ライテの魔道具屋
魔道具屋の場所はネーナが知っていた。
事前に組合で聞いていたようだ。
カインは迷宮の魔物について調べていた。
ウチなんておすすめの屋台や美味しい食事処の話しかしてない。
それを2人に話すと笑われた。
・・・美味しいは正義やねんから仕方ないやん!
「ここです」
「おー。そんな大きくないな」
魔道具屋は武具屋よりもさらに奥まったところにあり、3階建てなのは武具屋と同じだけど、横幅は半分程度。
他の店より木枠の窓から明るい光が漏れているのは、魔道具の光だろう。
宣伝も兼ねて使っているようだ。
「じゃあ入るで」
ウチを先頭に魔道具屋に入る。
店内は思ったより狭く、部屋の中央にカウンターがあり、階段もカウンターの向こうにあった。
カウンターのこちら側には、棚や壁にいくつかの道具が置かれている。
そこまで数はないように思える。
「いらっしゃい。何を探してるんだい?」
カウンターには黒いローブを纏った老婆がいた。
つばが広い黒い帽子を被っていれば魔女と呼べそうな老婆は、細い筒を手巾で拭いている。
・・・ん?魔女ってなんや?頭の片隅になんか過ぎったわ。
「えっと、なんか適当に見せてもらえるかなーって……」
「ふぅん……あんた達見習いだね。そっちの棚にあるのが請負人がよく買っていく物さ」
老婆が壁側の棚を指差す。
そこにはライトスティックのような棒状の物や、ウチの腕ぐらいある筒、木製のコップに畳まれた布など色んな物が置いてあった。
棒と筒は魔道具と言われたらわかるけど、コップや布も魔道具なのだろうか。
首を傾げつつ棚に近づく。
「棒はライトスティックにファイアスティック。筒は水生みの水筒。コップも水生みのコップ。布は速乾と耐水の布……」
「ライトスティックとファイアスティックは光と火を出す物だ。水生みは魔力を流せば水を出す。速乾と耐水も魔力を流せばそういう効果がでるのさ」
「へぇ〜。触ってもええ?」
「触る場合は手に取って中央で試しな。間違っても人や商品に向けるんじゃないよ」
「はーい」
手始めにファイアスティックを手に取り、商品エリアの中でポッカリと空いている中央へと移動する。
ライトスティックと同じように使うと、棒の先端にポッと火が灯った。
小さな火だけど、火おこしする必要がないのはとても助かる。
薪に火をつけるのは結構面倒で、灰を被せて保存しなかったら一からつける必要が出て、ポコナが苦戦していた。
・・・ウチにはこっちの方がいいな。火起こしなんてできへんし。
次に水生みのコップを手に取る。
水筒にしなかったのは大きさの問題だ。
落として壊したら払えるかわからないので、慎重に扱うに越したことはない。
「ん?どうやって使うんやこれ?」
木のコップには持ち手と指先程度の大きさの青い石が嵌っているだけだった。
その青い石を触ってみても、水は生まれることなく空っぽのままだ。
逆さまにして振っても何も出ず、他に押すような場所もない。
「何やってんだい。それは魔石に魔力を流すんだよ」
「魔力を流すん?ファイアスティックは流さんでも使えたで?」
「そりゃ作りが違うからだよ。仕方ないね、説明してあげるよ」
お婆さんが魔道具について説明してくれた。
魔道具の使い方は大きく分けて2種類あり、魔石から魔力を流すものと、意志を持って魔力を流すものになる。
ライトスティックは内蔵された無属性の魔石を魔力が通る回路である魔力回路に触れさせることで、その先にある光の魔石に魔力が流れて光を灯す。
ファイアスティックも作りは同じ。
水生みの水筒やコップは無属性の魔石や魔力回路がないため、使用者が直接魔力を流す必要がある。
複数の魔石を使わず回路もないため安価に製造でき、消耗しても水の魔石を交換すれば何度でも使えるので、旅や迷宮に挑む際の水問題を解決する方法として見習い卒業と共に買うのをお薦めされた。
「ウチには使えんか……。いや、待てよ……。なぁなぁネーナ〜」
「どうしたんですかエルちゃん」
「この水生みの水筒の魔石をウチの背中に当ててくれへん?」
「いいですけど……。水が出てきました……」
困惑しながらも水筒を手に取って魔石を背中に当ててくれた。
予想通り水が生まれたようで、これならウチでも魔力を流す魔道具が使えることがわかった。
「何変なことしてるんだい」
「ウチな、魔力路が壊れてて背中から魔力が漏れてるねん。そのせいで身体強化できへんし、魔力を流すのも上手くできへんねん。せやけど、この方法なら魔力を流す魔道具も使えるかなーっと思ってやってみたら成功したわ」
「はぁ〜、そいつは大変だねぇ」
お婆さんは呆気に取られていた。
そういう客が今までいなかったのだろう。
ウチのことをまじまじと見た後、少し待ってなと言い残してカウンターの後ろにある階段を登っていった。
ウチに合う魔道具でも紹介してくれるのだろうか。
「この水はどうすれば……」
「飲めばええんちゃう?」
「誰が口を付けたのかわからないので嫌です」
「確かにそれはあるな」
水筒の水をちゃぷちゃぷと揺らしながら嫌そうな顔をするネーナ。
確かに誰が試したのかわからないし、もしかしたら味を確かめるために飲んでいるかもしれない。
同世代なら許容できるけど、おじさんは嫌だ。
お婆さんを待つことにして、水筒を持ったまま他の魔道具を見るしかない。
「水筒は高いけど、コップなら頑張れば買えそうだな」
「あると便利なのは間違いないですね。ただ、魔石一つでどれだけ使えるかも確認してから買った方がいいですよ」
「そうだな。水の魔石は迷宮か水辺の魔物を狩るしかないからな。ウアームだと魔石屋で買うしかない」
「街の近くに川とかないん?」
「少し遠出すればあるぞ。ただ、水辺の魔物は見習いだとキツイんだ」
「へー」
コップに惹かれているカイン曰く、水辺の魔物は大きいか数が多いらしい。
あまり積極的に倒されないせいで大きくなったり、数が増える。
それを倒すにはある程度戦いに慣れたパーティじゃないと厳しく、見習いでは装備よりも腕が足りず負ける。
水辺という相手のてりとりーで戦う関係で、陸とは違う戦いになるのも負ける要因の一つのようだ。
「待たせたね。これは軽量袋というんだが……何だいその顔は」
「ごめんお婆ちゃん。ウチ軽量袋持ってるねん。今日は組合に置いてきたけどな」
「そうなのかい……。せっかく売れるかと思ったんだけどねぇ」
残念そうなお婆さん。
軽量袋は便利だけど、商人か運び屋にしか売れないため、あまり数が出ないそうだ。
ウチなら背負うだけで効果を発揮するので、売るチャンスだと思ったらしい。
「他には……うーむ。水生み以外だとあんたが地面に寝転んで、背中にコンロを置くぐらいしか思いつかないねぇ」
「人間コンロやん!それしてたらウチは食べられへんで!」
「コンロにされるところに怒りなよ。なんで受け入れてるんだい」
「魔石の節約になるなら仕方ないかなと」
「変な子だね」
目を丸くして呆れるお婆さん。
カインとネーナはウチがコンロになっているところを想像してか、くすくすと笑っている。
・・・無しではないんやけどなぁ。魔石の節約にもなるし、ダダ漏れな魔力の有効活用やん。まぁ、コンロより先に水筒買ってウォーターサーバーになるべきやけどな。ん?サーバーってなんや?
頭に浮かんだ変な言葉がいつものことなので無視して、水生みに関する質問をする。
「水生みはどれだけ使えるん?」
「魔石1つで約100回程度だと思ってくれればいい。基本的には替えの魔石も持っていけばいいんだが、魔力操作の腕があるなら魔石に魔力を溜めて使い続けてもいい」
「魔石に魔力を溜めれるん?」
「腕が良ければね。溜めれると言っても最大まで綺麗に溜めることができる奴は稀さ。殆どが7、8割だし、2、3回溜めたら魔石が限界になって崩れるものさ」
「普通に使うより長持ちさせる方法ってこと?」
「その認識でいいね。それで、買うのかい?」
「うーん。買えなくはないねんけど、まだ見習いやしやめとくわ。請負人になる時に買う!」
「そうかいそうかい。その時は是非ウチの店で買っておくれ」
資金的には問題ないけど、今のところ長期間迷宮に挑むこともないので購入は見送った。
ウアームの街に戻る時に買ってもいいかもしれないけど、水の入った樽を用意してもらえるので必須ではない。
今すぐ買う物ものもないので、他にどんな魔道具があるか色々話を聞いた後、お店を出た。
「コンロや保冷箱とか色々あるねんな〜」
「送風機は暑い時に便利そうだな」
「でも、どれも高かったので、わたし達には買えないです」
「だな。請負人用の道具は手が届きそうだけど、保存用の物とか生活を便利にするものは高い」
「無くても生活できるからやろな〜」
魔道具はどれも高かった。
食材を冷やして保存する保冷箱も、安定した火力を簡単に維持できる魔石コンロも、筒の先から風を送って体を冷やせる送風機もだ。
ライトスティックやファイアスティックは請負人がこぞって買うので、たくさん作られている分まだ手が届く値段で売られている。
それが魔石ランタンになると購入者が採掘者や馬車の御者などの手が塞がると面倒な人たちに絞られるため、ライトスティックより割高になる。
そうなるとコンロや保冷箱は一部の高級店や貴族の料理人にしか需要がないため、もっと高額になる。
お婆さん曰く、属性付きの魔石が高いのと、魔道具を作る人が足りていないことで起きているらしい。
「安く手に入るようになるとええな」
「そうだな。と言っても特に必要なのはないんだけどな」
「ファイアスティックと水生みのコップぐらいですね」
・・・それがあれば請負人としては十分っぽいな。ここよりも大きな街や魔導国に行けばもっと欲しいもんが見つかるかも知れへんけど。




