魔法生物の天敵?
「んぁ……?」
キュークスに抱きつかれながらテントで眠った翌日、少しの声と何かを取り出す音で目が覚めた。
寝ている間に抱きつきから解放されていたので起き上がり、丸くなって寝ているキュークスを尻目に外に出る。
まだ他の人達も起こされてないようなので、朝食まで寝かせてあげる。
「おはようさーん。何かあったん?」
「ん?早起きだな。おはよう。あったと言うより今対処中だ」
見張りはガドルフのほかに、別の馬車に乗っていた護衛2人だった。
その2人が野営をした広場の外に向けて、昨日食べたウサギの骨を投げるのが見えた。
「子供の犬とかオオカミに餌あげてるん?」
「いや、犬でもオオカミでもないんだが……見せた方が早いな。2人ともありがとう。次は俺がやろう」
「お願いします」
「では、向こうの警戒は俺が」
小さな犬やオオカミではないらしい。
ガドルフが骨などのゴミが入った袋を受け取り、見張りを交代する。
骨を投げていた方向に少し進むと、水溜まりが動いていた。
「あれ何?」
「あれはスライムだ」
「スライム」
よく観察すると、ウチが掴んで投げられるくらいの大きさをした半透明な石と、それを覆うように薄い膜に包まれた水の球だった。
水溜りの中に骨が浮いていて、徐々に溶けていく。
溶かすことに夢中なのか、微かに震えている。
その震えのせいで奥の景色が歪み、ほぼ透明な水溜まりでもそこにあることがわかる。
・・・スライムってこういうのやっけ?なんかもっとネバネバドロドロしてて、人にへばりつくんちゃうかった?あれ?雫っぽい形で顔があるんやったっけ?強いか弱いかもはっきりせんな。そもそも見たことないはず?んー……父上達からスライムの話は聞いたことない気がするんやけど……わからん!
「スライムに骨あげてどうするん?ペット?」
「スライムをペットに?それは下手したら死ぬな。ふっ……ははははは」
ペットにすることを想像したガドルフが笑い出した。
狼の獣人なので人より大きな口を開けてとても楽しそうだ。
「いや、すまない。予想外すぎてな。くくっ」
「別に怒ってへんで。ペットじゃないならゴミを溶かしてもらってるん?」
「それもある。だが、本当の目的は足止めなんだ」
「足止め?」
「あぁ」
そう言ったガドルフはスライムに骨を投げた。
骨がスライムの体を形作っている膜に当たると、その部分が凹み、体全体に波紋を広げた。
衝撃が吸収された骨はスライムの上に乗り、次の瞬間体内に沈み込む。
まだ前の骨が半分以上残っているけど、新しく入れた骨も溶かし始めている。
「スライムは何かを溶かしている間は基本的に動かないが、体に何か当たるとそれを取り込もうとするんだ」
「食事中ってことやな」
「そうだ。そしてスライムは周囲にある魔力を持つ物を感知して移動し、それを食べるんだ。薬草や魔物、魔道具や人間だな。そして、1番厄介なのが倒しづらいことだ」
「食べてるところを攻撃したらあかんの?動いてへんで?」
「倒すのが面倒なんだ。だからゴミ処理ついでに足止めして、全員が起きたら無視して出発になる。いらない素材があれば無理に起こして移動するより安全だからな」
与える素材がなければ全員を起こして移動することもあるぐらい面倒な魔物らしい。
今回は食べたウサギの骨があり、無くなっても森か草原に行けば魔物を倒せるので、全員が起きるのを待つと、護衛開始時に決めているそうだ。
スライム以外の魔物が襲ってきた場合、数によっては護衛を起こして戦うことになるのだが、今回は現れはしたけど襲うことなく去っていったらしい。
「スライムに攻撃するのはエルの言った通り簡単だ。だが、スライムの体は骨を溶かす水でできている。剣で切れば刃先が溶け、ハンマーで潰せば周囲に水が飛び散って大惨事。ゆっくり削ろうとすればスライム自体が水を飛ばしてきたり、飛びかかってくる。しかも、攻撃してくると素材になる体内の魔石がどんどん小さくなるんだ。あの魔石自体がスライムを動かしてるんだがな」
「中の石が魔石なんや。大きいなぁ」
オオカミやウサギから取り出した魔石は、大人の指先ぐらいの大きさで、ウチの手のひらの上で転がして遊べる。
スライムの魔石はウチが握るとちょうど良さそうなので、オオカミの10倍以上ある。
しかし、スライムの攻撃でどんどん小さくなり、早く倒すために魔石を狙っても、体内で動いて避けられる。
何度も攻撃すると武器が駄目になり、溶解液を受ける危険も上がるので積極的に狩ることはしない。
そのため市場に出回りづらく、買取価格の高い素材として常に依頼が出ているそうだ。
「上手く魔石を一瞬で取り出せたら良いんだが、近づけば取り込まれそうになり、離れたところからだと水を飛ばしてくるから難しいんだ」
「へー」
話しながらも追加で骨を投げるガドルフ。
今度はスライムの体で跳ね返り、地面に落ちる。
骨が当たった場所からうねうねと蛇のように体が伸びて、骨の端に触れると吸い込んだ。
「ああやって取り込まれるんだ」
「おー。でも、ウチなら大丈夫っぽいで」
「は?エルならって固有魔法でか?取り込まれたら溶かされるんだぞ?」
「うん。感覚的にわかるんやけど、さっきみたいに飲み込まれてもウチは傷つかんみたい」
「だからといってやらせないけどな」
「大丈夫やって。ウチに出来ることはやらんと」
「あ!こら!」
スライムに向かって進む。
動物の魔物は殺せなかったけど、スライムは立体的な水溜まりの中に魔石が泳いでるだけだから怖くない。
・・・ウチでもできることがないと……。請負人としてやっていけるかもわからへんから、ちょっと焦ってるねん。あと、さっきのスライムを見て大丈夫と感じたウチの固有魔法を信じるんや!
スライムに触れられる距離まで進んだけど、骨を溶かすことに夢中なため、ふるふると震えるだけで動かない。
そーっと手を伸ばしてみても、大丈夫だという感覚があるだけだ。
「えい」
「おい!」
意を決して突ついてみた。
近くからガドルフの声が聞こえた気がするけど、今は指先が触れたスライムに集中する。
触れた部分から広がった波紋が消えるより早く、ウチの手に向かって蛇のように伸びてきた。
「ん?」
「おい!大丈夫か?本当に大丈夫なのか?!」
「平気やで!ほら!」
いつの間にかすごく近くにガドルフがいた。
とても焦っているので、絡みついてきたスライムから手を抜いて見せる。
何の抵抗もなく抜けた手には傷ひとつなく、着ている服すら溶けていない。
包まれた時にスライムの感触はなかった。
見えた限りでは指先から手首を少し越えたところまではスライムの中に入っていたのに。
・・・冷たいとか水の流れみたいなもんはないし、手を覆われたのにその感覚もなかった。ギリギリ触れられない程度に魔法で覆われてるんやろか。とりあえずは魔石を取らなあかんな。
伸びたスライムは、引いたウチの手をめがけて更に伸ばしてくる。
ウチからも手を伸ばし、逆にスライムの中へと突っ込んだ。
やはり何の感触もなく痛みもない。
「っ!くっ!この!大人しくしい!」
魔石を追いかけて、体内を手でかき回した。
スライムも取られないよう必死に動かしたので、ウチの顔も少しスライムの中に入ったけど、溶けないから問題はなかった。
そして、地面付近に追い詰めるように手を動かし、掴んだら一気に引き抜いた。
掴んだといっても感触がないので、魔石が抜けださないように覆っている状態だ。
「しゃー!取ったでー!」
「うわぁ……取り出せてる……」
魔石を掴んだ腕を高く上げた。
すぐ後ろで様子を見ていたガドルフが唖然としているけど、ウチでも魔石を取ることはできることは証明された。
これで請負人になれないかもしれないという不安は、ほとんどなくなった。
「お?握った感触がある」
手を開くとスライムの魔石があり、手のひらに触れている感触もある。
魔石の周りに付いていたはずの溶解液は全くない。
スライムがいた場所を見ると、魔石がなくなって体が維持できなくなったようで、ウチが手を抜いた場所からどんどん溶解液が漏れ出して萎んでる。
・・・とりあえずスライムなら倒せることがわかったし、魔石で稼げるから何とかなりそうで良かったわ!




