蜘蛛の巣だらけの迷宮
地下21階からは蜘蛛の魔物が出てくる。
ビッグスパイダーと名前がつけられている通り、ウチぐらいの胴体に8本の足。
口からは毒液を出して、お尻からは粘着性の糸を出す。
属性を帯びると燃える糸や風で向きが変わる糸などを噴射してくる。
・・・燃える糸って何やねん。糸ごと燃え尽きるやろ。実際には付着して燃えるからなかなか消せない厄介な糸らしいけど。
「うわー……通路に蜘蛛の巣張られてる。ウチには影響ないけど、みんなには邪魔そうやなぁ」
「邪魔」
「普通の蜘蛛の巣じゃないからへばりつくのよこれ。なかなか取れない上に斬撃に強いから棒で取るしかないわ」
「うーん……なら、ウチを背負ってキュークスの棒で取る?」
「これは棍よ。できそうなの?」
「ウチには影響ないし、バトンで触れたらこんな風になるで」
近くにあった壁際下の大きな蜘蛛の巣にバトンを通す。
バトンに巻きつくことなくプチプチと取れて、そのまま地面にぺチャリとくっついた。
上手くバトンを操作すればクルクルと空中で巻くこともできたので、少し楽しくなった。
「あー……纏められるなら素材として売りやすいわ。エルを背負ってわたしができるなら上の方にも届くからやってみましょう」
何故か片手を頭に当てたキュークス。
とりあえずやってみることになったから、背負ってもらってアンリに効果がかかっていることを確認した。
棍にも効果が及んでいたので問題なく剥がすことができ、クルクルと回せばウチと同じようにまとめることもできる。
むしろウチより手際が良かった。
これが棒状のものを扱ってきた経験の差だろう。
「これはいいわね。無理矢理千切ってないから状態も綺麗だし高値で売れるわよ」
「蜘蛛の巣って売れるん?」
「えぇ。たしか……これを茹でて粘性を落として糸にするの。防具を作れば軽くて衝撃に強い物が作れたはずよ」
「手袋も人気」
「肌触りがいいから肌着も人気ね。買い取って素材を持ち込んでもいいかもしれないわ。作ってもらうときの値段が下がるもの」
「へー。それは気になるな」
肌触りは重要だ。
キュークスの毛並みしかり、服の感触しかり。
もふもふやすべすべ、さらさらのツルツルと気持ちのいい肌触りは多い。
キュークスたちやウチの服はどちらかというとゴワゴワしているけど、中迷宮に潜るワトスのパーティは全員綺麗な服を着ている。
それでも迷宮用で耐久性もしっかりしているらしく、いつかウチの服も欲しいと思った。
「あら。先行パーティに追いついたわ」
「蜘蛛の巣を取り除ける分早くなったからな」
「どうするん?」
「いっそのこと合流して進み、倒すのは任せましょう。その方が早いわ。仮にビッグスパイダーと遭遇してもわたしが前に出てから巣を払えば戦いやすいでしょ」
「そうだな。そうしよう」
キュークスとワトスが話し合った結果キュークスの案が採用されて、一気に進む人数が増えた。
後続のパーティは通りやすい道を進んでるだろうけど、素材回収しながらなので合流することはないだろう。
「ビッグスパイダー3!」
「駆け抜けながら巣を払うわ!」
先行パーティの斥候が捕捉した数を言うと同時に、ウチを背負ったキュークスが飛び出す。
棍をぐるんぐるんと回転させながら左右に振り回して、通路にある蜘蛛の巣を根こそぎ取り除く。
そのままビッグスパイダーを通り越して奥まで進んだところで、2体のビッグスパイダーがこちらに向けてお尻を突き出した。
「後ろから糸!」
「問題ないわ!」
ウチの声が無くても反応したのかもしれないけど、後ろに振り返りながら棍を振り、糸を弾く。
糸は天井と壁に繋がり、ビッグスパイダーが慌てたところにキュークスの追撃が放たれる。
糸を出したままみんなのところに飛ばされるビッグスパイダーと、武器を構えて待っている先行パーティ。
飛んできた勢いのままスパッと真っ二つになり、1人はそのままもう一体のところへと向かい、簡単に倒した。
意外とあっけないなと2つになったビッグスパイダーを見ていると、表情から察したのか先行パーティの人が教えてくれた。
「普通は設置されている蜘蛛の巣を意識しながら戦うんだ。しかも、ビッグスパイダーは巣の裏側から隙間を通すように糸を出してくる。厄介なんだよ。普通はな」
「しかも、さっきみたいに叩き切ったら……ほら」
促された先には、お腹を切った事で付着した糸をなんとか剥がそうとしている剣士がいる。
1人は糸のないところを切れたようだけど、もう1人は飛んでくる勢いを利用しすぎたようだ。
「おっちゃん剣の糸をこっちに向けて」
「おっちゃん……まぁ、お嬢ちゃんからしたらおっちゃんか。これでも26なんだけどな……。ほれ」
「ほいっと。ほら!綺麗になったで!」
「おぉ!すげぇな嬢ちゃん!これで戦闘能力があればパーティに誘うんだがな〜」
「ないもんはしゃーない!その代わりにこの魔法があるし!」
「そうだな!使い方によっちゃ誰にもできないことができるかもしれないし、気を落とすなよ!」
「せやな!」
ちょっと勢いをつけて返事をしてしまった。
剣についてた糸は、サラッと剣に沿って触れるだけで簡単に外れた。
パーティのお誘いは嬉しいけど、戦闘能力について言われたから悲しい。
結果、おっちゃんに対するウチからの評価はちょっと下がった。
固有魔法のおかげで生きてるし、この能力だからこそできていることも多い。
これからもできることを探しながら精一杯頑張ると再度決意した。
気を落とす言葉を言ったおっちゃんは仲間から叱られてたのには思わず笑ってしまったけど。
一言多いのが恋人がいない原因らしい。
「それじゃあ進むわよ」
「斥候は俺が」
「よろしく」
キュークスの合図で先行パーティの斥候が近くに来る。
蜘蛛の巣はキュークスが、音を頼りにビッグスパイダーを感知するのは斥候が担当する。
大した苦労もなく地下20階まで来ることができたので、昼食の時間となった。
道中印象に残っているのは、風属性のビッグスパイダーが放った糸をキュークスが弾いても、風で戻ってきたことぐらいだろうか。
それ以外の属性付きは特に問題なく倒せたし、ウチを背負ったキュークスが火に近づいた時に感じるのは暖かい程度で火傷を負うこともなかった。
「よし!食べながらでいいから聞いてくれ!当初の予定では先行2パーティと後続1パーティの合計3パーティで階層主のメイズスパイダーを倒してもらう予定だった。しかし、道中の動きを見てキュークスと背負われたエルに蜘蛛の巣を取り除いてもらおうと思う。もちろん、取り除けると確信がとれたらだが。メイズスパイダーはなかなかの強敵だが、巣がなければ倒しやすいだろう。異論はないか?」
早く食事を終えたワトスが階層主に対しての戦法を変えると言い出した。
ウチはメイズスパイダーがわからないのでなんとも言えないが、全員が何も言わないので恐らく立てられた戦法は有効なのだろう。
迷宮にでるスパイダーがメイズスパイダーだとしたら、道中のスパイダーが全部メイズスパイダーになるだろうし、メイズを名乗るなにかがあるのだとはわかる。
とりあえず美味しいスープに笑顔を浮かべながら黙々と食べていると、キュークスが捕捉してくれた。
「メイズスパイダーは巣を迷路のように作るの。そして、自分の近くに糸で繋げた罠を用意して、迷路を進んでくる獲物に向けて放つのよ。壁の巣が動いたり、上から糸の塊が降ってきたりね。しかも、巣やメイズスパイダーの周りにはビッグスパイダーが多くいて、メイズスパイダーを援護するように糸を放ってくるから、人数が少ないと対処できずにやられてしまうこともあるわ。多ければ互いに助け合えるから、なんとかビッグスパイダーの数を減らしながら倒すのよ」
「うわぁ……聞いてるだけで面倒やん」
「そうね。前回はベアロが暴れながら巣を壊して無理矢理進んだから比較的スムーズに行けたのよ。今回はそれをわたしとエルでやるの」
「なるほど。責任重大やな!」
「えぇ。これはエルにしかできない戦法よ」
・・・ウチの仕事や!誰にも渡さへん!とはいっても背負われるだけなんやけどな!早く大きくなりたいわ。




