ウチにはしんどい
森オオカミと戦った後も、何度も魔物が襲ってきた。
草原からツノの生えたウチよりも大きい角ウサギに、ウチより大きく森オオカミより少し小さい草原オオカミ。
更には回転しながら突撃してくる穴掘りツバメがいた。
・・・避けたら地面に穴を空け、受けたらギャリギャリと音をたてる鳥なんて反則やろ。数が少なかったからベアロが斧で、盾持ちの護衛が盾で受けて、止まった処を倒したからいいものの、降ってくる様子はなかなかの迫力やった。
森からは頭に生えた2本の角が槍のように鋭い槍鹿、跳ねながら向かってくるバウンドアオイモムシ、針を飛ばしてくる蜂のシュートビーなど獣や虫の魔物がやってきた。
どれもウチより大きいので威圧感が凄かった。
護衛達にとっては油断しなければ問題ない相手のようで、しっかりと攻撃を受け止めた後に手間取ることなく倒していた。
素材は魔石に加えてかさばらなくて売れる物を選んで積んでいる。
槍鹿と角ウサギの角、角ウサギの肉、シュートビーの針、ドリルツバメの嘴など、そのままでも使えるけど手を加えることで強度が増したり、加工することで日用品に回せる需要ある物だ。
素材を売却したお金も護衛終了時に頭割りされるので、進むのに邪魔な場合は積極的に狩っている。
角ウサギの肉については、脚部分が引き締まって弾力があり、腹部分は柔らかくジューシーなことから人気があるため、美味しい晩御飯のために確保されることになった。
ちなみに1番余裕があるウチの乗る馬車に乗せた。
・・・乗せられた素材を見るのも勉強になると言うことで触らせてもらってるけど、どれも素材の状態やとウチを傷つけられへんわ。槍鹿の角はデカすぎて持たれへんから先端を触るぐらいやけど。というか、まだあの村出て初日やのに襲われすぎやろ。こんなもんなん?
「襲われる頻度としては少し多いぐらいだな。荷物量が多いから速度も出せないし、車列も長い。後ろから襲われることもあっただろ?」
「穴掘りツバメのことやな」
「そうだ。俺たちも多少は警戒しているが、後ろは最後尾、空は真ん中が警戒しているんだ」
聞くとガドルフが答えてくれた。
これで少し多いだけらしい。
ガドルフの言う穴掘りツバメは、走っている馬車に向かって後ろから追いつくと、隊列を整えて錐揉み回転しながら落ちてきた。
最初の数羽だけでは襲われないこともあり、数が集まって突撃するための隊列が組まれ始めたところを合図に馬車を止めた。
迎撃準備を整えて落下してくるツバメに対応している所を、裂いた干し肉を齧りながら見ていたのは記憶に新しい。
あの時は後ろから笛の音が聞こえたことで馬車が止まった。
前が急に止まるのは危ないので後ろには伝言、後ろから前には声が届きづらいので笛で合図。
全方向に注意を向ける必要がないよう、しっかりと役割分担されているのは安心できる。
こういった警戒する方向や合図などの仕組みも、請負人の中では決まっているそうだ。
「よし!俺は簡単な魔物を捕まえてくるわ!」
「頼んだ」
「オオカミはあかんで!」
今日の野営場所となる広場に着くと、ベアロは魔物を捕まえに草原へ向かった。
ウチの言葉には背中を向けた斧を持っていない手で返事をしたけど、格好良さより不安の方が勝っている。
・・・何も言わんかったら「大きくて捕まえやすかったから」とか言いながらオオカミ抱えて戻ってきそうやねん……。どの魔物もウチより大きいとはいえ、オオカミは怖いやん。ウサギならまだなんとか……なるやろうけど。
ベアロを見送った後は、ガドルフとキュークスがテントを張るのを勉強として見学し、焚火をする際の木の置き方や魔道具で火をつける所など、野営に関する大まかな事を教えてもらった。
体が小さく力もないのでテントは立てられず、焚火やそれを使った料理は危ないので人が多い間はしっかり見る余裕がないので手は出させてもらえない。
食後にキュークスと洗い物をする事がウチの仕事になった。
「捕まえてきたぞ!」
「おかえりー……って生きてるやんそれ!」
「生きがいいだろ!しっかり握ってるから問題ない!」
「そこが問題ちゃうわ!解体するのに生きてる必要ないやん!」
「せっかくだからトドメを刺す練習もした方がいいだろうと思ってな!」
そう言ったベアロの手は角ウサギの角をガッチリと掴んでいる。
先は少し丸くなっているため尖っておらず、掴んでいる場所も中程なので、手が傷つく事はない。
それでもジタバタと暴れる角ウサギはウチより大きい。
・・・振り回される足に当たっても固有魔法で大丈夫なのはわかるけども、暴れる魔物に近づけるかは別やろ!攻撃を受けないからって迫られたら怖いんやで!
「武器は開拓村に運ばれる予定だったナイフだ!エルが使う分には問題ないとベランから許可も出てるぞ!」
「私たちが受け取ると領主様の物資を奪うことになるのよ。緊急事態なら事情を話せば許されるだろうけど」
開拓村がなくなったとはいえ、勝手に物資を使うと横領になる。
廃棄するにしても逃げるために置いていく等の理由がない限り返さないといけない。
ベランは荷物を運んでいるだけで、所有権は領主にあるからだ。
運んでいる荷物に食料があれば、期限内に消費することを考えて食べることもあるそうだが、あいにく道具や服に武器などの食べられない物ばかりを運んでいる。
ウチが着ている服も運んでいた物の中にあった物になる。
「よし!エルは武器の使い方も学んでいないからさっと終わらせるぞ!俺がおさえているからここに刃を押し込め!体重をかければエルでも刺せるし、それで殺せる!刃は俺まで届かないから全力でこい!」
「体重をかけて刺すならこう持つのよ」
「焦らずゆっくりでいいぞ」
キュークスの指示に従って、ウチには大きなナイフを持ち、ベアロが示す首筋を見る。
右手で柄を握り、左手を柄尻に当てて押し込むように体当たりをすればいい。
角ウサギは首を差し出すように体をひねられているので、しっかりと刺すことができれば殺せる。
・・・余裕があれば手を突き出して刺してもいいって言われたけど、ウチが殺す?この重たいナイフで?魔物は人を襲うから殺さないとあかん……。でも、死んだら何もかも終わりになるんや。やりたかったことも全部できなくなるんや。それをウチの手で……。父上、母上……。
「はっ、はっ、はっ……はぁ、はぁ……」
「はい、ストップ。ベアロ、そいつの処理は任せたから」
「おぅ。流石に性急すぎたか……」
「今の状態を知れてよかったんじゃないかしら。自分と向き合う必要もあるだろうけど、いきなり襲われて対処できないよりもマシよ」
「そうだな!後は任せた!」
ナイフを握る手が震え、呼吸が荒くなり始めた時に、キュークスがナイフを持つ手を優しく握りつつ、もう片方の手で目を覆ってきた。
視界が遮られて角ウサギが見えなくなったことで少しマシになり、ナイフを取り上げられるとようやく自分の意思で生きが吸えた気がする。
その間にベアロが離れた場所でウサギを処理するようだ。
「押さえられて無防備だとはいえ、エルちゃんが魔物に相対するのは少し早かったわね。今のエルちゃんには覚悟や意思が足りなかったということを受け止めないとダメよ」
「うん。角ウサギもデカくて怖かったけど、それより自分の手で殺すことの方が怖かったわ……」
「それがわかっていれば、いつかしっかりできるようになるわ。焦らずゆっくりで良いの」
キュークスに抱きしめられながら自分の手を見つめる。
すでに震えは止まっていて、ナイフを握った感触も残っていない。
でも、殺すことができないという感覚は残ったままだ。
ベアロが処理をするまでに、ガドルフやキュークスからどういう気持ちで戦っているのか、初めて魔物を殺した時はどうだったのかを聞いていた。
2人ともウチみたいに躊躇することはなく、それは幼い頃から魔物は倒すものだと教えらたことがあるかららしい。
ウチぐらいの歳なら皮を剥がれた肉を、食べやすいサイズに分けることができれば良い程度だけど、この先請負人になるなら早くできる方がいい。
・・・頭ではわかってるんやけどなぁ。何かきっかけがあればできるかもしれんけど、魔物を殺せるようになるきっかけはあんまり良くないことやろな。そんな目に遭うのもいややわ……。
ナイフはそのまま回収されて、次回以降の休憩で草を切ったりする時だけ渡されることになった。
まずはナイフの扱いに慣れるところから。
・・・草なら問題なく切れると思う。少なくとも気持ちに問題はないわ。上手く扱えるかは別として。重かったし。
ベアロが角ウサギの処理を終えて戻ってきたら、護衛が交代しながら夕食を食べた。
血抜きされた角ウサギの肉はとても美味しかったから、いつか自分でも狩れるようになりたいな。