カラフルなスライムたち
地下31階を一日かけて彷徨って、ようやく下に続く階段を見つけることができた。
場所は中央寄りで、壁に手をついていたら辿り着けなかっただろう。
安全地帯ではないので、護衛のガドルフたち3人とワトスのパーティで就寝時の見張りを決めて、夕食を取ってから就寝となる。
寝る前にアンリが取れた魔石の数を数えていたのがちょっと怖かったけど、ハロルドから魔法バカは放っておけと言われて先に休んだ。
翌朝、朝食を取って片付けをしたらいよいよ地下32階だ。
「地下32階からは属性付きのスライムが出てくる……はずだ」
「はずなん?」
「前回の調査では階段を見つけられずに終わったから、この先が属性付きスライムかどうかはまだわからないんだ」
「あれ?結構な期間潜ってなかった?」
「慎重に進むために地下30階を拠点にしたことと、エルほど簡単にスライムを倒せないから消耗が激しかったんだ」
「武器の損耗がすごかったな!」
「買い替えた奴もいるからな」
ワトスの説明に補足したのはベアロとガドルフだった。
そして、2人の言葉にそっと顔を逸らしたのはワトスのパーティメンバー。
どうやら買い替えが必要なくらい損耗したのはその人のようだ。
「普通のスライムなら素材を投げれば足止めできるんだが、迷宮のスライムは何故か生きている人を狙ってくる。さらに溶解液も強力になっていて消化スピードも上がっているから近接戦闘だと分が悪すぎるんだ。できるだけ戦闘を避けたり、効率的に倒せないか試しているうちに調査期間が終了したというわけだ」
「大変やったんやな」
うんうんと頷く武器を買い替えた人。
装備は短剣2本なので、普通の剣よりも消費が激しかったのだろう。
「属性付きのスライムは属性の色に染まっていて見分けがつきやすい。対処法も他の属性付きと似たようなものだが、水と風は飛ばしてくる溶解液を操作してくるから注意が必要だ」
「ふむふむ」
「火は燃えている触手を伸ばしてきたり、全身燃やしながら体当たりしてくる。土は纏って物理的に攻撃してくるぐらいだ」
「確かに他の魔物とあんまりかわらんな」
「強い魔物が属性付きになれば一気に厄介さが増すんだが、元が弱ければいつもの行動に属性を纏わせるか補助する程度にしか使ってこないんだ」
「へー」
強い魔物だと普通の魔物より知性があり、得た属性の使い方を模索している場合がある。
その時は相手の出方や属性の活かし方を見極める必要があるため、自然と長期戦になるそうだ。
迷宮でも長期間討伐されていない個体がそうなるらしく、定期的な巡回が組合から依頼として張り出されたり指名されている。
ハロルドから「ライテにいたら間違いなく31階から先はエルを指名する」と言われて、全員が頷いたのはとても印象に残った。
それだけ必要とされているのだ。
嬉しくないわけがない。
ニコニコとしているうちに話が終わったので、早速地下32階へと進んだ。
「スライムおった!うっすらと赤いな」
「火属性だな。大丈夫そうか?」
「問題なし!行ってくるわ!」
地下32階を進んで少ししたら、薄らと赤みがかったスライムを見つけた。
通常のスライムはほぼ透明なので、気を抜いていたら見落とすかもしれない。
でも、属性付きのスライムは薄らとはいえ色がついているのでわかりやすい。
あと、大きなベリーに見えなくもないので美味しそうと思ってしまった。
「おぉ!近づいたら火がついた!焚き火みたいや!」
丸い体を覆うように燃え始めるスライム。
程よく暖かいのでちょっと気が抜けたけど、引き締めて体に腕を突っ込む。
ぶるりと震えてウチに向かって触手を伸ばしてきたけど、固有魔法の表面這うだけでダメージはない。
その間に魔石を掴み、一気に引き抜く。
ドロリと溶け出すと同時に火が消えて、暖かさが元に戻る。
ちょっと残念だと思いつつ魔石を見ると、スライム同様薄らと赤い。
「いい火属性の魔石」
「うわっ!びっくりしたぁ……」
手を開いてほんの少ししか経っていないのにアンリが真後ろから覗き込んでいた。
驚いて取り落としそうになった魔石を慌てて掴み、アンリに渡すとじっくり観察し始める。
その間に全員と合流して、火属性スライムがどうだったか聞かれるので答える。
暖かかったと伝えたら全員苦笑したけど、気持ちはわかる。
普通なら火傷する相手に対しての感想ではない。
「次は青いな」
「水属性だ。水を纏って少し早く動くから注意しろ」
「はーい」
次に遭遇したのは薄らと青みがかったスライムで、赤より色が見づらい。
周囲が暗いせいだとは思うけど、いきなり遭遇したら属性の判断に迷いそうだ。
そんな水属性のスライムに近づくと、普段はグニグニと動くスライムが地面を滑るように近づいてきた。
通った跡を見ると水が残っていた。
水を作ってその上を滑っているようだ。
スルスルと近づいて勢いよくウチを捕食するつもりなのだろうけど、ウチはそれを弾き返すことになる。
しかし、あえてその勢いの中に手を突っ込んで魔石を狙おうと思う。
じっとしている時より魔石の動きが鈍いので、恐らく捉えられるはずだ。
「やぁ!」
ぶつかる寸前ある程度避けられてもいいようにウチから両手を突っ込む。
予想外の動きだったからか、魔石の位置が変わることがなく、無事に掴むことができた。
そしてウチに向かっていたスライムの体が、思いっきり跳ね返って正面にバシャっと飛び散る。
後ろから見たらウチのパンチでスライムが爆散したように見えたんじゃないだろうか。
倒した後の魔石鑑賞を経て、次に進む。
後ろから見た姿は、ウチがスライムにぶつかった衝撃で爆散したように見えたらしい。
それはそれで見てみたいなと思った。
「お、次は薄茶でところどころに土がついてるな」
「見たままの土属性ね」
「じゃあ行ってくるわ」
「気をつけなさい」
何度か水や火、普通のスライムと戦った後、土属性のスライムに遭遇し、キュークスに見送られて土を塗したような薄茶色のスライムに近づく。
警戒したようで体に纏っていた土が増え、一部は固くなりだした。
時間をかけると全身が固くなりそうと判断して一気に近づき、まだ土をまぶした程度だった側面から腕を突っ込み魔石を探す。
目で見える範囲が少なくなっているため、手当たり次第に掻き回し、なんとか見える範囲に魔石がきたところで掴み取れた。
抜き取ると土混じりの水が泥のように床に広がる。
固くなるのには驚いたけど、次からはスピード勝負だと分かっている分楽に抜き取れると思う。
土属性の魔石を眺めるアンリを尻目に報告したところで次に進む。
「今度は薄い緑やな。もっと濃ければ野菜に見えるかもしれん」
「野菜にしちゃデカすぎだろ。風属性だ。気をつけろよ」
「はーい」
いくつかのスライムを倒した後、薄い緑のスライムに遭遇した。
透き通った緑では熟してない果実を薄めたもの程度だけど、これがすごく濃かったらキャベツやレタスといった緑の野菜のデカイ版に見えるかもしれない。
葉がないからただの球になるかもしれないけど。
「おぉ!めっちゃ元気やん!生きてるでこいつ!」
近づくと風を利用してか、大きく飛び跳ね出した。
ずるずると動かず上下左右に飛び跳ねるので、魔石を掴むタイミングはウチを攻撃してきた時だと思う。
少し後ろの方で「そりゃ生きてるだろ」というガドルフの声が聞こえたが、気のせいということにしておく。
「そこや!くっ外した……。ここか!また空振りや……」
頭では攻撃されるのを待つべきだとわかっているけど、近くに来られるとどうしても手を出してしまう。
スライムはそんなウチを翻弄するように周囲を跳び回り、何度も近くにくる。
完全におちょくられている。
「こなくそっ!……取ったー!」
何度も繰り返されるとある程度動きの予測ができるようになった。
しかし、手だけで掴み取ろうとしても逃げられそうだから、全身を使って飛び込んだ。
ウチの体で分断されるスライム。
残った体の中にある魔石を気合いで掴み取り、地面に衝突する寸前に固有魔法が発動して、地面とウチの間に薄い空間ができる。
勢いよくダイブしたけどふんわりと胴体着地できた。
「薄緑の毛布に飛び込んだかのような変形だったわ。エルちゃんを基準に左右が膨れた後千切れたの」
「はー。ウチからはスライムの体しか見えへんからなぁ」
「エルちゃんより大きいものね」
アンリに魔石を渡して戦いの感想を話し合う。
キュークスから見た内容から考えると、ウチは全身武器のようなものだろう。
いや、防具かもしれない。
盾で殴ることもあるので、防具を攻撃に使うのはおかしなことじゃない。
この後もスライムを倒しながら進むと、昼休憩をとってしばらくしてから地下33階へと続く階段を見つけた。
試しに降りて少しだけ探索すると、一度に2、3体のスライムが出てくるようになった。
「どうする?」
「エルを背負って倒せるか試すか?」
「ガドルフたちが魔石を取るってこと?」
「そうなるな」
ということで、ガドルフがウチを背負い、一体目に挑戦した時に異変は起こった。
スライムが飛ばしてきた溶解液を剣で受けたのに、全部を弾けなかったのだ。
スライムの溶解液が、ウチを背負って固有魔法の効果を得た人より強いということになる。
アームベアがウチが背中を付けた馬車を攻撃できた時のように、ある程度の効果しか得られない。
階層主の攻撃は弾けたのにと不思議に思っていると、スライムの溶解液は何でも溶かす強力なもので、仮に同じサイズのスライムとジャイアントロックスネークが戦った場合、ほとんどの確率でスライムが勝つそうだ。
「どう進むか考える必要があるな」
「とりあえず一旦32階へ戻ろう」
早めの休憩を取り、作戦会議が開かれることになった。




