メイズスパイダー戦
階層主の部屋前から中を除く。
見えるのは巣でできた白い壁で、隙間から先も巣しか見えない。
部屋の広さもメイズスパイダーの位置も全くわからないけど、ひとまずウチはあの巣に当たっても大丈夫なことはわかった。
「ウチは巣大丈夫やで」
「わかった。後ろからくる糸はエルに任せるわ。背中からだけどバトンを振って弾いて」
「任せとき!バシバシ弾くで!」
バトンに当たらなくてもウチに当たれば弾かれるし問題ない。
キュークスの背中で1人頷いていると、全員の準備が整った。
視線はウチに集中していたけど気にせず役割を全うする。
「行くわよ」
キュークスが悠然と足を踏み出し、それと同時に棍を大きく振るう。
壁際に張られていた巣の壁があっさりと剥がれ、広い空間ができる。
さすがに繋がっている全ての巣が剥がれるわけではないけど、作戦がうまくいきそうでほっとした。
そのままウチらの領地を広げるように左右の巣を取り除き、迷宮の壁に行き当たったら前進して取り除くということを繰り返す。
「その壁の先にビッグスパイダーがいる!」
「了解!取り除いたらスイッチ!」
「任せろ!」
斥候が巣の壁の向こうにいるビッグスパイダーを察知した。
キュークスは棍を振るって大きく壁を剥いだら後ろに跳び下がり、代わりに数人が前に出て戦う。
今回は3人出たけど、1人は迎撃に飛ばされた糸が絡みついて動けなくなってしまった。
その隙に残りの2人がビッグスパイダーを倒したので、糸がぐるぐると巻き付いている人の近くでしゃがんでもらって背中に縛られたままウチが糸をほどく。
とはいえ、素肌の部分に手を入れて、そのまま勢いよくびーっとやるだけだ。
剥がした糸はその場に放置して、ウチの合図と共に侵攻が再開する。
こんなことを繰り返していくこと数十回、ようやくメイズスパイダーの姿が見えた。
「でっか」
「足先の突き、糸、吐いてくる毒液に注意!」
「周囲のビッグスパイダーもだ!」
ウチがぼんやりした感想を言っているうちに戦闘が始まる。
ビッグスパイダーの体がウチと同じぐらいの大きさで、メイズスパイダーはその5倍以上は大きく、普通に攻撃しようとしたら体に届かない。
跳び上がるか足を先に壊すしかない。
しかし、跳び上がるとメイズスパイダーの後ろの壁にいるビッグスパイダーが糸を飛ばしてくるため、容易に跳び上がることができない。
本来ならば。
「わたしが上にいくわ!」
「下で迎撃準備!」
キュークスが跳び上がると同時に、メイズスパイダーの下に請負人が集まり、いつでも攻撃できるように備える。
空中に跳びでたキュークスに対しては、メイズスパイダーの足やビッグスパイダーの糸が飛んでくるが、その全てが勝手に弾かれる。
跳び上がった勢いが減らないままメイズスパイダーより高い位置まできたら、棍を大きく振りかぶり、落下の勢いを利用して頭を思いっきり殴りつける。
ガァンととても硬いもの同士がぶつかったような音が響くと、メイズスパイダーはふらふらとした後頭を地面に付けるように倒れ込んだ。
「いまだ!」
「これで決めるぞー!」
落ちてきた頭に請負人たちが殺到してガンガン殴りつける。
身体強化していても簡単に壊せない甲殻は、メイズスパイダーの魔力が通っているので強化されていると聞いている。
強化をときたければメイズスパイダーの意識を刈り取らないといけないけど、さっきの一撃ではそこまで至らなかったようだ。
「キュークスはどうするん?」
「わたしは壁とビッグスパイダーを倒すわ。これで倒せなかった時に邪魔になるのよ」
「糸が付くと面倒そうやもんな」
「実際面倒なの」
くすりと笑ったキュークスがメイズスパイダーの体の上を走る。
そして、巣の壁を取っ払いながらビッグスパイダーの頭を全力で叩き潰していく。
ビッグスパイダーとは違って頭を簡単に潰せるのは魔物としての強さや魔力の差だろう。
「危ないっ!」
「うわっ!」
「ぐっ」
ビッグスパイダーを狩るキュークスの背中にいたので、メイズスパイダーと請負人たちの戦いがよく見えていた。
メイズスパイダーが起き上がりながら前足を地面に沿って振り抜き、攻撃途中だった人たちを薙ぎ払ったのだ。
耐えた人もいたけど、足に近い人達は体勢を崩したり転んでいる。
そこに振り下ろされる残りの足は、なんとか武器を使って防ぐも長くは持たないだろう。
でも、ウチがキュークスの背中から降りたらキュークスが糸の餌食になるし、そもそも間に合う速度が出せない。
そう思いながらもどうしようもなく見つめていると、階層主部屋の入り口から数人凄い勢いで飛び出してきた。
「させないぜ!ベアロは本体を!」
「おう!」
「ガドルフ格好いいやん!」
「だろ!」
飛び込んできたのはガドルフとベアロで、ガドルフが迫る足に対して剣を振り抜いて跳ね上げた。
予想外の攻撃で体制が崩れたメイズスパイダーにベアロが迫り、斧を叩き込む。
それで大きく後退したことで、こちらの体勢を立て直すことができたけど、お互いの距離が空いたので仕切り直しだ。
メイズスパイダーの表面にはいくつものヒビが入っているし、周囲の巣もほとんどなくビッグスパイダーも残り数体。
対してこちらはヒヤッとした場面はあったが、体力気力共に十分。
結果、壁がなくなったことで縦横無尽に飛び回るメイズスパイダーを追いかけるハメになったけど、問題なく倒すことができた。
今度からメイズスパイダー付近の壁は程よく残すことが決まったけど、ウチ限定の取り決めになる。
「素材は甲殻と糸と足、後は毒袋よ」
「ふむふむ」
「ちなみに足は食用で、肉が詰まっていて美味しいのよ。今日の夕食で炙ったものが出てくるはずよ」
「へー。楽しみにしとこ」
解体している横で水を飲みながらキュークスに解説してもらった。
普通の蜘蛛も無毒な種類は煮込んだりして食べると聞いたことがある。
今まで食べたことがないので、今回が初めての蜘蛛の肉だ。
解体が済んだらそれぞれ袋に入れて、ウチの軽量袋に入るものだけ受け取った。
足は長過ぎて入れづらいため、後続のパーティが運ぶことになった。




