レルヒッポと遭遇
昼食を食べ終えて、お腹をさすりながら食休みを挟み、ネーナの案内でドレッシングと野菜を売っているお店に向かう。
広場から野菜を売っているお店方向に少し進むと、そこにあったのはカバの獣人2人が店番する屋台。
1人が軽量袋から野菜を取り出して並べたり、切って器に盛り付ける。
もう1人が並んでる客に何かを聞き、いくつかあるドレッシングから一つ取って野菜にかける。
そのドレッシングをかけているのはレルヒッポ……のはず。
恐らく、きっと、レルヒッポだ。
獣人は同じ種族だと外見で判断しづらい。
背の高さや恰幅、声で判断するしかない。
ドレッシングを売っているし、そこから考えるにレルヒッポであると思う。
「ん?おぉ!嬢ちゃんじゃないか!どうしてライテにいるんだ?」
「すりおろし器の話が途中で止まってるから追いかけてきたんや!っていうのは冗談で、請負人見習いの迷宮実習で来てん」
「そうなのか。こっちはドレッシングのおかげで忙しくて戻れなかったんだ。ちょっと待っててくれよ。おい、休憩に行ってくるわ」
「あぁいいぞ。ふーん、その子がドレッシングとすりおろし器?の子か」
やはりレルヒッポだった。
野菜を担当していたカバの獣人がドレッシングも担当するようで、レルヒッポが屋台の裏を通って通りへと出てくる。
少し空いている場所に移動して、話しをすることにした。
「エル。この人は?」
「ウアームの宿で知り合った商人で、ウチからドレッシングのレシピを買った人!」
「そうなのか。俺はカイン、こっちはネーナ。エルと一緒に迷宮実習をしている見習いだ」
「そうか。俺はレルヒッポ。見ての通りカバの獣人で商人だ。主に食料の輸送をしている」
まずはカイン達とレルヒッポが簡単に自己紹介を済ます。
何も言わずに連れてきてしまったことを内心反省して、お互いが落ち着くのを待ち、本題に入る。
「すりおろし器についてはどうなった?」
「ベランさんの所にはライテから戻ったら話しに行くと約束している。もう少ししたら帰るつもりだから、エルが帰ってきた頃にはまとまってるんじゃないか」
「そうなんや」
会う約束だけしていて話はまだらしい。
相手は商会主なので、ただ話すだけでは尋ねにくい。
ライテで売れたドレッシングの情報を土産にして、現物も用意した上で伺うことにしていた。
その時にウチがハンス金物店で作ってもらったすりおろし器について話し、販売に一枚噛ませてもらう予定だ。
「こっちから聞きたいのは、すりおろし器の使い方についてだな。野菜やにんじんをすりおろしてドレッシングの味を変えれるのはわかっているが、もうひと声ほしい。何か増えたか?」
「増えたで!パンを削ってパン粉を作って、パン粉を付けた肉を油で揚げるねん。カツ言う料理や!うさぎ肉でウサカツ、ニワトリ肉でニワカツや!カラッと揚がった衣と、衣に包まれた肉の風味がめっちゃ美味いねんで!」
「ほう!新しい料理か!それはいいな!売りやすくなるぞ!そのレシピも買うから、明後日ぐらいに食えないか?」
レルヒッポが行商に出てからできたカツを紹介する。
カツを食べたことがないカインとネーナは、食後にもかかわらずカツに興味津々だ。
そういえば2人にはバーガーは出したことはあるけど、カツは出したことないな。
レルヒッポに味見してもらうなら、2人にも食べてもらおう。
「ええで!明日素材集めて、明後日の夕食で出すわ!あ、でも、調理する場所ないな……」
「なら、あいつの家で作ってくれ。美味いものが食えるなら許可してくれるだろ。なぁ!いいだろ?」
「構わないぞ」
「ほらな」
調理はレルヒッポの商売仲間の家ですることに決まった。
すんなり決まったことに驚いていると、親戚だからだと教えてくれた。
家の一室を貸して、宿代替わりに野菜を一緒に売って小銭を稼いでいるらしい。
普段は建設関連の仕事をしているそうだ。
「じゃあ明後日の4の鐘で組合に迎えに行く。必要なものはそれまでに買っておいてくれ」
「わかった。鍋と油はある?」
「もちろんだ。油はドレッシングで使うし、鍋のない家なんてないさ!」
「せやな!じゃあ他の材料はウチが持っていくわ!」
「おう!よろしくな!」
レルヒッポが屋台に戻ったから、ウチらは予定通り掘り出し物を探しに市場を巡る。
もちろん2人への説明をしながら。
「カツってどういう食べ物なんだ?」
「肉を卵液に付けて、粉々にしたパンをまぶして油で揚げる料理やな。レモンをかけて塩で食べんねん。チーズを挟んで揚げてもええかもな」
「う〜ん。よくわからないな。買う物は?」
「卵とレモンとパンかな。肉は明日取りに行けばええし」
「卵が高そうだけど、他は手に入るだろうな」
卵は養鶏している村が近くにない場合、保存と運搬に気を使わないといけないので高い。
裏庭や屋根裏で鶏を飼い、産んだ卵を市場で売って小遣い稼ぎをしている家もあるぐらい。
迷宮で卵を産む魔物がいたとしても、産むのを待てないので運が良くないと手に入れられない。
魔物の卵を狙う場合は野生に限る。
「チーズは買わないんですか?」
「ネーナはチーズ入りが食べたいん?」
「はい。チーズが好きなので、聞いて食べたくなっちゃいました」
照れ笑いを浮かべるネーナ。
その笑顔にやられたウチはチーズ入りも作ることに決めた。
「せっかくやし作ろか!チーズも買おう!」
「ありがとうございます!」
照れ笑いから満面の笑みに変わった。
・・・ウチの決定は間違ってなかった!
「チーズもか。結構な値段になるけど大丈夫か?」
「大丈夫や!それに、食べ物にお金はかけた方がええねん!食べれる時に食べたいものを食べる!そうしないと死ぬまでに食べられる回数がある程度決まってるのに勿体ないやろ?」
「そう……なのか?」
「そうやねん!」
「お嬢ちゃんいいこと言うな!どうだい、うちの村で作ってるチーズだ!買っていかないかい?」
カインに熱弁を奮っていると、近くにある屋台のおじさんから声がかかった。
周囲を見回してみると、食べ物屋の人たちがみんなウチを見て頷いたり、笑顔を浮かべていたりと、注目されている。
お店の前で買うか悩んでいた人の中には、ウチを見た後買うことを決めた人もいるようだ。
「チーズほしいし買おうかな。とりあえず適当に」
「ダメです!しっかり商品を見て買いましょう!おじさん!見せてもらってもいいでしょうか」
「お、おう。構わないぞ。じっくり見てくれ」
おじさん任せにしようとしたら、ネーナが割り込んで品定めが始まった。
美味しければいいので店主任せのウチと、せっかくなら美味しいチーズを食べたいチーズ好きの違いか。
おじさんと色々話しながらネーナが決めたのは、香りと味があっさり目の白っぽいチーズだった。
「肉に合わせるなら濃いものよりこちらの方がいいと思いました」
「じゃあそれで!」
「よし!すぐに包むな!」
お金を払って包んでもらったチーズを受け取る。
果物よりも高いけれど、削って食べればゆっくり消費できるし、何より保存が効くので高くても売れるそうだ。
「じゃあ他のも見よか。おじさんおおきに」
「こちらこそ!気をつけて帰れよ!」
チーズおじさんのお店を後にして、別の店でレモンと卵を買った。
卵は今日取れたてなので、明後日までは問題ない。
塩は旅する都合上各自で持っているし、硬いパンは格安で買える。
削るのは体力のあるカインにお願いするつもりだ。
「後は肉やな」
「せっかくだ。ホーンボアにしないか。美味かったし」
「ウチはええで!カツにしても美味いやろうし!」
「わたしも大丈夫です。新しい武器への慣れは道中でできるはずです」
ホーンボアの肉を狙うことに決まった。
すでに道はわかっているので、道中の魔物で新しい武器を試しながら進む。
不安があれば引き返せばいいだけなので、無理せず挑もう。
・・・いい肉で作れば美味いはずや!
そして、掘り出し物はなかった。
いや、あったけど手が出せなかったというのが正しい。
保冷箱という魔道具が売られていたのだけれど、お値段なんと大金貨2枚だった。
なぜ市場で売られているのかというと、没落した商会が支払い代金を用意できず現物で払ったらしい。
それが流れに流れて市場で売られるようになったそうで、売っているおじさんも諦めていて、冷たい飲み物でちまちま稼ぐとため息混じりに教えてくれた。
大金貨2枚という超高額で売られているが、魔道具自体が高価なので安く売ることができずこの値段になっていて、冷たい水や果実水、お酒を売って生活するだけで元は取れるとのことだった。
・・・ウチも冷たい飲み物飲めるようになりたいわ。めっちゃ喉越しよかったし。果実水もスルスルと飲めて気持ちよかったなぁ。こう、喉からお腹にかけて冷たい水分が流れていくのがわかるのがいい。
それ以外にも野外で料理する時に使う魔道具などもあったが、特に欲しいとは思わなかった。
他には武器や防具なども売っていたけど、武具屋と違って信頼できるかわからないということで深く見るのはやめた。
時たますごい品質の物が出回ることもあるらしいけど、普通は中古品だったり弟子が作ったものを格安で売っているのが市場になる。
遠くの村で作られた物がいい品質だったりするそうだが、ウチらには見分けられないので眺めるだけで終わる。
・・・わからんならお店で買うのがええな。相談にも乗ってくれるやろうし、最悪返品できるはず。できるよね?




