いざ魔石パラダイスへ
ジャイアントロックスネークの解体は、サイズが大きいことから時間がかかる。
そのため、ワトス率いるメインパーティとウチの護衛であるガドルフ達、ウチの指導教官のアンリに請負人組合からのハロルドだけが地下31階から始まる新階層へ進む。
先行2パーティと後続1パーティで解体と運搬を行う。
「エル、こっちで食事をしたら今日は休んで、起きたら新階層に行くわよ」
「はーい。魔物のヘビ肉初めて食べるわ」
「普通のヘビ肉は食べたことあるの?」
「うん。父上が森で捕ってきたヘビを食べたことあんねん」
・・・そのはずや。うっすらと靄がかかったような記憶やけど、ヘビ肉って言ってた気がする……。
食べるヘビ肉は解体したてのジャイアントロックスネークのもので、塩と香草塩で焼いたもの、野菜と一緒にスープにしたものがある。
後はいつもの硬いパンで夕食だ。
もちろん水はウチから採った。
「美味いな!油が少なくてさっぱりしてるけど、パサついてない!」
「普通のヘビより肉厚だから美味いんだ。捕れたてを食べるのも請負人の特権だな」
ヘビ肉は美味しかった。
塩でシンプルなのも良かったけど、香草塩は風味が変わって楽しめた。
スープも野菜の旨味を邪魔することなく程よい存在感で、何度でも食べたくなる味だ。
一緒に食べていたガドルフも同じ感想のようで、何枚も肉を食べている。
大きさが大きさなので、獣人がたくさん食べても持ち帰る量に全く影響がない。
よく倒せたなと解体の様子を見ながら思う。
・・・もう一回戦うのは嫌やな。ウチ1人だけなら走り抜けたいわ。待てよ?背負ってもらって何度も往復すればできんことないな……。場合によっては倒したほうが早いかもしれんけど。
食事を摂った後は布を張って体を拭いて就寝だ。
その前にキュークスの毛並みを整えたけど、ウチはもふもふできるし、キュークスは綺麗になるしでいいことしかない。
そんな風に過ごして寝た翌日、煮込まれたスープの香りとお腹の音で目が覚めた。
いい匂いを撒き散らしているのだから仕方がないと言い訳しつつ、キュークスの抱擁から抜け出して伸びをした。
「おはよう」
「おはよう。アンリさんはいつ起きたん?」
「少し前」
「そうなんか」
「いや、結構前だぞ。どうせ新階層に行けるから興奮して早く目が覚めたんだろう」
「そんなことない」
ハロルドの言葉にふいっと顔を背けるアンリ。
少し耳が赤くなっているように見えた。
・・・興奮して早起きとか子供か!年齢聞いてないけど10代後半やから子供っちゃ子供か。しゃーないなぁ……。
すぐにキュークス達が起きてきたので、ウチから採れる水とパンを用意して、スープと一緒に朝食をとる。
ワトスのパーティも同じように食事を済ませると、片付けをしていつでも出れるように体をほぐし始めた。
それに倣ってウチも軽くほぐす。
「体が柔らかいな」
「せやろ。ハロルドさんも柔らかいやん」
「拳や足で戦うなら柔軟性が必要だかららな」
ウチと同じように床にぺたりと体をつけるハロルド。
見た目は結構ムキムキなのに柔軟性もあるので正直ちょっと怖い。
少なくとも夜に見たら叫びそうな見た目だった。
「よし。ここからはエルを背負ったガドルフが先頭だ。その後に護衛、ハロルドさん、俺たち、アンリの順で進む。アンリは後方警戒を頼む」
「了解や!」
「任せて」
地下31階へと繋がっている階段を前に順番を入れ替える。
ウチを先頭にするかどうかで少し話し合いがあったけど、まだ迷宮に出てくるスライムを見ていないので大丈夫かどうか判断できていない。
大丈夫であれば遠くから溶解液が飛んできた時のためにウチが先頭になる。
面積が少ないから後ろに逸れた時が大変だけど、スライムはそこまで頭が良くないので1番近い獲物を狙うので、受け止めれたら問題がなくなる……はずだ。
「エル、少し先の頭上からスライムがくる。見てくれるか?」
「わかった……うん!問題なしやで!」
地下31階も変わらず洞窟で岩が剥き出しになっている。
そんな道を進んでいるとガドルフがスライムの予兆を発見したので、くるりと背中を進む方に向けてウチが天井を見やすくしてくれた。
そこには中心に魔石のある薄い水の膜が広がっているだけで、ぷよぷよとしてスライムの姿ではなかった。
それでも大丈夫と感覚でわかるから、あれがスライムなんだろう。
「そうか、どうする?降ろすか?」
「降りて魔石抜き出してくるわ!」
「わかった」
降ろしてもらって水溜まりの下に近づくと、ウチを取り囲むようにバッと触手が広がり、逃がさない範囲まで広がれたのか本体も落ちてきた。
普通なら頭がそのままスライムの中に入って消化が始まる危険な軌道だけど、ウチの場合は違う。
頭に沿ってずるりと滑り、そのまま体の表面を伝って床にベシャリと広がる。
急いでいるのかはわからないけど、触手を戻そうとしている間にウチを丸々包み込めるぐらい大きな体に腕を突っ込み魔石を掴み取る。
いつものスライムと違い少しだけ抵抗されたような気がしたけど、問題なく抜き取ることができ、魔石を失った体が萎むように無くなっていく。
「どんな魔石?」
「早いなぁ。えっと、普通のスライムと比べて2回りぐらい大きいかな」
いつの間にか横にいたアンリに魔石を見せる。
普段倒す魔物の魔石は大人の指先小指ぐらいで、スライムの魔石はウチが握れるくらい。
階層主の魔石はその階で出てくる魔物の魔石を少し大きくした程度で、ジャイアントロックスネークで普段のスライム程度の大きさが採れていた。
今倒した迷宮のスライムは普段の魔石よりも大きく、ウチが握っても隙間から魔石があることがわかる。
階層主や普通の魔物は体の強化などに魔力を使っているため、そこまで大きな魔石は取れず素材がお金になる。
スライムなどの魔法生物は魔力で生きているため元々の魔石が大きく、素材がほとんど採れない分採れる魔石の状態がいい。
つまり、階層主クラスの魔石がゴロゴロ採れるということだ。
「この階層は良い」
「魔石パラダイスやな」
2人で笑い合っていると、他の人たちも魔石を確認して感心した声をあげている。
ただ、このレベルの魔石を手に入れるには遠距離から一撃で倒すか、ウチが抜き取るしかないようだ。
魔力を込めた剣で切りながら魔石を狙うと、スライムの反撃や再生に魔力を使われて小さくなる。
そうすると取れる頃には普通の魔物程度にまでなっていると予想された。
・・・普段より大きいスライムを倒して、普通の魔物と同じくらいの魔石って……めっちゃ効率悪いやん!しかも、溶解液を切るから武器の消耗激しいし、普通やったら割に合わんやろ!せっかくの新階層やのに!
「それで、この後はどうするん?」
「魔石を集める」
「なんでやねん!それはアンリさんの希望やろ!」
「今回の調査は階層主の把握だ。普通に倒せる魔物が出るなら2、3階層を回ってある程度の傾向を掴むだけで終わるんだが、出るのが面倒なスライムだろ。好きな者だけが挑戦するぐらいに情報を集めて公開するんだ。恐らく階層主は巨大なスライムだ。どう考えても面倒な相手になる。普通ならな」
間髪入れずに言ってきたアンリにツッコむと、周囲を警戒しながらハロルドが教えてくれた。
マップを完全に埋めるのは請負人の仕事で、調査は新階層の大まかな傾向把握になるが、今回は特殊なパターンになる。
他にもアンデットの階層や、擬態する魔物が出る階層などもこれに当たるらしい。
「マップはワトスのパーティに任せて、エルの嬢ちゃんは好きな方向に行くと良い。引き返したりで同じ道を通るときは声をかけるだろう」
「わかった。見つけたスライムは」
「全部倒す」
「りょうかーい」
そこから好きにうろうろしながらスライムを倒しつつ、マップを埋めていく。
今までの階層は既に攻略済みなので最短ルートで行けた。
だけど、今は未踏破の階層だから誰も正解のルートを知らない。
階段を探すところからスタートになる。
淡々とした作業になりつつあったので効率的な探し方はないかと聞いたけど、ないと答えられた。
隅に階段があれば壁に手をついて歩けばいつかはたどり着くことができるけど、階層の真ん中に階段がある場合この方法は使えない。
結局地道に探すしかない。
「ウチは楽でええけど、みんなはどうなん?」
スライムの魔石を抜き取りながら振り返る。
何度も抜き取ったことで掴み取る技量は上がって、大きなスライムにも関わらず素早く倒せるようになっている。
「俺たち護衛は仕事がなくてぶっちゃけ暇だ!」
「ベアロはそうでしょうね。ガドルフとわたしはエルちゃんに何かあった時のために、いつでも回収できるように身構えてるわよ」
「それは俺の仕事じゃねぇな!」
ガドルフとキュークスはウチの周囲に危険がないか気をつけているけど、ベアロは戦う相手がいないので特にすることがない。
もちろん警戒を怠るような真似はしていないが、それに関しては2人の方が優秀なので任せてると言える。
「わたしはエルの観察」
「俺もだな」
「アンリさんはわかるとして、ハロルドさんもなん?」
「不思議な魔法だからな。見ていて飽きない」
「そういうもんか〜」
組合組の2人はウチの観察をしているそうだが、歩いてスライムから魔石を取り出しているだけなので、観察しがいがあるのかはわからない。
時たま魔石も見ているようなので、何か言われるまでは気にしないでおく。
「ワトスさん達は?」
「俺たちは警戒ぐらいだ。後は組合にする報告の内容について話し合うぐらいだな」
「なんか大変そうやな」
「あぁ。報告は大変だぞ。こっちは見たことを書いているだけなんだが、受ける側は見てないから予想外の質問や、なぜこういった調査はしないのかなどを平気で聞いてくる。まぁ、やらないと慣れないしやるしかないんだけどな」
「はぁ〜、めっちゃ疲れそう」
「疲れるぞ。だから、パーティメンバーに1人は頭のいいやつや交渉が得意な奴を入れておくと良い」
「覚えとくわ」
ウチが正式なパーティを組むことになった時のために。
カインとネーナは見習い実習中のパーティだ。
このままパーティを組み続けることもできるけど、今のところそのつもりはない。
今回の調査で分かったことの一つにウチを背負って戦うことがある。
これを生かすには同い年ではダメだ。
少なくともウチを背負って平然と戦えるぐらいの能力が必要だ。
それに加えて少人数なら階層主を無視できることも重要な情報で、仮にカインとネーナを連れて深く潜っても死ぬだけで終わる。
この調査が終わったらウチにスライム狩りの依頼がくる可能性もあるから、なおさらパーティは組めない。
「エル。難しい顔してる」
「んー。これからどうなるやろと思って」
「これから?属性付きのスライムが出てくる」
「あー……そうやなくて……」
アンリが妙にキラキラした片目で言い切った。
属性付きの大きな魔石が手に入ることが嬉しいようだ。
そんなアンリには悪いけど、ウチの考えを聞いてもらい、どうするべきかガドルフたちとアンリに相談した。
「無理にパーティを組む必要はないわ。基本ソロで活動して、必要があれば組めば良いのよ」
「ここでスライム狩りをするだけで稼げるだろうな。どこかへ行きたいならその時に臨時パーティを組めいい」
「わたしはエルといる」
「あら?それならわたしたちもよ」
「戦いがいがあるからしばらく小迷宮で過ごすのも悪くねぇな!」
結論としては無理せずやりたいようにすればいいということになった。
気が合えばパーティを組めばいいし、気が合わなくても依頼のために1回だけ組むなど色々できる。
幸い稼ぐ方法はできたから、実習の兼ね合いもあって一度ウアームの街に戻る必要はあるけど、その後はライテに移動してもいい。
「組合からするとスライムを倒して魔石を手に入れてほしくなるな。このサイズを安定供給してもらえるなら魔道具開発が捗るかもしれん」
「やっぱそういう依頼くるかな?」
「依頼がくるまで時間はかかるだろう。エルの嬢ちゃんが有名にならないといけないからな。ただ、それまでも潜って売る分には普通に買い取るから金は稼げるぞ」
組合としては魔石を取って売ってほしいけど、強制するほどではない。
ウチが潜らなくても魔法主体で戦う人を誘致すればある程度は回収できる。
そもそも今までは取れなかったものなので、絶対に依頼しないといけないものではないそうだ。
なので、ウチが稼ぎやすいフロアがあるという認識でいい。
・・・うーん。ポコナと離れるのは寂しいけど、こっちでお金稼いだ方が良さそうやなぁ。とりあえずお金があって困ることはないやろうし、急に何か買うことになった時のためにもええやろ。




