魔物との戦いを観戦
宿でのんびりと一泊した次の日の朝。
宿屋で朝食のパンとスープを食べた後、村長にはベランからお断りの報告をしてから村を出た。
朝食の席でキュークスが、前日夜にお湯で髪を洗ってしっかりと埃を落とした結果、くすんだ金色から明るい金色へと変わったウチの髪をみんなに自慢して撫で回す珍事が発生したけど気にしないでおく。
男性には触らせないと威嚇するほどだったので、しばらく時間を空けたい。
地味に怖かったので。
・・・狐の威嚇した顔ってあんなに怖いんやな。怒らせんとこ。それにしても、なんでキュークスにそこまで気に入られてるんやろ。昨日の夜髪を洗ってもらったお礼に毛繕いのようにブラシをかけてあげたからかな?
ここから子爵領に向けて次の村まで2日かかり、道中野営で一泊することになっている。
貴族の馬車であれば1日の距離だが、商会の馬車では馬の能力や荷物の量などから、多めに休憩を取りつつ進むので倍の日数がかかる。
馬車がなければ半日で移動することも可能だそうだ。
「あら?この辺りはいるのね」
「何がおるん?」
「魔物よ。ガドルフ!ベアロ!森から来るわ!」
「おう!」
「停止して迎撃!エルは馬車に乗ったままだ!」
耳をピクピクとさせながら周囲を気にしていたキュークス。
村を出て少し経ったところで魔物が現れた。
開拓村を出てから初めての魔物に緊張したウチとは違い、ガドルフ達はテキパキと迎撃の準備をして、止まった馬車から飛び出して行った。
「俺たちが出来るだけ注意を引く!とどめは任せた!」
「わかった!」
ガドルフの声に応える残りの護衛達。
ベアロを正面に、左右をガドルフとキュークスが固めて武器を構え、その後ろに護衛が並んだ。
御者や商人は周囲を警戒しながら、戦闘の様子を確認するようだ。
「来るぞ!」
森から出てきたのは、ウチが乗っても問題なく走れそうなほど大きい狼だった。
体毛は茶色く、ところどころ黒い毛が混じって斑模様になっていて、目が赤く光っている。
牙や爪は鋭く尖り、今にもガドルフ達を殺して食べようとしているようだ。
それが10頭以上いる。
「森オオカミだ!ベアロは殲滅速度重視!オオカミを殴って左右に振ってとどめは後ろに任せろ!俺とキュークスは遊撃だ!」
「おう!」
「えぇ!」
ベアロが両刃の大きな斧を右側に担ぎ、森オオカミに走る。
その勢いを利用して地面を踏み締め、斧の刃ではなく腹を向けて振るう。
「ギャンッ!」
斧の軌道に巻き込まれた数頭の森オオカミは、甲高い悲鳴を上げながら左に吹っ飛ぶ。
それを追いかけるように他の護衛が向かい、体勢を立て直す前にとどめを刺す。
上手く着地しても衝撃で怯んでいるので、簡単に倒していく。
「隙だらけよ!」
「こいつらもだ!」
斧が当たらなかった森オオカミ達はベアロに向かおうとしたところを、ガドルフとキュークスに狙われる。
キュークスの棒で同じように吹っ飛ばされたり、牽制された挙句にベアロの斧の餌食になる。
ガドルフは剣と盾を上手く使って複数の注意を引き、無理に近づいてきたら盾で受け、隙のできた森オオカミの腹を蹴って護衛側に転がした。
自分でとどめを刺すより体勢崩すことを優先する事で、複数の魔物を捌く姿からは、慣れた様子が伺えた。
他の護衛も戸惑うことなく戦っていることから、開拓村へ来る途中でも同じように戦ったことが伺える。
「これで終わりだな」
「おつかれ!」
「魔石を取りつつ警戒ね」
危なげなく森オオカミ達を倒したガドルフ達は、警戒しながらお腹をナイフで裂いていく。
心臓を取り出すと、それにもナイフを入れて、中から何かを取り出している。
全ての森オオカミから何かを取り出すと、亡骸を森の中に運び、汚れを落としてから馬車に乗り込んで出発した。
・・・あれ?毛皮とか取らへんの?確か父上は毛皮やお肉を持って帰ってたはずやし、死体はちゃんと処理しないと動き出して人を襲うとか言ってたような……。想像したら背中がゾクっとしたわ……。
「どうしたの?」
「なんでもないで!それより、さっきの森オオカミから毛皮とか爪とか取らんかったのは何でなん?」
ウチが震えた事で、隣に座っていたキュークスが反応した。
全員さっきの戦闘で使った武器を確認しているのだが、ベアロの斧だけは馬車に乗った状態でやるべき事ではない。
分厚い刃に威圧感がある。
・・・大丈夫やという感覚があるから、あれがウチに向かって倒れてきても固有魔法のおかげで怪我せんのやろうけど、刃がこっち向くのは怖いわ。
「森オオカミから取れる素材は毛皮、爪、牙になる。肉は硬くて臭いから食えたもんじゃない。移動中じゃなければ剥ぎ取ってもよかったんだが、流石に血の匂いを撒き散らしながら進むわけにはいかないからな。馬車に乗せる余裕もない」
「狩りが目的なら森オオカミを拠点に持っていくか、ある程度安全な場所まで運んでから必要な部分を剥ぎ取るの。その場でやると戦った時に出た音や血の匂いに他の魔物や獣が向かってくることがあるからね」
ウチの聞いたことにはガドルフとキュークスが答えてくれた。
たくさん狩る時は荷車や馬車を用意して、そこに素材や獲物その物を載せて帰る。
あまり多く持てない時は高く売れる部分だけを剥ぎ取り、荷物のスペースを埋めるように詰め込んでいくそうだ。
護衛の時は馬車に余裕があれば持って帰ることもあるみたいだけど、開拓村の物資が丸々残っているこの馬車ではできない。
村が近ければ狭くなることを我慢して乗せることもあるようだが、まだ出発した村の方が近いので、その選択をすることはない。
「あれ?でも、なんか心臓から取り出してなかった?あれは素材じゃないん?」
「あれは魔石だ。死んだ事で体内を巡らなくなった魔力が集まって物質化した物だな」
「へー」
「その魔石を体内に残したままにすると、アンデッド化して動き出すことがあるの。だから、素材を剥げないとしても魔石は取るし、魔物じゃなくても魔石はできるから、わざわざ素材としてカウントしてないわね」
「討伐した結果みたいなもんだ!」
「魔石のせいで死体が動き出すんか……こわ」
討伐したら必ず取り出す物で、森オオカミ独自の素材ではないから数に入れられていなかった。
その魔石はというと、討伐した人の物になるわけではなく、全てベランが受け取って一括管理している。
依頼達成の報告をする時に、魔石を換金して基本は護衛の人数で割って支払われる。
討伐した人だけでなく、戦っている間馬車や戦えない人を守る人にも報酬が渡るようにいつのまにか決まったことらしい。
よほど働きが凄ければ、その人に多めに渡すこともあり、怪我を負った人へのお見舞い金になることもある。
個人を庇って怪我をした場合は、庇われた人がお礼で渡すなど、お互いに協力し、讃えあうそうだ。
・・・父上の言ってたはずの死体が動き出して襲うのは、魔石の取り忘れが原因なんか。もしかしたら悪い人がわざと取らないこともあるやろうけど、請負人になるなら気をつけないとな。
「死んだらってことは人にも魔石はできるん?」
「できるぞ。旅先で死んだら遺品として持ち物を集めるんだが、その時に魔石も取り出すんだ」
「辛いことかもしれないけど、そうしないと仲が良かった人に殺されちゃうかもしれないの。どうしても仲間の体を傷付けたくなければ、遺体を町や村まで運んで埋葬してもらったり、無関係の人に取り出してもらったりするのよ」
「そんなことになるんか……」
・・・一緒に旅をした仲間の体を傷つけて、心臓から魔石を取り出す……。想像しただけで嫌な気持ちになるわ。でも、それをしないと動き出した仲間に襲われるんやろうし、これも必要なことなんやな。ウチにできるやろか。
「ふむ。請負人になるなら事前に解体の練習をしてもいいかもしれないな」
「なら、野営の準備中に俺が獲物を取ってきてやる!」
「道具や装備は……開拓村に運ぶ予定だったものから出して貰えるよう交渉しよう。本来なら手にするのはエルだからな」
「それはいいわね」
少し気持ちが沈んだウチを見たガドルフが呟いた。
それを聞いた2人を巻き込み、子爵領に着くまで何を教えるか話しだす。
魔物の解体方法や食べられる野草。
よく見かける魔物の特徴や弱点を教えて、実際にいたら誰かが押さえている間にトドメを刺すなど様々だ。
他にも請負人同士の常識に、依頼主と話す時の注意点。
気をつけるべき依頼など色々教えるつもりらしい。
・・・そんなにたくさん言われただけで覚えられるかな?解体は実際にやるんやろうけど、初めての事やから自信はないなぁ。大丈夫やろか。




