2人と買い物
「エル。必要な物を買いに行く」
「わたしも行くわよ」
組合併設の食事処で朝食を食べつつ、この後依頼を見に行こうとカインたちと話していたら、アンリとキュークスがやってそう言った。
新階層に向かうために必要な物を買いに行くとのことなので、依頼は受けられない。
「じゃあ俺たちは荷運びでもするよ」
「素材の宅配依頼が多いので仕事には困りません」
保護者の話を聞いたカインとネーナは、ウチが何か言う前に今日の予定を決めた。
ネーナの言う通り、この街は素材の運搬依頼が多く出ている。
迷宮で取れた素材を色々な店に運に運ぶのが主な依頼で、希望数に達した時点で宅配する依頼が山積みになっている。
土地勘がなくても運べる大通り向けと、街に住んでいないと場所が分かりづらい地元民向けで分けて整理されているのも受けやすいところだ。
・・・2人が依頼を受けると決めた時点でウチに拒否権は無くなったな。まぁ、元からやけど。
「「まずは「魔道具」「服」」
「「・・・」」
見つめ合う保護者2人。
朝食を食べながら様子を伺うウチら。
なぜか周囲の人たちも静かになってこちらをチラチラと見ている。
剣呑な空気が漂っているせいだと思うけど、そこまでのことではないはずだ。
大きな声を出しているわけでもないし。
「深く潜るのだから魔道具は大事。水、調理道具、寝具。色々買う必要がある」
「買うものが明確な分早く終わるでしょ。服はサイズを合わせたり、数を揃えたり時間がかかるのよ」
「服を最初に買うと荷物が増える」
「身体強化するのだから問題ないわ。多ければ組合に運ばせればいいのよ」
お互いに譲らない。
アンリは魔法が起因している魔道具への熱意、キュークスはどうやらウチを着飾らせたいようだ。
稼ぎはほとんど手付かずで、少し食事関連に使っている程度。
服は追加で買っていないので、最初に買ってもらった中古の服を着回している。
どうやらそれが気に食わないようだ。
アンリの服にもさりげなくワンポイントに綺麗な刺繍があったりするので、おしゃれ自体は嫌いではないのだろうが、比重は魔法に傾いている。
「エルお前、よくこの状況で食べ続けられるな……」
「ん?なんで?別に斬り合ってるわけでもないし。料理は美味しいうちに食べんともったいないで」
「いや、場の空気が……」
「食べづらいです……」
もぐもぐとパンを咀嚼しながら改めて周囲を見回すと、今度は誰もこちらを見ずに皿や壁に視線を合わせ続けている人ばかりだった。
・・・あえて声かけて巻き込むのも面白そうやけど、今回は勘弁したるか。
「キュークス、アンリさん。午前と午後で分けるなり、今日と明日で分けるなりすればええやん。空いた時間で他の物かえばええし」
「それはそうなんだけどね。できれば早いうちに済ませて、明日は休養にした方がいいのよ」
「働き詰めは良くない」
その言葉にカイン達と顔を見合わせる。
確かにウチらはほぼ休みなく働いている。
休んだのは武具屋と魔道具屋に行った時ぐらいだ。
それ以外は迷宮に潜るか依頼をこなすかで動き続けている。
それぞれ早めに切り上げたり、作業の合間で休憩しているし、見習いだから夜遅くまでかかる依頼は受けさせてもらえないので、夜はゆっくり休んでいる。
そもそも見習いなのだ。
日々の住む場所は寮を用意してくれても、食事や装備は自腹になるので、動ける時に稼がなければならない。
休みも大事だが休んでばかりもいられない立場で、一度の依頼や迷宮で数日休める稼ぎを得られる請負人とは違う。
「ふぅ。とりあえず服屋から行くわよ。もう決定」
「ずるい」
「ずるくないわ。効率よ効率。一着決めたらサイズを合わせて同じような物を買えば済むもの。できれば普段使いの服も増やしたかったけど、それは今度にするわ」
この街の方が品揃えがいいのにと溢しながら引き下がるキュークス。
それを聞いたアンリも必要物を買うだけなら1人でもいいと返したのには驚いた。
ただ単に理由をつけてウチを取り合っていただけなのだ。
とりあえず全部水に流して、3人で買い物に行くことに決めると、ようやく他の場所から話し声が聞こえてきた。
「ここよ。見習いにもおすすめのお店らしいわ」
キュークスの先導で向かったお店は、大通りから2本裏道に入ったところにある服屋だった。
大通りには新品や注文品などの高級店が多くなるのはこの街も同じで、中古品や量産品は大通り以外で売られているようだ。
それでもウアームの街よりも大きく立派な建物で、お客さんの出入りも結構ある。
そんな風に眺めていたウチの手をキュークスが取って、早速中に入り色々な服を当てられた。
「こんなものかしらね。あぁ、支払いはわたしがしておくわ。経費で処理させるから安心して。あんな炎の柱を振り下ろした罰よ」
背筋がヒヤリとした。
にこやかに話すキュークスだけど、どうやらワトスの検証で魔法でできた炎の柱をウチに振り下ろしたことがお冠らしい。
いきなりあんな魔法をぶつけるのではなく、剣と同様に軽いものから試せば保護者達を心配させずに済んだろうに。
迷宮に潜ってる際の機能性重視な着替え数着と、普段着数着を支払うことになるワトスに対して、心の中でご愁傷様と祈っておいた。
「次はここ」
昼食を挟んでアンリに連れて来られたのは、あのお婆さんのお店ではなく、大通り沿いの魔道具屋だった。
最新の魔道具も入ってくるお店だそうで、この街で1番大きいそうだ。
ちなみにアンリもワトスに払わせるつもりなのは昼食時に聞いた。
・・・ほんまご愁傷様。
「まずは水生みの何かを選ぶ。コップか水筒でいい。そのためには試さないといけない」
長期間迷宮に潜った際に問題となるのが食料と水。
食料は干し肉や硬いパンなどの保存が効くものを多めに用意する。
それに水を加えると一気に3倍、4倍と持っていく量が増えてしまう。
最悪食事を節約できても、水はどうしようもないからだ。
飲むだけでなく装備や傷の汚れを落としたりなど様々なことに使うため、水生みの何かは必須となる。
「ウチ魔力が背中から出てるから、魔石を背中に当てないとあかんねん。それとも手から出せる?」
「無理。操作するための余剰魔力がない。背中に当てる前提とするならコップではなく水筒がいい」
アンリが水生みコーナーから水筒を取る。
コーナーにはコップや水筒の他に鍋やバケツなんかもあった。
変わった物だと傘の部分にたくさんの穴が空いたキノコのような物もある。
「これなら魔石を上にして寝転ぶだけで水を生める。普段は誰かに背中に当ててもらえばいい」
「出っ張りが当たって気持ちええな〜。もうちょっと上がいい」
「ここ?」
「そうそこ……あ〜」
「なんて声出してるのよ……」
水筒に付いた魔石で背中をゴリゴリしてもらったら勝手に声が出てしまった。
キュークスに注意されつつ水筒を確認すると、お婆さんのお店で試したコップと同じように問題なく水ができていた。
これを飲んだり料理に使ったり、装備のメンテナンスに使うのだ。
「飲んでもええん?」
「コップを借りる」
「どうぞ」
近くにいた店員さんが普通のコップを渡してくれた。
ウチらが水生みを試しているので準備してくれたようだ。
水筒は栓をするタイプの物なので、別で飲むためのコップが必要になる。
ウチはコップを持っているので、水筒だけ買えばすぐ使える。
「じゃあ飲むで……美味っ!めっちゃ喉越しいいし、スッキリする!」
「え?普通の水じゃないの?」
「見てみる。……エルの魔力で綺麗な水になってる」
「わたしも飲んでみるわ。……美味しいわね」
「美味しい」
ウチの魔力で作られた水は普通とは違うようだ。
試しに2人が作った水も飲んでみたけど、いつもの水とあまり変わらなかった。
盛り上がっているウチらが気になった店員にも振る舞ってみると、同じように美味しいと言ってくれた。
アンリが魔力を見ると、ウチの魔力を元に作られた水はキラキラと輝いているらしく、不要なものが除去された事で美味しくなっているのではということになった。
「次は寝袋」
寝袋は魔道具なのかと思いながら置かれてる場所へ行く。
並んでいるのは筒状に丸められた物ばかりで、1つだけ展示用かつお試し用に広げられた物にはおじさんが入っていた。
「でかいな」
「子供用はない。だから女性向けを買う」
「これ、魔道具なん?」
おじさん入りの寝袋は、パッと見ても魔道具には見えない。
どこかに魔石があるのかもしれないけど、おじさんの周囲を周るのは自重した。
「これは風の魔石を使って中を一気に乾燥させることができるのよ」
「足元に付けるからエルでも使える」
「へー」
・・・背中側にあったらずっと風が出ることになるもんな。そもそも背中やと当たって痛いか。
寝袋は魔物の皮を外側に、毛布を内側に貼り付けて袋状にしたもので、刺繍などはない。
大きめに作られているので、平たいクッションを追加で入れたり、温めた石を布で包んで入れたりなどもできる。
その分寝る時に別で毛布を用意して、包まって入らないと隙間が気になるかもしれないけど。
そんな寝袋を一つ選んで次の場所へと向かう。
「調理器具はパーティの物を使ってもいいけど、ワトスに請求するのだから買っておきましょう」
「賛成」
「ええんかな」
「いいのよ」
キュークスに押し切られて調理器具……とは言っても持ち運べる竈門こと小型コンロを買うだけだ。
その他の道具は魔道具ではないため、ここで買うわけではない。
普通に魔力を扱えたなら、水生みの鍋を買ってもいいかもしれないけれど、残念ながら調理しながら鍋に背中をつけるわけにはいかない。
コンロと違ってスイッチでオンオフを切り替えられないのでウチには使えないのだ。
「次は便利道具」
「これはあった方がいいわね。ブロースティック」
「ぶろー?」
「先端の筒から風を出すのよ。物を乾かすのに使えるわ。髪もね」
「はー。便利やけどみんな使ってるの見たことないで」
ウアームの街へ行く間に魔道具は見ていない。
ブロースティックなんて日常使いできそうな物なのに、全く知らないのだ。
「まず、属性魔石が高いよ。これだと風の魔石だけど、迷宮都市の外で買おうと思ったら3倍から5倍するわ。それに、魔力の消費は戦闘に直結するからおいそれとできる物じゃないの。あと、わたしは初めて迷宮に挑んでるから買ったのはこの間よ」
「わたしは魔石があればいい。魔道具は決められた動作しかできないから面倒が多い。ライトスティックは便利」
アンリの理由は魔法を使えるが故だ。
キュークスは金銭的な問題と、買う機会がなかったことが原因で、今までは特に必要がなかっただけらしい。
前回の調査で深く潜るからと買ったのは水生みのコップだけで、その時に物色した中で使えそうな物を薦めてくれている。
というか片っ端から買おうとしているので流石に止めた。
設置型の乾燥機なんて買っても仕方ない。
「こんなものね。後は替えの魔石と調理器具を買えばひとまず潜れるわ」
「エルは戦闘に参加しないから武具は見なくていい」
「そうね」
いつの間にか2人が仲良くなっている。
いや、元から仲が悪いわけではなく、朝はただの意見の食い違いだ。
お互い買いたいものが買えたので、達成感と共に小さなわだかまりも無くなったのだろう。
「荷物は軽量袋に余裕で入るから、中でバラけないように工夫するぐらいね」
「明日は休日にすること」
「潜る前に体調を整えるんやな。了解や!」
諸々の買い物を済ませて組合へと戻ってきた。
寮に荷物を置いてから夕食を摂り、翌日以降の話をして別れた。
明日は荷物を整理して軽量袋に入れた後は休憩となる。
・・・甘いもんでも食べよかな。保存の効くのがあればそれを持っていってもええな。食料は他の人が用意してくれるし、ウチが楽しむもん持っていってもええやろ。隙間はいっぱいあるからな!




