カバには物足りないサイズ
レルヒッポと約束した日がやってきた。
午前中は小迷宮に潜り、地下4階でリトルボアを倒して過ごした。
組合の寮を使わせてもらっているので宿代はかかってないけど、食事代は自分で払わなければならない。
リトルボアを狩るだけで十分な稼ぎがあるし、解体した肉を食べれば食事も摂れるので、一緒に来た見習いたちの姿を見かけることもあった。
ホーンボアを狩りに行ってる見習いもいたぐらいだ。
「待たせたな。早速行こうか」
組合の入り口横で荷物を持って待っていると、時間より少し前にレルヒッポがやって来た。
連れていかれたのは中心から少し離れた居住区で、2階建ての家が密集しているうちの1つだ。
レンガ作りの2階建てで、屋上は洗濯物を干す場所にしている。
窓は跳ね上げ式の木の板で、今は1階の窓が空いている。
「おーい。レルヒッポだー、入るぞー」
「おーう」
窓から声をかけて扉を開ける。
まるで我が家のように振る舞うレルヒッポに驚いたけど、ここに滞在中はある意味我が家のようなものなのだろうと勝手に納得した。
「お邪魔しまーす」
「「お邪魔します」」
ウチだけ間伸びした挨拶をして家に入る。
入ってすぐにリビングがあり、机や椅子などの家具、2階へと続く階段、3つの扉があった。
その一つが開けられていて、見えたのはキッチンだった。
他の扉の一つにレルヒッポが荷物を持って向かったので、そこは客間何だと思う。
そうなると残り一つはトイレだろう。
排泄後に臭い消しの粉を振るうトイレは、貴族でも使っていると聞いている。
臭い消しの粉が無臭かいい香りといった違いはあるけど。
「キッチンはあの開いてる扉の先だ。釜戸に火は入れてるから自由に使ってくれ」
「おおきに!じゃあ、向こうで準備するわ」
カインとネーナを連れてキッチンに移動し、軽量袋から使う材料や道具を取り出す。
その中にすりおろし器も入っていて、レルヒッポに説明する準備は整う。
「それで、すりおろし器でパンを削るんだったか」
「せやな」
「じゃあ見せてくれ」
「わかった。はい、カイン」
「え?!俺なのか!」
「ウチらの中で一番体力あるからな」
「まぁ、いいけどさ」
パンやとパン屋は同じ発音なので、誤解されるのも仕方ない。
ウチはすりおろし器とパン、パン粉の受け皿をカインに渡し、削り方を教えた。
ゴリゴリと削るカインとそれを見るレルヒッポをよそに、ウチとネーナは他の準備を進める。
ホーンボアの肉とレモンを切り、卵を溶いたり鍋に油を入れて温めたりなどだ。
幸い一番面倒な火起こしをしてくれているので、滞りなく進んだ。
「随分面倒な作業だな。野菜と違って大きいから時間もかかるし力もいる」
「硬いパンやしな。でも、売れるとわかったら売れ残りのパンを安値で買って、誰かに作業させたらええやん。ほんで、レシピと一緒にパン粉を売れば儲けは出るやろ?」
「値段とできる物の味によるが、新しいレシピを欲してる店は多いから元は取れそうだな……」
削るカインを見ながらレルヒッポと話す。
商人らしく儲けの計算を始めたので放っておいて、油も温まったので調理を進める。
卵液に肉をつけ、パン粉を纏わせて油に投入。
じゅわぁぁぁぁという音で我に帰ったレルヒッポが鍋を覗き込み、音を楽しみ始めた。
「この音はいいな。鉄板に肉を置いた時とは違う音だ」
「美味しそうな音だ……」
「どんどん入れてくで」
「エルちゃん、わたしも入れてみたい」
「ええで。縁に沿って入れないと油が跳ねて危ないから注意しいや」
「はい」
木製の大きなフォークを2つ紐で繋いだトングを使って肉を挟み上げ、卵液を通してパン粉の上に置く。
パン粉で包むようにまぶした後は、再度持ち上げてゆっくり油に入れる。
同じように揚がる音が鳴り、ネーナが嬉しそうに笑顔になった。
・・・わかるで。自分でやった結果いい音が鳴ると気持ちええよな。
その後はカイン、レルヒッポも同じように肉を油に投入した。
ネーナよりもカインたちの方がテンション上がっていたのには笑った。
たまらない音だそうだ。
「このくらいの色になったら取り出して軽く油を振り落とす。格子状の代みたいなのがあればそこに置いてもええな。ほんで、食べやすいように切って、塩を軽く振ってレモンを添える」
「レモンはかけないのか?」
「お好みでかけれるようにやな。嫌いな人もおるやろうし、途中で変化させたいかもしれへん」
「確かにそうだな」
「後は切った野菜にドレッシングかけて、パンを用意したらホーンボアカツ完成や!」
「合間にスープは作っておきました」
「さすがネーナ!」
というわけで夕食が出来上がった。
それぞれ盛り付けてリビングに移動する。
レルヒッポの親戚も食べるので5人分。
他の家族は外で食べてくるとのことで、しばらく帰ってこない。
レシピを知るのは一部だけでいいという配慮と、全員揃って食べられるほど広くないからだ。
「美味い!サクッとした後に肉の旨味がくる!」
「塩もいい感じだけどレモンもいいな!」
「サッパリするのでいくらでも食べられそうです!」
「美味い……。レルヒッポよ、これは高く売れるぞ……」
「あぁ、肉の種類を変えられるのもいいな。そのためにはすりおろし器もたくさん用意するべきか?いや、まずはパン粉だけを売るべきか?」
レルヒッポは最初の一口を楽しんだ後、商人モードになったようで親戚とどう売っていくか話しだした。
カインとネーナはそんな2人を気にせず黙々と食べ、2枚おかわりしている。
ウチはおかわりせずパンとスープを楽しんでいる。
ネーナの作ったスープもホーンボアを使っているので美味しいのだ。
「レシピ代は商談後でいいか?俺だけでは決められん」
「ウチはそれでええで」
「レシピ代……俺たちはどうしたら……」
「一緒に作ったから別にええと言いたいところやけど、こういう時ってどうするん?」
「考案者次第だな。無料にする奴もいれば他人に教えない分安くする奴もいる。お金以外の働きで返してもらうのもあるな。ぶっちゃけ売って儲けようとしないなら好きにすればいいさ。逆に俺なんかの商人にはきっちり金を払わせろ」
「そういうもんか……」
友人同士なら無料でレシピを教えたりもするし、それがダメなことではないそうだ。
レシピを売ってお金を稼ぐような人ならば、しっかりと取ることを念押しされる。
お金を払った分回収できるように色々なところで売り、広まることでアレンジが生まれて色々な味が楽しめ、またそれを買うことでお金とレシピを回す。
しっかり儲けが出るように色々手を尽くすところも商人の腕らしい。
「じゃあ、ウチが困ったときに助けてくれたらええよ」
「わかった。ネーナもそれでいいよな」
「はい。そうそう広めることもないはずです」
「だな。それにしても、なんとなくだけど高くつきそうな気がするな」
「わかります」
「え?なんで?」
ウチの質問に2人は答えてくれず、顔を見合わせて笑うだけだった。
レルヒッポもそんな2人に納得したのか、同じように笑いだす。
釈然としないまま食事は終わってしまった。
「美味かったんだが、俺たちには量が足りなかった」
「獣人の中でも食う方だからな」
「食費が大変そうやな」
「あぁ、だから食べ物に関わる仕事についたのさ。見た目の悪い売れない物を格安で仕入れて自分達の消費に回したりできる」
「なるほどなー」
たくさん食べると大変だ。
宿で食事するにしても1人で複数人前頼むことになるし、そうなると食費が嵩む。
お金にきっちりしているのはそういうところに理由があるのかもしれない。
「それじゃあまたウアームで?」
「そうだな。獣の尻尾亭で」
レルヒッポと分かれて組合へと戻る。
お腹もいっぱいなので、寮に着いたらすぐ寝てしまいそうだ。
身を清めるまでは寝られないと気合を入れて歩く。
幸い身を清めることはできたけど、すぐに寝た。




