クイーンアント戦
ウチを装備する検証は、ガドルフとワトスの感想をもって終了となった。
今の戦い方に影響しそうということで、ほとんどが辞退したのだ。
唯一キュークスだけがやりたがっているけど、それはクイーンアントを倒した先の階層でということになっている。
「よし!まずはエルの判定だ!」
「了解や!」
階層主の部屋の前に向けて背中を見せるベアロ。
そこにはウチが背負われているので、自然と目の前の階層主が見える。
広さはホーンボアがいた部屋の3倍ほどで、奥に続く通路の周りを塞ぐように楕円形の物が山積みになっている。
その楕円形の物は通路だけでなく壁際にもあり、おおよそ部屋の1/3を埋め尽くしている。
さらに、それを守るように巨大な胴の長い羽の生えたアントが中央に、周囲に色とりどりのソルジャーアントやビッグアント、ジャイアントアントなどがいる。
その中のクイーンアントをじっくり見る。
屈んでいるような体勢でも高さはベアロ3人分ぐらいで、奥行きはわからない。
体が大きい分手足も長く、槍で突こうにも懐に入らないと届かないと思う。
でも、そんな手足や口の牙を見ても大丈夫という感覚はある。
つまり、ウチが1人でここを通ったとしても攻撃は弾けるということだ。
「問題ないで」
「そうか。じゃあ、後は俺にも効果があるかどうかだな」
「その前に休憩やで」
「そうだな。腹が減ってちゃ十分に動けねぇ」
その場を後にして階段を降りてすぐの広場に戻る。
それぞれのパーティごとに夕食と野営の準備を進めていたが、ウチとベアロが戻ってくるとワトスが近づいてきた。
確認の結果次第で戦法を変える必要があるので、報告を待っていたのだろう。
「どうだった?」
「問題なし!さっきの作戦通りでいいぜ!」
「わかった。クイーン以外の数は?」
「結構多かったな。卵が部屋の1/3、アントは4、50ってところか」
「前回は素通りだったから、そこから倒されてないんだろうな」
「ん?どういうこと?」
「クイーンアントの復活ペースは5日で、復活直後はクイーンのみ。そこから卵を産んでそれが孵って増えるという流れなんだ。アントが増えて卵があるということは結構な期間空いたということになる」
「はえー。そんな期間やと狙って狩りに来るの面倒そうやなぁ」
「そうらしいな。ある程度の数になると数パーティ合同じゃなければ苦戦することになるそうだが、今回はまさにそれだ」
部屋の1/3ほどもある卵。
それを守るたくさんのアント。
1パーティの人数は決められているわけではないが、動きやすさを考慮すると大体5、6人になる。
その人数であのアントと戦うのは無茶だと思えるが、実力が伴っていれば怪我はするし時間もかかるが苦戦で済むそうだ。
しっかりと戦える請負人たちは凄いと改めて思う。
「よし。準備は整ったが、もう一度作戦の整理だ。まず、エルを背負ったベアロがクイーンのところまで辿り着けるように切り開く。その後、ベアロがクイーンの攻撃を防いでエルの固有魔法を弾けるか確認。弾けるならベアロがクイーンを抑える。弾けなければ周囲のアント、クイーンが呼び出す卵から孵ったばかりのアント、クイーンの順で倒す。何か質問はあるか?……ないようだな。行くぞ!」
ワトスの号令で階層主の部屋へと進む。
夕食を食べて食休みまでしたのだ。
全員の気力と体力は満タンだ。
ちなみにウチから採った水で作ったスープは、喉越しがいいのに加えて野菜や肉の味が際立って美味しかった。
頑張れば売れるかもしれない。
「みんな頑張れー!」
背中にいるウチにできることは、ウチとベアロを追い越して進むみんなを応援するぐらいだ。
その後はただ戦闘音を聞くだけの暇な時間を過ごす。
頑張って覗こうとしてもベアロの体が大きすぎて見えないのだ。
「道が空いたぞ!」
「おぅ!」
ぐんと引っ張られる感覚と共に、目の前の景色との距離ができる。
ベアロがクイーンアントに向かって走り出したからだ。
そして、ウチらを迎撃するためにクイーンアントの腕が振り下ろされたのを、ベアロが斧を盾のように構えて対応しようとして。
「弾かれたぞ!このままクイーンを叩く!」
「うはっ」
言葉と同時にベアロが跳び上がる。
予想外の衝撃に声が飛び出たけど、誰も気にしていなかった。
「おらぁ!」
「ギィィィィィィィ!!」
防ごうとしたクイーンの手を切り落とし、着地後は即座に足を切る。
斧の腹でクイーンアントを殴り、その勢いを利用して上手く距離を空けて再度切り付ける。
連続攻撃にたまらず声を上げたクイーンアント。
がむしゃらに振るわれた腕はベアロに届くことなく弾かれて、また切られる隙を生む。
防ぐ手が無くなれば後は簡単だ。
また跳び上がって首を刎ねるだけで終わる。
「クイーンを倒した!」
「後はアントだけだ!卵は孵らないぞ!」
残った腕だった部分がだらりと下がり、クイーンの体がゆっくりと沈んでいく。
その最後を見ながら叫んだベアロに合わせるように、ワトスの指示が飛ぶ。
アントの卵はクイーンが叫ばない限り出てこない。
卵の中にいる時間が長ければ長いほど強いアントになるのだが、クイーンが死んだら孵ることはなくなるので、増援を気にしなくて済む。
「よし!こいつで最後だ!」
「念のため周囲の確認!生き残りがいないか注意!終わったら卵を一箇所に集めて燃やす!場所は中央だ!」
ワトスのパーティメンバーが最後のアントを倒した。
それを確認してワトスが次の指示を出し、自ら動き始める。
流石に最初から最後まで背中に括り付けられたままというのはいかがなものかということで、ウチも生き残り確認と卵の運搬に参加しようとしたけれど、卵がウチサイズなので諦めて確認だけにした。
「よし。燃やすぞ。武器を構えろ」
「え?なんで?」
「卵が割れて一部のアントが襲いかかってくるんだ」
「育ってると燃やすだけじゃ死なないってこと?」
「そういうことだ」
部屋の中央に山と積まれた卵。
これが燃えて、中から火を纏ったアントが出てくるのはなかなかの光景だろう。
それに、これだけの物を燃やすにはそれなりの火力か油が必要になるのだけど、今回はアンリがいるので問題ない。
「アンリ、頼んだ」
「わかった。燃やす」
道中手に入れた火の魔石を放り投げ、それに向かって左目の眼帯に付いている魔石から魔力を放つ。
ウチには魔力は見えないけれど、仮にウチに飛んできても大丈夫な何かが出ていることはわかる。
出てきた魔力が火の魔石にぶつかると、それは炎の塊になって卵の山に向かう。
アンリ曰く、出した魔力の形のまま魔石の属性に変換されているそうだ。
魔石の質が弱いと変換が中途半端になったり、半分になったりと色々無駄になるらしいけど、ウチにはできないことなので何となくで覚えている。
「ギィィ……」
「ギィ……」
「ギィィィィ!」
「活きがいいのもいるな!」
轟々と燃える山の中からアントが立ち上がるも、そのほとんどが微かに鳴いて息耐える。
中には山を出てくるアントもいたが、待ち構えていた誰かにサクッと倒される。
それ以外の卵は熱された影響か、何かをぶちゅっと飛び散らせた後萎んでいく。
幸いウチの方には飛び出してこなかったので、炎が消えて消し炭の山になるまで見ているだけだった。
・・・ほんのり暖かいだけで済んだわ。他のみんなは若干汗出てるし熱かったんやろな。
処理が終わったら解体や魔石の取り出しがあるかと身構えていたけど、運び出すのはクイーンアントの死体ぐらいで残りは放置している。
それを不思議に思っていたら、近くに来たキュークスが教えてくれた。
「ここで取れるのはクイーンアントの素材だけよ。他のアントの甲殻とかも取れなくはないけど、別にここで取る必要はないわ」
「魔石は?」
「クイーンにしかないのよ。他のにもあればわざと増やしてまとめて倒すなんてこともできたはずなんだけどねぇ」
「そうなんやなー」
たしかに全部から魔石が取れたら百は余裕で超える。
5日だとクイーンしかいないので、10日に1度魔石を100個取れるならそういった専門パーティがいても不思議じゃない。
取れないからこその放置なのだろう。
クイーンからはそこまで有用な素材も無いようで、甲殻数枚と瓶詰めされた酸液が数本、後は魔石を採取しただけで終わった。
・・・後は身体を拭いて着替えて寝るだけやけど、男の人らは護衛がてら軽く飲むらしいな。おおきに。




