことは関係ないとばかりに何度も突き刺してくる。
その速度はウチでは捉えられず、弾かれた触手が少し硬直するので判断している。
「今や!って……動くんかい!」
確実に手が届く距離まで近づけたから、勢いよく手を伸ばした。
でも、白いスライムは今まで動いてなかったのが嘘のようにササッと手の届かない範囲まで移動して、針のような触手で攻撃してくる。
幸い近づかなければ動かないことがわかり、何度も色んな方向から近づいて壁際まで追い詰めることができた。
「えぇ!そこはずるいやん!」
追い込めたことで少し喜んだウチは、すぐに焦ることになった。
白いスライムが壁に張り付いて逃げようとしたのだ。
スライムだからできて当然なんだけど、今までのスライムは逃げることはなかったし、天井から降ってきたのは最初だけだったので忘れていた。
「逃すかぁ!」
針が出ていない場所を狙う余裕なんてない。
上に行かれたら追いかける術がないのだ。
なので、ウチから針に向かって突っ込み、全身で押し潰して逃げられなくする。
ギリギリ間に合って、はみ出た部分がぼとぼとと落ちていくのを横目に魔石を探す。
真っ白な体で透けていないため、目で見て判断はできない。
ぐちゃぐちゃぼとぼとと掻き回してしばらく、白いスライムの大きさが半分以下になったころ、右手に硬い何かが当たった感触があった。
それを逃すまいと勢いよく動かして握り込み、抜き取った。
「勝ったー!」
天高く突き上げた拳。
それを目の前で開くと真っ白な魔石があった。
大きさは他の大きなスライムよりさらに2回りほど大きい。
白くてツルツルしているので、綺麗な石と間違えそうだ。
「瓶準備!」
「出来るだけ掬え!」
「無駄にするなよ!」
「え?なになに?!」
いきなり空瓶を構えた数人が走ってきた。
その人たちはウチの周りにある銀色のねばねばをどんどん瓶に入れていく。
放っておいたら地面に広がる銀色のねばねばを必死に集める大人たち。
その中にはアンリもいた。
「最後はわたしが魔法で集める」
「任せた!」
言葉どおりあらかた集め終わり、残りは床にこびりついて薄く広がっているものになったら、アンリが魔力を放って、上手く床とねばねばの間に魔力を通して持ち上げた。
それを瓶に入れてウチ以外の全員が一息ついた。
「結局なんなん?スライムが魔石を取ったらいつのまにか白から銀色になってたし」
みんなが必死に集めていたのは白いスライムの死体だった。
魔石を抜き取ったことで銀色のねばねばになっていたけど、必死に集めるということはそれが特殊個体からしか取れないものなのだろうか。
「これは液体魔法銀」
「ふーん。珍しいん?銀ってことは飲むもんちゃうやろ?」
「違う。別の呼び名だと液体ミスリルとも言う」
「へー」
・・・名前を聞いてもわからん。
「あー、エルの嬢ちゃんが倒したのはミスリルスライムと呼ばれる希少なスライムだ。溶解液の代わりにミスリルという高価な金属を体にしている。しかも、鉱石じゃなくて液体でだ」
「ほうほう」
「ミスリルは魔力を通しやすくて色々な効果を付けれる高価な素材なんだが、スライムの体から取れるものは更に価値が跳ね上がる」
「どれくらい上がるん?」
「同じ重さで換算すると100〜200倍ってところだったはずだ」
「たっか!めっちゃ上がるやん!元が高いものがさらに高くなるんやろ?アホちゃうか!」
「それだけ希少ってことだ。なんせ遭遇しない、魔法はほとんど効かない、接近できても固すぎて倒せない、ミスリルで攻撃してくるからこっちはすぐボロボロになるという悪夢みたいなスライムだからな。最近液体ミスリルが出回ってるなんてとんと聞かないから、もしかしたらもっと高くなってるかもな」
「はぁ〜……さすが特殊個体やな。途方もなくてようわからんわ」
話を聞くだけで疲れた。
ミスリル鉱石の値段は今知りたくないというぐらいには。
しかし、まだハロルドの話は終わっていなかった。
「ミスリルスライムは希少だが特殊個体じゃないぞ」
「え?でも、さっきのスライムは特殊個体なんやろ?」
「そうだ。特殊だったのは白かったからだ。まさか、正体がミスリルスライムだとは思わなかったが、よく倒したな」
ハロルドに頭を撫でられた。
少し頭がふらふらするのでもう少し力を緩めてほしい。
・・・元が希少なスライムが特殊個体になったんやろ。もしかして面倒なことになりそう?液体ミスリルがウチに必要とは思われへんし、いざとなったら手放せばええな。うん、そうしよう。




