属性付き魔物
休憩後、地下10階の階層主部屋を素通りして地下11階へ。
ここからはアリの魔物が出てくる。
体長はウチより小さいぐらいのアリで、何も手に持ってないビッグアント。
岩を酸で溶かして作った剣を持っているソルジャーアント。
酸をコーティングして丸めた物を投げてくるスローイングアント。
罠を仕掛けてくるトラップアントなど、色々な種類のアントが出てくるが素材は甲殻ぐらいで、気をつけないといけないのはその数だ。
複数の役割で一つにまとまって移動しているので、遭遇すると一斉に襲いかかってくるのと、戦闘音を聞きつけた別働隊がやって来やすい。
素早く倒すのがコツらしい。
階層主はクイーンアントで、体長は大人3、4人ほどの巨大なアリ。
ほとんど動かないけれど、長い手足で器用に攻撃しつつ、その間に生んだ卵からアリを解き放ってくる数で攻めてくる魔物。
「うわっ。でかいアリ気持ち悪っ!」
「あの小さいのを拡大するとこうなるんだぜ。すげーよな」
ベアロは気持ち悪いと思ってないようだ。
思ったよりゴツゴツした体表に、細長くて節のある手足。
牙の生えた口に、分泌液を出すお尻の膨らみ。
割れたり切られたりして体液を垂れ流しているので、さらに不快感がある。
「こいつらがギチギチ言いながら近づいてくるんだ。しかも5体以上が基本だな」
「ひぇ〜。攻撃されても意味ないとしても近付いてほしくないわぁ……」
自分と同じ大きさのアリがギチギチと口元を鳴らしながら近付いてくる。
想像しただけで震えてしまう。
戦闘になればそんなことを考える余裕はないだろうけど、何も起きずに進むだけだからこそ想像が拡大していく。
そう考えていたのが悪かったのか、ウチを含むメインパーティとその護衛が足を止めた。
「どしたん?」
「あっちだ。降ろすぞ」
足を止めた少し先には十字路がある。
その右側を示したベアロに降ろされて、庇われる形で後ろに下がる。
ベアロが斧を構えたぐらいで、ウチの耳にギチギチという音が聞こえてきた。
ウチ以外はもっと早くからあの音に気づいていたということになる。
これが経験の差かと噛み締めていると、曲がり角からアントの頭が出てきた。
「思ったより気持ち悪くないな」
「一説によると光る赤い目のせいで敵だという意識になるからだと言われてるわ」
「キュークス。戦わへんの?」
「こいつらはベアロの方がいいのよ。わたしの武器だとどうしても致命傷になりづらくてね」
言いながら棍を持ち上げるキュークス。
甲殻に阻まれるのは剣や斧も同じだが、アントの節は多少の打撃では千切れないため、力のある男性陣の攻撃の方が通りがいいそうだ。
近付いてきたアントを押し返す方が得意なのもあり、ベアロと入れ替わっている。
「サクッとやるぞ!」
「おぉ!」
ベアロとガドルフがビッグアントに向かう。
力強く斧を振り抜き3体をまとめてバラバラにし、横からガドルフが飛び出して素早く2体の首を刎ねた。
これで終わりである。
「あっけないなぁ」
「このくらいのやつに手こずってたら下層には行けないからな!じゃあ持ち上げるぞ!」
死体は後続に任せるので素早く装備を収納してウチを持ち上げる。
あの戦闘時間ならば追加のアントは来ないようだ。
あらかじめ決められているルートを進むと、途中にアントの死体が転がっている。
先行パーティもガドルフたちと同じように難なく倒しているのだろう。
「アントは数が多い。だから今回みたいなルート外の奴らと何度か遭遇するだろう。……アントの攻撃は防げるのか?」
「大丈夫やな。アントを見たけど安全やという感覚はあったで」
「そうか。なら、どこかのタイミングで戦ってみてもいいかもしれないな」
「倒せるやろか」
「倒せなくても経験は大事だぞ」
「せやな!」
周りも傷つかないならせっかくということで合意してくれた。
数を減らして1対1の状況を作り出す。
ウチが頑張って攻撃する。
増援が来たら護衛がウチの相手含めて全部倒して進む。
それを3回ほど繰り返してアント戦の感覚をつかむことで、クイーンアントとの戦いに小物対策として参加させるかもしれないとのことだ。
「出てけぇへんな」
「先行が優秀なんだろ」
「なんで?」
「周囲のアントに気づかれる前に倒してるから曲がり角へ向かってくる数が少ないんだ。たぶんな」
「なるほどなー」
遭遇しないまま地下13階まで進んだ。
しかし、今の会話がきっかけになったのか、全員の足が止まる。
少し先にはまたもや十字路。
真っ直ぐ先にはアントの死体があるので、左右の道からくるのだろう。
ウチが耳を澄ませても方向がわからず、手を耳に当てても結果は変わらなかった。
・・・かすかにギチギチは聞こえてくるんやけどなぁ。左右は分からん。
「どっちから来るん?」
「両方だ」
・・・それはずるいわ。
ベアロとガドルフに加えてハロルドも前に出る。
剣は腰に下げたままで手には何も握られていないけど、ゴツゴツとした手甲が装着されている。
気合いと共に振るわれる拳は、アントを頭上高くまで跳ね上げる。
どうなったか確認せずに次のアントに拳を叩き込み、今度は地面と拳の間で頭が割れる。
そのまま次々と一撃で屠っていく姿は鬼のようだった。
よく見ると脚甲も付けているので、蹴り技も使うのだろう。
ウチにはできない戦い方だ。
「エル!こっちだ!」
「はーい!」
ハロルドの観察をやめて呼ばれたところに向かう。
そこには少し赤みがかったビッグアントがいた。
通常はほんの少しだけ青が入ったほぼ黒の甲殻なのに、見てわかるほどに赤さが目立つということは火属性になるはず。
何と無くわかるのは道中のキュークス・アンリ講座の成果だ。
「大丈夫か?」
「問題ない!いくで!」
バトンを思いっきり振り下ろす。
威嚇していた手ごと頭に当たり、ガンッといい音がした。
ダメージはほとんどないようで、むしろ攻撃されたことに怒ったのか、手を大きく広げてギチギチと威嚇してくる。
構わず何度も叩きつけてようやく少し怯み、噛みついてこようとしたけれど、固有魔法で弾かれる。
弾かれた顔目掛けてバトンを突き込み、顎を跳ね上げる。
思わず数歩下がったビッグアントは、体から炎を上げて飛びかかってくる。
それも問題なく弾かれて、予想外のことにひっくり返る。
お腹めがけてバトンを思いっきり叩き込むと、いい一撃が入ったようでのたうち回る。
「ここや!」
苦しんだ場所に何度も叩きつけて、ビクビクと震えるだけになったところを、ナイフで突き刺してトドメを刺す。
ビクンと大きく震えたビッグアントは、ウチに向けていた顔をゆっくりと下ろし、力尽きた。
それと同時に消える炎。
ちょっと暖かいかなというぐらいだったけど、普通はもっと熱いので近接戦闘はしづらいそうだ。
「せっかくだ。魔石を抜き取るといい」
「わかった」
硬い甲殻を剥がすように開き、胸の中心から魔石を抜き取る。
火属性の魔石は薄らと赤く、指先ほどの大きさだ。
この赤みが濃ければ濃いほど強力な魔石となり、強い力を引き出すことができる。
「よし!こっちに向かってきてるやつを倒したら進むぞ!」
ウチが戦っている間にまた接近されたらしく、ガドルフとベアロが逆側に向かう。
ウチはキュークスとハロルドに守られる形で、パーティの中央へと移動した。
「やっぱり攻撃が課題だな」
「いっそのこと攻撃は一緒に行く人に任せた方が早いわね。その代わり相手の動きをしっかりと把握して、バトンを突き入れて止めたり、体で防ぐのよ。盾を振り回さなくても防げるのは良いところよ」
「ウチが前で止めるから隙をついて倒すんや!ってな感じか……悪ないな!」
ウチを狙っていない炎があったとしても、バトンを差し込めれば対処できる。
ホーンボアの突進も防いだだけで勢いのままひっくり返ったぐらいだから、大きな魔物の攻撃を防ぐと隙ができやすいだろう。
ウチが前に出ることで危険が減るならありだと思う。
・・・ウチが前に出て攻撃を止める。そして後ろから武器を持った請負人が攻撃する……。ええやん……格好ええな……。




