ライテ小迷宮へ
小迷宮へ入る日の朝。
身支度を整えた請負人見習いは訓練場に集合した。
パーティごとに並んだ後ろには、そのパーティを担当する指導役が立っている。
ウチらの後ろにはアンリだ。
「よーし揃ったな。これから請負人組合小迷宮支部へ歩いて向かう。準備運動だと思ってくれ。着いたらパーティごとに迷宮へ入って行く。目標は5日以内に地下5階に到達することだ。そこには俺がいるから、俺と会えば終了となるから、早く終わったら残りの日は好きにしていい。道中で拾う素材や魔道具はそのパーティのものになる。売るも使うも自由だ。それと、指導役は助言と迷宮で使う道具の荷物持ちで参加する。もちろん危なくなったら助けてくれるが、できるだけ自分達の力で乗り越えてくれ。何か質問があるやつはいるか?……いないようだな。では、左端のパーティから順番についてこい!出発!」
ハロルドが訓練場を出て行く。
追って左端に並んだパーティ、荷物を持った指導役、その次のパーティと続いて行く。
それぞれで交わされる言葉は、ハロルドが話した内容に関するもので、それはウチのパーティも同様だった。
「地下5階まで行くだけなら簡単なのか?」
「どれぐらいかかるんでしょうか?」
「それは気分で体験して」
「5日以内やし、頑張れば1日で行けるぐらいなんちゃう?もしくは1泊しなあかんぐらいとか」
「迷宮っていうぐらいだから迷うかもしれないし、そのぐらいか」
カインが決めたことで、ウチの想定で動くことになった。
初めて訪れる場所で5日以内に指定された場所まで行く。
場所に慣れるのに1日、探索しながら進んで2日、予備を2日ぐらいで見積もっているのだと思う。
これに関してはアンリから答えは得られないので、なんとなくで予想するしかない。
あるいは誰かに聞くかだけれど、周りには小迷宮に入ったことがない見習いと、質問に答えてくれない指導役しかいない。
聞くとしたら迷宮の中で、請負人に遭遇した時だろうか。
「道中の素材は倒した魔物から剥いだ物やんな?」
「そう」
「魔道具は行きの馬車で話してたやつ?」
「合ってる」
「武器や防具に魔法が込められたものも魔道具なん?」
「そうなる。魔法武器や魔法防具と言われることもある。でも、魔道具の一種。それに、魔法回路で魔石を使って何かを成すのも魔道具」
「魔力で動く何かの総称ってことか〜」
「魔力を使う道具だな。武器も道具も道具の一種だ。それが手に入ればいい報酬になるんだぞ。俺は武器がいい!」
「わたしは防具です。エルちゃんはどういうのがほしい?」
「ウチは……なんかおもろいもんか美味しいもん作れるやつがいい」
「やっぱ変わってるな」
カインに呆れられたけれど、ウチはそんなに変なことを言っただろうか。
魔法の武器や防具に道具があるなら、魔法の調理器具があってもいい。
自動でいろんな切り方をしてくれる包丁とか、煮込む時間が短縮される鍋、瞬時に冷やしてくれる箱など色々想像できる。
面白いものは繰り返し使える驚かせる何かとかだろうか。
「アンリさんは何を持ってるん?」
「食料、ロープ、松明がわりのライトスティックなど」
「ライトスティック?」
「魔力を流すと光る」
「それも魔道具?」
「そう」
「魔導国からの交易品ですね。他にも泉の水筒、湯沸かしコンロ、そよ風ブラシなどの迷宮攻略に便利な道具があるそうです」
「はー。色々あるんやなー」
ネーナが言った魔道具は先輩達から聞いた話で、どれも魔力を使って何かを起こす道具となる。
泉の水筒は注がれた魔力を水に変換して出す物で、長期にわたる迷宮生活において安全な飲み水を作り出すことができる。
湯沸かしコンロは片手鍋を温める程度の火が出るコンロで、しっかりとした料理には向いていないが、小麦粉と塩で固められた携帯食料をスープに変えるのに役に立つ。
そよ風ブラシはブラシの毛に向かって風を出す魔道具で、装備の乾燥に使える。
魔導国で作られた魔道具のほとんどが、魔力の代わりに魔石を使うこともできるため、迷宮内で倒した魔物の魔石を使えば、メンバーの魔力を消費せずに使うこともできる優れものだった。
魔法が付与された物だと魔力しか受け付けないので、人によっては使えない。
・・・ウチなら背中に付ければ使えるかもしれんけど、剣を背中から出しても突進するしか攻撃できへんからなぁ。
「がんばれよー!」
「終わったらうちで祝勝会はどうだい!」
「いい魔道具が出たら買い取るからなー!」
「見習いに魔道具をたかるなよおっさーん!」
「将来への声かけだっ!」
組合を出て街の中心にある小迷宮への門へと進んでいると、周囲のお店からいろいろな声がかけられた。
中には言い争いのようなやりとりもあるけれど。
見習いに迷宮実習があるのは有名なようで、行われる日は商店と先輩請負人が応援の意味も込めて声をかけるそうだ。
緊張をほぐす目的もあるようで、前を歩いていた見習いは、やりとりを聞きながら笑っていた。
「よし!全員着いたな!見習い証を門番に見えるようにして通るんだ!許可がない者は捕らえられるからな!」
そう言ったハロルドは、請負人証を門番に見せてから門を通った。
見習いもそれに続き、どんどん中へと進んでいく。
少しするとウチらのパーティが通る番になった。
「よろしく!」
「はい。問題ありません」
「おぉー。中にもお店がある……あれが迷宮の入り口か?」
「そう」
見習い証を見せて進んだ先には、また街が広がっていた。
あるのは宿、食事ができるところ、迷宮に潜る際に必要になる道具を取り扱っているお店だけで、お店の関係者と請負人以外は領主関係の人しかいないらしい。
そんな道の先には、門からでも見える大きな洞窟の入り口があった。
馬車が横に4台並んでも入れそうなほど大きな入り口で、高さも相当ある。
洞窟というより、崖が崩れて穴ができたと言われた方がしっくりくる大きさだ。
それが地面から生えるように突き出ているので、違和感がすごい。
奥行きはそこまでなく、すぐに地面へと潜っているような見た目だ。
朝だからか、その入り口へと人並みが移動している。
「よし!入り口の説明だ!入って少しの間は下り坂になっている。進むと広場に出るんだが、そこがスタート地点の地下1階だ。後は各自の判断で進め!では、俺は先に地下5階へ向かうからな!」
そう言うと背負い袋を持って洞窟に入っていくハロルド。
一瞬しか見えなかったけど、軽量袋のようだった。
5日分の食料が入っているのだと思う。
「それじゃあライトスティックを配る」
「半透明な棒や」
「下に魔石が入っている。上のボタンを押すと光る。もう一度押すと消える」
「めっちゃ簡単やな。しかも、外でも光ってるのがわかるくらい明るい」
アンリから渡されたのは、ギリギリ片手で握れるほど太い半透明の棒で、持ち手部分には布が巻かれている。
その下には滑り止めのような出っ張りがあり、蓋を取ることで魔石の出し入れができる。
先端にも突起があり、そこを押すと薄いオレンジの光が点き、もう一度押すと消える。
外でも光っているのがわかるぐらいなので、洞窟の中でなら結構な範囲を照らせそうだ。
「エル。何度も点けると消耗する」
「わかった」
かちかちかちかちと点けては消してを繰り返していたら、アンリから注意された。
押した感触を気に入ったので、魔石を抜いたやつなら暇つぶしに連打していいと思う。
見かけたら買おう。
「じゃあ昨日決めた通りエルからだな」
「まかせとき!」
「よろしくお願いします」
「がんばれ」
少ししてウチらの番になったので、ウチを先頭にカイン、ネーナ、アンリと続いて洞窟の入り口へ進む。
薄暗い中を他のパーティが使っているライトスティックの灯りが照らしていた。
「行くでぇ!」
ウチもライトスティックのスイッチを入れて中へと踏み込む。
さっきまで砂混じりの地面だったのが、いきなり岩のゴツゴツしたものに変わった。




